降ればどしゃ降り CAT&DOG -4ページ目

降ればどしゃ降り CAT&DOG

『青の軌跡』萌え語りメイン
時々、二次創作。多分にBLネタを含むのでご注意ください

 こんばんは、時間が経つのも早いもので今年もあと僅かになりました。

11月22日のいい夫婦の日を目指していたのにこの体たらく……
 

以下妄想分につき注意

 

 じゃあな、とたった一言のこして背を向けた男は振り返りもせず大きな歩幅で遠ざかっていく。長い髪が風をはらむほどの速さで真っ直ぐに進む男の背はあっという間に通用門の向こうに消えてしまった。
 公邸の住人として正式に登録されていながら男が好んで使うのは使用人たちが利用する通用口だった。鏡のように磨き上げられた天然大理石製の正面玄関を自ら使うことはないに等しいほどだ。
 別に利用を制限されているのではない、ただ物々しいセキュリティと仰々しい出迎えが煩わしいだけでなく正門から続く長い車道を抜けなくてはならないのが怠惰な男には面倒なのだ。なによりも見苦しくない程度に刈り込まれ適度に視界を遮る樹木で隠された通用路の方が彼には気楽だった。

 そんな男を軽く肯いて送り出した館の当主の月人は、普段と変わりのない態度で使用人に男が滞在中に使用した私物を片付けるように命じ飾り気のないそこを後にする。

 簡素で実用一辺倒な硬い床材の通路を進む月人の歩調はしかし、月を離れる男を共に見送った彼の息子に合わせて普段よりゆっくりだ。その彼を並んで歩く少年は嬉しそうに見上げた。

 自分のペースを頑固に守る彼が子どもの自分に合わせてくれることが嬉しくて仕方がないのだ。こうしているだけで自分が特別だと感じられる。と、同時に成長と共にいずれこういった時間を失ってしまうことがたまらなく寂しかった。だからこそ気遣われて隣にいられる一時を大切に思う少年は不本意でも通用口で父親と認めていない男を見送ったのだ。

 しかしそんな男でも月人にとって特別なのは事実だった。

 些細な食い違いで激しく諍い、瞳を深紅に燃やすことがあってもの美しいカレイドスコープアイズは気が付くと男の姿を追っている。『バディで恋人で家族』だと屈託なく男に公言されていてもその背を見る瞳は薄く翳りを帯びていて、いつしか少年は切なく煌めく青が『片恋』の色だと気づいていた。

「カイは……三四郎を空港まで見送らないんだね、リリアンのパパはいつも機体が見えなくなるまでデッキで見送るらしいよ」

 あんなにずっと見ているのにどうして最後まで見送ろうとしないんだろう、いつも通用口のところまで、軽く頷いてそれでおしまい      同じ船で一緒に過ごしたもう一組のバディ夫婦とあまりにも違うと、幼いながらに少年は不思議に思った。

「藍はそうしたいのですか」
「三四郎はいてもいなくても同じだから僕はどうでもいいよ」

親子の情を感じさせないぞんざいな物言いにカイが微かに眉を寄せた。藍と三四郎の距離が露わになる度にカイは表情を曇らせる。
 他人行儀な親子関係を改善しようと苦心するカイの中には『家族』への憧憬を抱かせた手本となるロード一家がある。そのため遠くで任務に就くサンドラを思うリリアンと違い、藍が三四郎を認めないことが『家族』になり切れていない証左のように感じられてしまうのだ。これは形に拘るカイの悪い癖だ。普通の家族などないとあっさり言い切れる三四郎のように簡単には割り切れないのだ。
 色に変えたカレイドスコープアイズに藍が気まずげに視線をカイから外した。そのつもりがないのにカイを傷付けたとしょげてしまうころが開き直る三四郎との違いであり、藍とカイの距離の近さだ。

 そして三四郎をやり込めるような形で藍の眼前で諍いを繰り返してきたカイの罪の深さでもある。藍から三四郎を遠ざけているのはその不在だけでなく辛辣なカイの物言いの影響が大きい。同時に藍との縮まらない距離は愛していると言わせない三四郎への罰でもあった。

 項垂れた藍に降り注ぐカイの声は感情を見せない平板だ。

「私は単にその必要を感じていないだけです」
カイの選んだ言葉は素っ気ない。
「これが私たちのやり方です」
 

 深い眠りに藍が入ったのを能力で確認しカイは上掛けを正しそっとその項に触れた。三四郎よりずっと柔らかく滑らやかで暖かい頬のの丸み。 

 弛緩した身体からも、深い寝息からも先ほど味合わせた罪悪感の影響は見られない。
 カイはほっと息を吐いた。そしてあの時、どう答えるべきだったかを考える。 過去の自分を思えば三四郎を疎ましがる藍の気持ちが理解できないわけではない。

 幼い頃、母がドレイクのために残り少ない時間を使うのを受け入れられなかった。最期の時間を彼に与えようと決めたのが悔しかった。自分だけのアルシノエを奪われようでドレイクに憎しみさえ感じていた。
 ドレイクを受け入れられなかったカイは、アルシノエの我儘を許してねという哀願に許すと言えなかった。
 ドレイクとアルシノエとイシスの三人の感情を一度に味合わされている気がする、低く苦笑したカイの視線の先でどさりと藍が寝返りを打ち上掛けを蹴り飛ばした。そして上半身を夜気に晒し気持ち良さそうにに深い息を吐く。
 暑がりなところは父親譲りなのだろう、三四郎も上掛けを跳ね除けてしまいカイを夜半に目覚めさせることがよくあった。船にいた頃は腹立たしく感じていたそれも、今のカイにとってとても大切な時間となっている。

 それは幼い頃に知らなかった幸せの証しだった………
 

 夜気の肌寒さに目覚めた時、傍らで無心に眠る三四郎の信じられないほど緩みあどけなくなった精悍で彫りの深い寝顔を眺めているのが好きだった。常夜灯が照らす薄明りの下で飽くことなく見続ける大きな振幅を繰り返す胸板と顔にかかった数筋の漆黒の髪のたなびき、弛緩した身体は長く伸びて少し大きく感じた。

 少し離れた場所からいつも目で追い続ける存在を、間近かで見詰められる細やかな幸せに浸るカイの瞳はしかし、知らず知らずのうちにいつも潤み出しまうのだ。

  胸のどこか深い部分が夢中になって抱き合っているときには感じない痛みで疼いた。
 ………人のキモチが変わるのに、きっかけなんかいらない時もあるんだ。変化が目に見えなくても、少しづづ変わっていくこともあるんだ。ファンファーレなんてならない、それでもヒトの気持ちは変わるんだ………

 『見ているうちになんとなくだ』といった男の拙い説明がカイの心に黒い影を落としていた。

 あれほど身体が拒絶していたカイを気が付けば受け入れていたという男の気持ちが、再び『なんとなく』変わってしまう可能性は否定できない。きっかけも理由もない、本人にすら自覚できない小さな変化の積み重ねを察知することなどいくら優秀なエムパシストといえども不可能に近いのだ。

 藍の母親のもとを去ったようにいつの間にか気持ちが離れて行ってしまうのをカイは恐れていた。
 三四郎は傭兵だ、物理的な死という別れがやって来るのは耐えられる。しかし精神的に突き放されるのは耐えられそうになかった。

 酷い恋人だ       吐息が聞こえるほど傍にいて、愛咬の痕もきえていないのに、幸せをよりも捨てられる日に怯えて涙を浮かべている。こんな感情を『愛』と呼ぶことなどできない。

 三四郎が『愛している』と言わせないのも無理はない、自嘲に口元を歪めたカイは無条件に愛おしく思う藍までも本当に愛しているのかと自問する。

 真っ直ぐに見上げ素直に好意を全身で表現してくれる幼子を愛おしいと思うのは、三四郎を縛り付けておける鎖だからではないのか?

 心のどこかで莫大な負債を三四郎に課した黒幇に感謝していないか?
 打算無しで私は人を愛せるのか。
 自己不信の塊の男は切なく疼く胸の中を慣れた手順で闇雲に抉りあるはずのない傷を探す。
 と、意識の内側に深く潜りこんだカイを大きく強い手がそこから引き戻した。

  夜気に冷え肌寒くなったらしい三四郎が自分で跳ね除けた上掛けを手探りで手繰り寄せカイを抱き込むように二人の身体を覆ったのだ。そしてぴったりと身体を寄せた彼は満足そうに溜息をついて深い眠りに戻っていった。

 触れた肌から伝わる無防備な感情は丁度ふたりを包む上掛けのように柔らかで暖かかった。

 寒さを覚えた三四郎は自分だけでなくカイをごく自然に上掛けに入れる。深い眠りながら無意識に労る三四郎の中にカイはしっかりと存在しているのだ。
 深い寝息が頬を撫でた      愛しているとは言わない、それでも愛されていると思いがけない形で感じさせてくれる。

 こんなやり方は卑怯だと苛立つ一方でこの上なく安堵したカイは一枚の上掛けの中で寄り添う体温に 瞳を濡らす痛みの理由を朧気ながら感じ取った。

 幸せすぎるのだ、あまりにも幸福すぎて欠ける以外の変化はないとカイは思っている。そして『なんとなく』気持ちを変えた三四郎に幸福を壊わされると怯えている。

 自嘲にカイは口元が引き攣れた      そうやって私が心変わりする可能性を私は初めから締め出している。

 自分を最も信じていない男が月人の自分の心変わりはないと信じている皮肉を嗤ってカイはそっと三四郎の頬に落ちる髪を払いどけた。
 三四郎は怖いほどの幸せを与えてくれる、ならば私は?
 私はおまえを幸せにしているか……?

 そう自問したカイは目を見開いた。

 幸せにする……?


 火照りが鎮まり肌寒さに変わろうとしている藍に感応しカイは足元に蹴り除けられていた上掛けを掛け直した。そして室温を深い眠りが続くよう幾分下げる。

 人生の価値は、愛するモノを見つけて、それを愛し続ける時間にあると信じている     三四郎には理解できなかったドレイクの言葉と同じ思いがカイの中で育まれている。

 目を覚まし声を殺して泣いているドレイクを見ているのが好きだ、とても素敵だとあどけなく笑って言っていた母はきっと彼の怖くなるほどの幸せを感じていたはずだ。ヒトの感情を楽しみの一つにしか考えていなかった月人の母は初めて誰かを幸せにする喜びを見つけたのだ。

 三四郎の心がふとしたきっかけで変わってしまうのが怖くないと言ったら嘘になる。しかし、そうなったとしても、もう大丈夫だと確信している。 なぜなら愛される幸せと、愛する幸せがあるのをカイはもう知っている。
 愛を与えようにもその術を知らなかったカイは三四郎を幸せにしたいと考えてようやく愛する幸せの存在に気付いた。
 三四郎に会えてよかった、愛したのが三四郎で良かった……彼でなければこんな幸せを知ることもなかっただろう。三四郎が幸せでいるのなら私も幸せでいられる。

 『永遠』というものはないと赤い瞳をした黒幇の長は言った。だが続けていけばそこに少しでも近づけられる      三四郎を見る切なく煌めく青い瞳が濡れるのは怖いくらいの幸福にある証しなのだ。

 時間も場所も関係ない。どこにいようと、何をしてようと三四郎はここにいる。旅立ちは姿が目に見えなくなるだけのこと。だから船を見送る必要はない。

 成長しやがて巣立つことになる養い子に胸の内で告げると優しく微笑んだ。

 藍、あなたが旅立つ時は最後まで見送りますよ………

 

 

 三四郎は見ているうちに、いつの間にかだ、と男性機能が復活した理由を問われた時に答えたけど、いつの間にかそうなっていた、というのはカイもなかったわけじゃないんだよねぇ ( ´艸`)

三四朗への恋も精神の作用反作用がいつの間にかそうなっていて、サマルで生き別れて初めて愛していると気付いたくらいだし。
 しかし『理由がない』ということは対処しようがないということでもあると思うの。それを証明しているのは知性と教養があり人格者で包容力もあり資産も地位もある、にも拘らず恋愛対象になれなかったかも( ´艸`)

 ということで『理由もなく別れがやって来る』不安を抱え込んだカイを想定してみた。

 
 プラス、三四郎と藍との差を少し。
 三四郎は見送らない、藍は見送る、その違いはカイの許に帰る三四郎と、大人になってやがて巣立つ藍との違いと設定。

 とはいえ動機が『三四郎を捕まえる』という、連邦に忠誠心の欠片もどころか市民を守りたいという志もない藍の士官学校進学をカイはすんなりと認めたんだろうか。

 職業軍人になるということは、三四郎と殺し合いをする可能性があるということになる。その時が来たらカイはどうするんだろう。

 それ以上に『三四郎の尻尾を捕まえてやる』生意気なことを言う藍には、自分の身代を払いづけている三四郎に漢気を見せて欲しいと思う。

『僕は自分の自由は自分で贖う』

くらいは啖呵切って欲しいのココロよ

たった今

11月11日がポッキーの日だというのを思い出して

うっかり

尿道にポッキーが挿いるか確かめようとするドクターXの寂しいポッキーゲーム

を思いついてしまった…

外科医として尿道カテーテル挿入の経験とテクを持つボッチドクターの危険なポッキーゲーム

『僕は失敗しないので』

 

だって11月11日ってバディが二組って見えないこともないじゃない?

だから、ほら……御免、下品で……orz

月にこちらでもアナウンスさせていただいたアンソロジー本が10月に到着しました。

 

久能先生はエッセイとSSを寄稿されていたのですが

原稿に取り掛かったのが『カデンツァ7』の脱稿直後だったようで

 

ジュール・ヴェルヌ乗船時代の三四郎とカイが自分たちの『祖先』に相当するキャラクターたちと邂逅するという、驚愕のストーリーでした。

 小学生を相手にする三四郎に藍もこういう弄り方をするのかな……なんて思いつつ
この時間軸がもし乗船時代ではなく月の独立後だったら

『俺たち恋人なんだぜ』

私たちの子どもがあなた方と同じくらいの年頃です』

と華々しく言ってのけたのかも……と思わないこともない。

 

 『バディ』かどうか、そう認めるかどうかの関係が、『バディで恋人で家族で全部』となった時
自己紹介の時にどれを使うか……そこが問題だよね。

三四郎 『ホレ、夫婦舟って奴。ふーふーで同じ船に乗っていて降りるとガキがいる、そんな感じ』

 

唐突に妄想文につき注意 

 

 

月が独立して約2年が経過し公務に、初めての子育てにと慌ただしくも充実した日々を過ごしてきたカイはあっという間に過ぎ去った時間を懐かしむ余裕さえなかった。
 そんな彼が日々の時の流れを唯一、実感できたのは眠りについた藍の寝顔を眺めその成長に気付いた時だけだった。
 小さく歯先の丸い犬歯が抜け落ち、永久歯の牙が柔らかな歯ぐきから顔を出しているのを目にしたときは自然と笑みが零れたものだった。加齢が遅く容姿の変化も少ない彼にとって目に見える藍の成長が時間の経過そのものなのだ。
     月が独立して二年、藍がやって来て一年、本当に短かった     柔らかく微笑を浮かべこの先もこの時間が続くのだという確信したカイの唇が不意に引き締められた。
 満ち足りた日々を手に入れたカイの影でまもなく時間を断ち切られようとしている者がいる。
 アントナン     天真爛漫に、悪びれることなくドレイク殺害に加担した月人。カイの傍らで秘書として、補佐として忠実に職務を遂行しながら感情感応者のカイに気付かせることなく裏切ってみせた。
 アントナンの実務能力と知性を評価し信頼していたからこそ身代わりまで任すことができた。あの事件までは彼は期待以上の成果を上げていたのだ。そうでなければ猜疑心の強いカイが公邸に個室を与えたりはしない。
 月人を好きになれず接待の道具として利用してきただけのカイが認めた唯一の月人がアントナンだったのだ。だからだろうか、感覚と感情を封じ込む特殊能力を持つ陶宰寧と違い、感応能力しか持たないアントナンの憎悪』を、その近さが読み取らせなかった    カイは幾度ととなく探ったアントナンの感情の手触りを反芻する。
 高温多湿の熱帯雨林の中で鮮やかな色彩で咲き誇る多肉植物の花のような熟れた肉厚な感触をいま反芻しても憎しみの匂いはない。
 たぶん、カイの傍にいる時のアントナンは心の底からカイを慕っていたのだろう。同じように陶の傍にいる時は彼の憎悪に同調し本気でカイを憎んでいたのだ。どちらも本当のアントナンで彼の『真実』だ。
 『あの人のためならなんでもする』恍惚として告白した彼は、その男を結果として死地に送り出した。聡い彼が計画が成功しようと失敗しようと同じ結末になると気付かないはずがない。
 わかっていながらなぜ……愛と憎しみのバランスの取れたアントナンの天秤を一気に傾かせたものは何か。
 その疑問はいまだ解けていない。だからこそカイは『ルナ・プリズン』での100年のコールドスリープに処される前に彼にもう一度、面会しなくてはならないと思った。
 

 カイと藍の相性を見極める必要をそれなりに感じていたのだろう、背負わされた負債の返済が遅れるのも承知で三四郎はしばらくのあいだ近距離の仕事のみを引き受け頻繁に月に帰還していた。
 黒幇育ちの野童のような少年と短気で気難しい身勝手な月人との組み合わせに不安を禁じえなかったのだ。
 だが三四郎のような男が『バディ』に選択されただけのことはあった、カイには不本意だろうが彼の深層心理は強烈な自我を持つ不完全な個体を好む傾向にあるらしい。
 三四郎の懸念をよそに藍のしでかした眉を顰めたくなるようなあれやこれやも彼を嫌い遠ざける要因にはならなかった。
 馬鹿な子ほど可愛いのではなく、馬鹿な子が好みだという方が正しいのかもしれない。三四郎が時折揶揄する『悪い男が好きなんだろう』というのはまんざら間違いではないのだ。
 カイの指向性と藍の子どもらしい無鉄砲さが巧く噛み合い『家族』のカタチが固まっていくのに一番ほっとしているのはひょっとしたら三四郎なのかもしれない。
 一年に渡った観察期間を過ぎそろそろ仕事に本腰を入れようと考えていた矢先、その三四郎は赴任先で月の元首という地位を利用し強引に任地の指揮官に通信を繋がせたカイに月に戻るように要請をされた。
 処遇の決まったアントナンとの面会に同席してほしい     銀色の瞳のカイの申し出が個人的な理由なのは明白だった。
 今更どこに面会する必要がある、あれだけの出来事も過去に押しやった男にとって記憶を蒸し返す無駄な行為にしか思えなかった。呆れた面持ちの彼は任期を理由ににべなく拒否した。ところがそれを見越していたのだろう、カイは契約違約金を持つと同時に『任務』として同席するよう条件を提示したのだ。
 負債を抱える三四郎にとって破格の契約金は魅力的だ。
 というわけで三四郎は月に帰ってきた、家族に会うためではなく『仕事』として……
 帰還を知らされていなかった藍の怒りと驚きの入り混じった手荒い出迎えを三四郎はいつものように応じることなく軽くいなした。
「悪いな、仕事で帰って来たんだ。おまえと遊んでいる暇はないんだ」
また少し背が伸びカイから聞いていた生え代わった牙に唇を吊り上げ柔らかな髪をくしゃくしゃに撫ぜ乱す。
「子ども扱いするな!」
食って掛かろうとした藍の前に制服ではなくスーツを身に着けたカイが割り込んだ。
「私が三四郎を呼び戻しました」
「カイが……?」
どことなく表情の硬いカイと『仕事だ』と言った三四郎を見比べ顎を引く。
「これから私たちは人に会わなくてはなりません」
「三四郎も一緒に? 誰と?」
どんな重要な公務でもカイは単独で出席しパートナーは空席だった。そんなカイが二人でどこかに出掛ける、それも三四郎とというのは藍の知る限りこれが初めてだ。
「長い旅に出る私の大切な古くからの友人です」
大切な友人という言葉に藍が鋭く反応した。
「だったら僕も会いたい」
カイの全部を知りたい、身を乗り出した藍にカイはゆっくりと首を横に振った。
「いつかあなたが大人になった頃に機会があれば会うこともあるでしょう」
拗ねた三四郎そっくりな上目遣いの不服そうな表情がカイを見上げる。一年間の生活で子どもに慣れていないカイの甘い部分を藍は見抜いており、我儘の通し方も良く解っていた。言葉で理屈をこねるより表情で感情を伝える方が感情感応者のカイには有効なのだ。
 しかし実の父親よりも親しい後見人は『子ども』を利用した狡さをやんわりと退けた。
「いずれ会うことができますよ」
言葉は期待を持たせているが限りなく拒否に近い。そのことを敏感に感じ取った藍が鼻白む。
「僕に会わせたくない人なの」
三四郎譲りの勘の良さでカイの本心を突いた。
 正義感に駆られた藍が子どもらしい息がった無謀さで身を危険に晒したとき、リリアンを政争に巻き込ませたロードの心痛を初めてカイは頭ではなく心の痛みとして思い知らされた。力の差を見せつけ捻じ伏せた藍に大人げなく『思いあがった馬鹿が、私は一番嫌いだ』と言い放ったのは一種の罪悪感からくる過剰反応も含んでいた。
 藍の心に深く刻まれた出来事は、素直に『心配させないでくれ』と最初に言えなかったカイの苦い教訓になっている。
 しがみ付いて泣きじゃくって謝罪した藍はまだ子どもなのだ。その彼が社会の負の部分を知るのは早すぎる。
 カイは藍を政治の世界から遠ざけておきたかった。そしてアントナンは今も政治の舞台裏に関わる存在なのだ。
「お友達と会うのに俺みたいなのを付けなきゃならないってとこで察しろ、子どもは凱とお留守番だ」
二人のやり取りを黙って聞いていた三四郎が会話を打ち切った。
「行くぞ」
声かけと同時に先に部屋を引き返す男にカイが続いた。


 24時間後のコールドスリープ処置を控え『この時間』最後の一日だというのにアントナンは別れの挨拶に訪れる遺伝子上の親族を感慨もなく眺めていた。亡き兄だけを肉親だと思っている彼にとって入れ替わり立ち代わりやって来る彼らは垢も他人も同然だった。
 兄と陶宰寧、二人以外の人間が何を思っていようと関係ない     だから二人のいない『この時間』にも『そのあとの時間』にも興味はなかった。
 ルナ・プリズンへの収監を前に服役後に独り放り出される孤独な未来の時間に怯え取り乱す多くの受刑者達とは雲泥の差だ。
 退屈そうに生あくびを噛み殺し目尻に浮いた涙を指先で拭ったアントナンが強化アクリルのスクリーンの向こうに現れた最後だという面会者に青い目を見開いた。
「カイさま……三四郎さままで……」
素直に驚きを表情にした彼が次いで子供のような笑顔を浮かべた。
「お二人で会いに来て下さるなんて……意外です」
「俺は必要ないつったんだけどな」
面会を流れ作業でこなしていたアントナン以上に持て余している様子の三四郎は彼を吹き出させた。
「三四郎さまならそう仰ると思いました」
会う気はなかった、そう言われているも同然だというのに気を悪くした風もなく簡素なパイプ椅子に彼が深く座り直す。
「僕に訊きたいことは何ですか、カイさま。あなたが用もなく僕なんかに会いたがるとは思えません」
あれだけのことをあなたにしたのだから、詫びるのでもなくましてや養父を殺され体を自分と同じように汚されたカイを嘲笑いもせず単刀直入に目的を尋ねる。
 カイの秘書として、公邸の執事として仕えてきた彼の有能さは少しも衰えてはいない。
「連邦の職員立ち合いじゃ話せないこともありましたから」
予想もしていなかった形で独立を果たした月の舞台裏をアントナンは取り調べに対して一切、話さなかった。動機の全てをカイへの復讐と陶宰寧への恋情と忠誠心だと主張したのだ。そのため陶宰寧から計画を教えられていたスティーブンの証言は信憑性が薄いと判断された。なによりも彼の父親にとっても息子が陶の甘言に騙された被害者という方が都合がよかったのだ。
 だがもし独立計画の協力者と裏工作をアントナンが暴露していたら月の独立は果たせたとしてもカイの元首就任はおろか、凱どころか協力したサンドラまでも軍から追放されただろう。月における『国家反逆罪』にアントナンが問われたように、彼らもまた地球に対して同罪なのだ。ドレイクを奪うだけでなく仲間を追い込まれていたらカイの受けるダメージは計り知れなかった。だがアントナンはそれらの手段を持ちながら沈黙を守り抜いた。
 このこともカイが面会を決めた理由の一つだった。
「お元気……でしたか」
これから100年の眠りにつかされる人間にずいぶん間の抜けた最初の言葉にアントナンが破顔した。
「メディカルチェックはオールグリーンでコールドスリープ処置に支障はありません」
笑みを含んだ声はどう話を切り出すべきからしくもなく迷うカイに代わって淀みなく言葉を続けた。
「実は僕、ここが嫌いじゃないんです。あの人とは違うけどスゴクイイモノがたくさん溢れている」
カイが意識から締め出しているサマルで感応した死にゆく将兵たちの感情に近い収監されている罪人たちの恐怖は、彼の官能を楽しませているらしい。
「ふふ、いい夢を見ながら眠れそうです」
目を細めて恍惚と囁いた彼に悲観を隠そうとする虚勢はなかった。屈託もなく感情を開け放しカイにそれらを読ませる彼に陶を失った喪失感すら見当たらない。そんな彼の様子を複雑な表情で三四郎が眺めている。
「それを聞いて少し安心しました」
さばさばと未練なく『この時間』を終わらせようとしている彼に微笑んでカイはスクリーン越しに対面する簡素なパイプ椅子に着いた。そして少し離れた戸口近くに三四郎が警護らしく移動とした。
「あなたは怖くないのですね……私は二度と味わいたくないと思いました」
地下に設置されたコールドスリープ装置の収容施設から這い上がる強すぎる恐怖は楽しむアントナンと違いカイの足先を冷たくしていた。
「アントナン、あなたは強い人です」
陶の強烈な憎悪だけでなく、数多な恐怖ですら快感に変換できるアントナンはそれらに拮抗できるだけの生命力と精神力を兼ね備えているのだ。だからこそあの夜感応した三四郎に翻弄されるカイの感覚にも毒されず飢餓にも陥らないのだ。
「あなたは瞳の色の変化以外の特性を持たなかった兄上よりも月人の血が濃いのでしょう」
今も疼く痛みの根源に触れられ子どものような笑がを強張る。
「そのことに気付いていればあの頃の私はあなたを選んでいたかもしれません」
当時を語っているとしても、出来の悪い部品を取り換えるようなカイの言葉は謝罪や慰めではなく、兄を捨てた罪悪感さえなかった。常に選ぶ側にいるカイの傲慢な推測は強張ったアントナンの表情を緩め小さな笑い声を引き出した。
 変わったと思っていたカイの根本が少年時代と少しも変わっていないことを知ったからだ。
「……そうかもしれませんね」
そうだったら兄は今も生きていただろうか、夢想しかけもしもを考える無意味さに緩く首を振る。
「僕と昔話をするためにわざわざここに来たんですか」
「過去の出来事があなたの動機に深く関わっているからです」
話の接ぎ穂を思い出話しに忍ばせることでカイは陶とアントナンを深く同調させた感情の根源を確かめたのだ。
「兄を失った心の痛みはあなたの中で今も疼いている。なのに陶を亡くした痛みはあなたにない」
「……」
「陶の感情に魅入られていたあなたが、なぜ結果をわかっていながら彼を送り出したのてすか。兄のアレクには泣いて縋ったのでしょう」
アントナンと同じ普段は青い瞳が感情が激した時だけ赤く変わることからアレクサンドライトの名を持っていた兄の愛称が出たのにアントナンは苦笑した。
「覚えていたんですか、とうに忘れていると……」
「忘れたりしません」
過去の自分を憎み続けていたカイにとっては彼もまたその一部だった、忘れられる訳がない。
「……アントナン、私を苦しめるためにあなたは最も望んでいたモノに二度と触れられなくなりました。あなたはそのことも悲しんでいない、あなたのしたことは何一つあなたのためにはならなかった」
「……」
「彼を止めなかったことに後悔はないのですか」
幾つもの問いを畳みかけるように尋ねたカイを最上級のサファイヤのような瞳が見つめる。
「あなたが陶を逃がさなければ、彼と別の未来もあったかもしれません」
あの夜に起きるのはカイの強姦未遂だけ、それをネタに月の独立を勝ち取る結果はかわらない。その代わりドレイクはカイを巻き込み、母との約束を果たせなかったと後悔の中で生を閉じていただろう。
 あれで良かったのだという思いと、独立計画に協力したことで陶に利用されたアントナンへの贖罪を噛み締めるカイにあどけない童顔が綻んだ。
「後悔なんてありません、あの人のために何でもしたいのと同じくらい、あの人なんていなくなればいいと思っていたから。僕の知っていたあの人は月を、月人全員を憎んでいた。なのにコールドスリープから解凍されたあの人はカイさましか憎んでいませんでした。あの人はカイさまの虜になっていました、まるで兄のように。そんな人を止めても無駄でしょう」
あの場をやり過ごしても遠からずカイを突け狙う、拗ねた表情でそう付け加え、露悪的に可愛らしい唇を吊り上げ目を輝かせると、面会者と隔てるスクリーンにくっつかんばかりに彼は身を乗り出した。
「僕を見なかったあの人とあなたは同じです。僕を仲間だと言いながら僕を見なかった」
バイザーの下の見えないはずのカレイドスコープアイズにぴったりと視線を合わせたアントナンの瞳が微かに朱を帯びている。
「そうだ、忘れていました。時間稼ぎにレディ・リリアンの誘拐を提案したのは僕です」
考えてもみなかった告白にカイが目を見張る。
「バディの三四郎さまやバディ飛行でご一緒だったルドンベックご夫妻を信頼なさるのは気にならなりませんでした……だけどリリアンさまは……彼女がいなくなればいいと思いました」
言葉を切ったアントナンの目は完全に炎のような朱色をしている、彼は陶の優秀な教え子なのだ。憎み方を教えられた彼はそれをまき散らすのを躊躇わなかった。
「あなたには大したことではないのかもしれませんが、僕にもプライドがあるんです」
 カイと凱とドレイクと彼らを支える自分、そういう独立チームのありように不満を感じたことのなかった彼は、カイの遂行できなかった『汚れ仕事』を楽しむだけでなく同志の使命としてプライドを持って果していた。
 その彼を外から突然やってきた8歳の少女が少しづづ中心から彼を遠ざけ仲間から弾いた。
 そして詳細を伏せたまま与えられたアークフラッシュ作戦の役割分担が、疎外感を抱えていた彼のカ感情のバランスを一気に崩させたのだ。
「僕は月人で月が好きです。月の独立が僕に残った最後のプライドです」
そのために沈黙を守り切ったのだ。
「アントナン……」
対立する二人を同時に愛し、両方に顧みられなかった童顔の青年のファイヤーオパールのように揺らめく瞳から赤味が褪め透明な青色に戻っていく。心の澱を吐露し悪意の去った彼の心は凪の水面のように穏やかだ。
 と、事件に関わった三人の月人の中で月と月人を肯定する唯一の青年が思い出したように呟いた。
「月が好きだからあの人は僕を仲間だと思わなかったのかな……」
誰に聞かせるものでもない自問の後、上げられた顔には清々しい笑みが浮かんでいた。
「月は独立しました、僕は『この時間』に未練はありません」
『この時間』に仲間はいないのだから      アントナンが言葉にしなかったそれを壁際で黙って聞くに留まっていた男は読み取ったらしい。
「おまえの言う仲間っていうのがどういうものか良くわからねえが、フリーランスの仲間なんてそんなもんだ。ヤマが終われその場限りのサヨナラだ」
陶の素っ気なさは当然だと言い放って彼は肩を竦めた。
「その代わり自分がそいつを仲間だと思っていたら、ずっと仲間ってことだ。仲間にしてもらうんじゃなくって仲間にするんだ」
そう言って三四郎は顎でカイを指してこいつが俺を雇ったみたいにな、と付け加えた。
「おまえ、セックスがいちばん得意だって言ったよな、だったら薄気味悪い感情ばっか欲しがらないで奴に抱き合い方を教えやればよかったんじゃないのか。あいつの恨み言は聞いたが、俺には純血種に生まれればっていう泣き言にしか聞こえなかった。カウンターなんちゃらって御大層なこと言ってやがったが、怪我は怪我でダメージはあるし、身体が感じればその気がなくても勃つ、あいつはそいつをわかっているから『感じない』ことにして自分を騙していただけだろ」
カイの説明に納得はしても、自分が目にしたものしか信じない男は陶の心の痛みをばっさり切り捨てる。
「あいつは頭もイイ、見てくれもイイ、おまけに月人だ、情報部にあいつを引っ張った奴が期待することなんか一つだ」
三四郎が流し見た先で覚えのあるカイが顎を引いた。情報戦略の一つとして凱がカイに期待したのと陶が課せられたものは同種だからだ。
「生まれがどうあれあいつはもうガキじゃなかった。それでも逃げもしないで汚れ仕事を請け負っていたあいつはそういうのが好きだったんだよ、おまえが薄気味悪い感情にハマったみたいにな」

 悲劇的な境遇も三四郎には耳にし慣れた戦術の一つだ、そして彼の指摘は『月人』の本質を見事に突いていた。
 諜報活動における緊張は興奮状態の一種だ、極限下のアドレナリン放出はそうそうあることではない。そういった強い刺激を好む月人の特性が陶の無意識に大きく作用した可能性は否定できなかった。実際、陶は三四郎に金などどうでもよかったと答えている。
「アントナン、そういうおまえは奴をちゃんと見てたのか。おまえなら感じることから目を逸らしていたあいつにキモチのいいことを色々教えることもできただろうよ」
スクリーンの向こうのサファイヤ色の目が激しく瞬いている。
「人の身体はあったかくて優しいんだぜ、それを感じるのにエムパス能力なんて必要ない」
 ヒトの身体に傷付けられ続けてきた陶を抱き締めてやらなかったのか、三四郎にしては優しい声は、求めるばかりで与えなかったアントナンを責めてはいなかった。なぜなら三四郎も人の体温の持つ力をあの事件で知ったからだ。
 もし三四郎に凌辱されたも同然のカイが抱き締めた腕を拒んでいたら、身を強張らせたまま腕を回すことなく耐える素振りがあったら、三四郎はカイを諦めていた     融けるように力を抜いたカイの体温があったから今のカタチがある。
 そこに月人の特性も能力も必要なかった。
「ま……そうは言っても全部、終わっちまったことだけどな……」
素っ気なく付け加えた三四郎がぐっと胸を張り視線に力を込めた。
「だが、カイは終わってないみたいだぞ、おまえのことをまだ『仲間』だと思ってるみたいだ」
陶を見ていなかったと指摘され動揺していたアントナンが信じられないような目でカイを見た。
「でなけりゃルナ・プリズンで禁固100年なんかにせずにさっさと晒し者にしていたさ」
軽い口調の言葉にカイは頷いた。
 特権階級に属する陶の被害者たちの処罰感情を宥めるとともに予測される私刑から匿うため、カイは陶の共犯者ではなく敢えて『国家反逆罪』を適用しアントナンを『この時間』から抹消することにした。死刑が廃止された現在、最高刑はルナ・プリズンでの長期禁固刑だからだ。
 月の地下深く厳重に管理されたルナ・プリズンであればどんな優れた暗殺者であっても侵入することはできない。
「100年は長い、あの場にいた奴は殆ど死んでるか、忘れてるだろう。凱や、ロードもサンドラも多分いない、俺もそうだ。俺はまぁ、その前におまえのことは忘れちまうけどな、だから会うのもこれが最後だ」
さらりと課せられた時の長さを形にして三四郎はアントナンに微笑んだ。
「だけどカイは生きている、俺と違って忘れたりもしない      100年後、カイは解凍されたおまえを必ず出迎える」
息を飲んだアントナンの青い瞳が激しく瞬いてカイを見詰める。
「カイが憎いなら憎いで構わない、こいつをどうするかはその時に決めて好きにしたらいいさ」
100年後の月をその目で確かめて決めればいい、自分のバディがこれから創っていく未来の月のジャッジを他人事のように三四郎はアントナンに委ねる。
 あの作戦に関わった仲間の大半が見ることのできない世界をアントナンだけは知ることができるのだ。
「あなたは月の独立の功労者です、あなたには未来の月をジャッジする権利があります」
「カイさま……」
カイはバイザーを外し正直に感情を色にする瞳であどけない美貌の青年を見詰め返した。
 瞳の色の意味を知らない彼に、声と表情がそれを伝えてくれると信じて感応能力を封ずる。
「あなたとこの星を創っていきたかった……」
月人の誇りと月への愛情を持つ彼は、今も自己憎悪の抜けないカイの助けになったはずだ。
「あなたに再び会う日を待っているから」
執務中の感情のない抑揚を抑えた合成音声を思わぜる口調とも人心を惑わす作り声とも違う、カイ本来の優しいハスキーヴォイスが微かに震えていた。
「アントナン、おまえは私の仲間であり大切な友人だ」
銀色の翳りが挿した瞳を見詰めるアントナンの頬に涙が伝わり落ちた。
 確保されてから一度も涙を見せたことのない彼の青い瞳から涙が盛り上がるように溢れ出る。
 後悔していない、『この時間』に未練はないと言い切った月人は初めて手放したものがあるのに気付いた      彼を追い詰めた大使館盗聴作戦は独立計画の一部に過ぎないイレギュラーな作戦だった。それ故に作戦終了と共にチームは解散し計画はレギュラーメンバーによって続行されるはずだった。アントナンはレギュラー側に属する人間だった。
 あまりにも息の合ったセカンドクルーとリリアンのチームワークに惑わされ、陶の憎悪に魅入られた彼は自分を見失ってしまった。
「カイさま……ごっ御免なさい……ごめ……」
特殊アクリルの隔壁スクリーンに取り縋って泣きじゃくるアントナンを抱き締めるようにカイはそこに頬を寄せる。
 体温も届かない厚いスクリーン越しに身体を寄せ合う。
 そこに月人の特性も能力も必要なかった。
「いつまでも待つから……」


 車寄せに横付けされたプライヴェートカーに乗り込んだカイに続いた三四郎が行き先を公邸にセットした。公邸もルナ・プリズンも官庁街でにあるため移動時間は短い。つかの間のドライブを楽しむつもりなのか倒したシートの上で気持ちよさそうに身体を伸ばし三四郎が黙り込んだままのカイに視線を投げた。
 優れた感情感応者であり感情放出者でもあるカイは気持ちを言葉に乗せるのが不得手だ。生の感情を読み取れる彼にとって『言葉』は伝達手段として不完全すぎるのだ。なによりも何事にも正確を期する彼は慎重に言葉を選ぶあまり口が重くなる嫌いがあった。
 他人のようにそっけないアントナンに言葉の見つからなかったカイの思いを、短気な三四郎は拙い言葉で一部代弁してしまったのだ。
「なあ、途中で口を挟んじまったけどあれで良かったのか、俺何かまずいこと言ってたか」
月の元首でありながらSPも付けずに市街地に出たカイの警護がメインの仕事だと割り切って口を噤んでいるべきだったのか、泣きじゃくり謝罪を繰り返すアントナンが落ち着くまでスクリーン越しに寄り添っていたカイの瞳の色の意味を彼は嫌というほど知っている。
「おまえには感謝している。おまえがああ言ってなければ私は何も言えずにいた」
無意識とはいえアントナンに与えた仕打ちを思えば、何をどう言っても空々しくなっていただろう。それを心にまで届けられたのは三四郎の気負いのない言葉があったからだ。
「おまえは私に見えないものが見えている」
欲しがるばかりで与えていない       以前の私もそうだった。
唇を引き攣らせカイは深くシートに背を預ける。
 欲望しかなかった私は相手の幸福など考えもしなかった。最期の時間をドレイクに与えようとした母の気持ちも、私を抱いたドレイクの苦悩も、私から離れようとした三四郎の失望も。いつも私の『望み』が叶わないのを嘆いていた。
      私は藍に正しく愛を与えられているのだろうか」
愛し方を教えてくれと幼い子供に尋ねなければならなかったカイの自問は頼りげない。
「正しいかどうかは知らねえけど懐いてるところを見ると間違ってもないんじゃないのか」
下手なお世辞も励ましもせず見たままを言った三四郎が視界に入った外の景色に顎を引いた。
「公邸の手前で下ろしてくれるか。このまま仕事に出る」
「……え」
「いつまでも首に縄を着けられたままでいるのは御免だからな、月にはしばらく帰らない」
素っ気ないほどあっさりと三四郎が別れを告げた。カイはそうかと短く答えるのが精いっぱいだった。
 いずれ三四郎がこれまでのように帰ってこなくなる覚悟はあった。彼のそうせざる負えない事情も理解している。
 家族と恋人とすべてを惜別の情も未練もなく置いていくことができる男だから傭兵として三四郎は生き延びることができた。情に引き摺られない、ブレのなさは時として敵対する以前の『仲間』にも揺ぐことはない。
 故に三四郎は死なない、と断言できる。それでもいざその時が来ると冷たく鋭い刃物を押し当てられたように心が冷えた。
 彼の言うしばらくが、長い時間になるのは間違いがない。光速飛行とコールドスリープを繰り返す男の時間は年単位だ。長い別れとなったアントナンには100年先の約束がある、しかし三四郎との再会は確約されないのだ。
 解っている、覚悟はしていた、明晰な頭脳が納得しても気持ちはついていこうとしない。ジュール・ヴェルヌで別れた時のように送り出せない自分がいる。
 溜息にならないように慎重に息を吐いたカイの視線の先に近付きつつある公邸への道程に視線を投げる三四郎の横顔がある。彫りの深い顔立ちに埋め込まれた黒曜石の瞳が警備上の理由から光度の高い街路灯に光っている。
 ぴんと張り詰めた神経は警護対象者を無事に送り届ける任務に就く護衛そのものだ。
 陰影の濃い厳しい横顔を見詰めるしかなかったカイの痛み続けていた胸に突如、猛烈な怒りが沸き上がった。
 つい先刻、何も言えなくなった自分の気持ちを感じ取っておきながら今のこの想いには気付かない。
 理不尽だと分っていても自分を見もせに別れようとする男を一矢報いようという気持ちが押さえられない。
「おまえが帰らないのは承知した。だがそれはおまえと私の都合に過ぎない。大人の都合を子どもの藍に押し付けるのは許さない」
怒りと車内の暗がりが混じり合った赤黒い瞳に相応しい押し殺したハスキーヴォイスに三四郎が振り返った。
「帰らないのなら帰らないで代わり、これまで通りの頻度で定期連絡を入れてもらう」
「……」
「おまえに自分の子どもを忘れさせない処置だ」
「それは……ちょっと難しいかもしれない」
契約次第で環境の変わる三四郎が難しい表情で顎を引く。それに間髪入れずカイの眦が吊り上がった。
「ならば藍を連れて仕事に行け、できないとは言わせない、おまえの両親は家族で護衛艦に乗っていたのだろう」
「……」
「黒幇で8年、過ごしてきた藍だ、集団生活の適性がないとは言えない」
藍の本当の家族は俺だ、そういって黒幇から連れ出した男が育てるのを放棄するのは矛盾していると言い放ったカイに苦笑が漏れた。
「俺が借金の大元を忘れると思ってるのか」
揶揄うように片方の眉を上げ険しい表情で睨むカイの頬に触れた。
「こんな赤い目玉の方があんたらしいというか、ほっとする。さっきみたいな目で見られていたら俺はなんにも言えなくなる」
カイの視線の意味に気付いていたと告げるバリトンは優しいものだった。
「あんたさ、俺が平気で仕事に出て行くと思ってるだろ。こう見えてもビッビっているんだぜ。これからキツイ仕事が続くんだ、自分で勢いでも付けなきゃ怖くて出ていけねえ」
クナル前哨線基地に侵入する前夜も、アークフラッシュ作戦前も怖いと三四郎は零していた。そして戦闘を前に軍人であるサンドラも手を震わせていた。
「だからなんも考えないようにしているんだ、それなのにあんな目をしたあんたと話したらいろいろ余計なこと考えさせられちまう」
全幅の信頼を寄せてそうか、と送り出してくれるから躊躇いなくより過酷な任地へと向かうことができる。
 引き絞られた弓につがわれた矢のように一気に飛び放つ      張り詰めた空気を纏う厳しい横顔は力を溜め獲物との間合いを図る肉食動物のそれと同じなのだ。
「定期連絡の約束はできない、それでも努力はする、それで勘弁してくれないか」
カイの要請全てを退け三四郎は唯一できる約束をする。
「あんたと藍のもとに必ず帰る」
真っ直ぐに見つめる漆黒のアーモンドアイズに引き締められていたカイの唇が柔らかく綻んだ。
「それは……前にも聞いた」
自分の子どもをカイに任せたいと言い出した時と同じ言葉、今だけを大切にする忘れっぽい男が繰り返したということはそれだけが心の底から果たすべき誓いだと決めているからだ。
 ならば私に言うことは何もない      カイは頬に当てられた手のひらにそこを擦り寄せた。
 節高で武骨な手のひらはひんやりとしている。暴れ疲れ部屋の隅で眠ってしまった藍を初めて抱き上げた時、カイはその体温の高さに驚いた。そして腕の中で深い眠りに落ちている子どもが『三四郎』と違うのを肌で認識した。
 だからカイは藍に三四郎の面差しを探さない、それを求めない、遠い未来のいつか彼が月を離れ巣立つときが来たとしても喜びこそすれ帰りを待ち続けたりはしない。
 帰りをいつまでも待つのはおまえだけだ、胸の呟きに呼応してかカイの頬の暖かさに目を細めた男が笑った。
「ほんと意地っ張りなとこは変わらねえな。少しは素直に俺の顔が見たいって言えばかわいいのに」

 手のひらと頬で体温を交換しあう二人の別れはすぐにやってきた、無機質な電子音声が10秒後の公邸到着を告げる。
 すっと三四郎が手を離した。
「じゃあな」
いつかのような短い別れの挨拶にカイは頷く。
 それが一日にも満たない逢瀬、最後の会話だった。
 契約の仕上に公邸に吸い込まれるように消えた車が車寄せに到着するまでの45秒を待って三四郎が街路灯が照らす真っ直ぐな道を走り出す。長い髪に風をはらませ振り返ることなく『家』から離れていく。
 そして『家』に帰ったカイは、ベッドに入らず玄関ポーチで帰りを待っていた藍に身を屈めた。
「夜更かしは感心できませんね。ですがあなたと三四郎との時間を作ることができなかったのを申し訳なく思っています」

 

 

えっちもねー、ちゅーもねー、はぐもねー、朝チュンどころかほっぺと手の平だけの体温交換
直腸の体温交換なしでいいのか月人としてカイよ←ド直球

とは思ったんですが、話の展開上こうなりました 汗

 お久しぶりです、本当はもっと早くに上げられると思っていたんですがなかなか会話が繋げられなくてやっと形になったというか……出だしとオチと話の肝は決まっていたんだけどな。

 

 黒いアントナンくんです、陶の憎しみの持つエネルギーの虜になった彼が教えられた『憎み方』で陶を死に導いたとしたら、そして月人を全面否定した陶に月人たる側面があるとしたら……ということを主眼におきつつ、バディで恋人の三四朗・カイのやり取りに挑戦。
 カイはともかく、アントナンも感情感応能力を持つ者だけど、それを持たないものがどうやって愛情を伝えあうのか、その辺を三四郎に代弁させつつ
直腸抜きで愛情表現してみた。

 

 カイに必要な目に見える絆の証しとして『子ども』を持たせたと原作者様は後書きで綴られておりましたが、私が書くとどうも絆の証しというよりただの『かすがい』。ぶっちゃけ『家族』を維持するというミッションに挑むバディってカンジ。莫大な負債を返済することで『家族』を維持する三四郎と、ワンオペ育児で『家族』を守るカイと……どこが二人を繋ぐ絆の証しなのか……orz

 とはいえ目に見える絆の証しをカイが必要とするのなら、カイの気付かない目に見えないそれもあるということで、私はどっかというとそっちの方に気が惹かれるみたいです。      

 


 そうか……三四郎、猛虎か 笑

豪華書き下ろし小冊子応募者全員サービス

 みなさーん

書き下ろし番外編ですってよ!!!

 

あれからの三四郎とカイと藍の生活が読めるかも……です!

リンクス11月号(2018年10月9日発売)ゲットですよ!

 

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取り急ぎお知らせのみ

三四郎の部屋が埃とゴミと飲み残し、食べこぼしに塗れているのは周知の事実だが
それと似たーり寄ったりなのが進学で家を出た息子の部屋 笑

 

先週、掃除のためだけに出向いたけど凄かった!

なんと3月の引っ越し以来、一度も掃除機をかけたことがないという、ええ掃除機の充電は切れていましたとも。
毎日ゴミ出しOKのアパートなので大きなゴミや生ごみはなかったものの、棉ボコりがorz
布団は敷きっぱなし、トイレの床に隅にはςがパラパラ……

なによりも

部屋中が臭い!!!!!!!

 

二日間、ひたすら洗濯と掃除をしつつ思うにカイってこういう部屋を

『いい部屋だな』←青の軌跡 下
って言ったのかと……

夜な夜なそこに通っていたのかと……

そこに泊まっていたのかと……
もし最新鋭のジュール・ヴェルヌにダニがいたら三四郎とダニの噛み跡が乳白色の肌に点々と残ったかも。

一戦交える前にシャワー使ってもベッドに辿り着く前にホコリが足の裏に付くのは間違いない。
ン、でもって揮発した酒の匂いが充満してるという……

この部屋は嫌いだ』←カデンツァ1

 

そこで萎えないカイの性欲ってステキ 笑

愛しているって偉大だなー 棒読み
 

と、そこで思うわけ。

 藍を引き取るにあたってカイは三四郎に自身の教育方針をこう語っている

『怠惰は許さない規律と礼儀作法を叩き込むし、きちんとした教育も受けさせる。保護者として生活態度にも口を挟ませてもらう。彼であれ彼女であれ、私の教育方針は絶対におまえのようなチャランポランに育てないことだ』
 

そして実際、藍はカイの方針通りに成長した……

 が、その藍がもし

『怠惰で規律は守らない、礼儀作法はなっていない、まともな教育は受けておらず我流を押し通す上、一貫性のないチャランポランな浮気者』

の三四郎と同じに育ったとしたらカイは同じように愛情を注げただろうか、そうでなくても
『どうして三四郎はよくて僕はダメなの』

と尋ねられた時、まともに答えられるのか。

 

 

『三四郎は傭兵です、ああいう生き方だからあのままでも許されているのです』

 フリーランスの傭兵として戦地を渡り歩く彼は永続する人間関係を必要としていない。運命共同体と言っていいほどの絆も任期が終われば分解してしまう       終わりが予め定められた仮初の仲間に深い思い入れは無用だ。

 だが『固定された人間』の中で生きいいかなくてはならない藍は社会のルールを身に付けることが必須なのだ。

 三四郎と藍とでは生きてく社会が違うと言いかけたカイを藍の鋭い声が遮った。

「はぐらかさないで、それはみんなが……周りが許さないっていうことだろ。僕が聞いているはカイが許しているってことだよ!」

父親譲りの勘の良さはカイが『三四郎だから』と許していることを見抜いていた。

「三四郎は良くて、僕はダメなんておかしい」

「………」

伴侶と子どもとでは立場が違う、そう諭したところで藍が納得しないのは吊り上がった眦から容易に想像がつく。藍にとって重要なのは世間体ではなくカイがどう思うかなのだ。同時にカイの自分への愛情を量り試している。

 盛大に散らかし嵐が通り過ぎたような部屋に仁王立ちになった藍を見下ろしカイは溜息をついた。

 三四郎のDNAは強固だろうと覚悟しはていたカイも、存在そのものが悪影響を与えるとは思ってもみなかったせいだ。     

「三四郎を許したつもりはありません、彼が聞き入れようとしないだけです」
藍の主張をきっぱりと訂正し乱雑な部屋を見渡す。

「あなたがこの状態がいいというのなら、仕方ありません。好きにしなさい。ですが忘れないでください、私は許していないということを」

バイザーの下で剣呑に輝く赤い炎に気付いた藍が身を強張らせた。

 ここが三四郎と藍の違いだろう、許されようと許されまいとカイの心情などどこ吹く風で我を押し通す三四郎と、許されないばかりか嫌われてしまうのを恐れる藍の差だ。
 微か青ざめた藍をカイは真正面から見据える。
 『三四郎だから』許しているのではない、そういう男だと知りながらカイは三四郎を愛した。

 三四郎の全てをバディという箱に入れて抱きしめていたいと今も願うカイにとって許せない部分も彼の一部だ。そして彼に向ける怒りも苛立ちもカイの一部であり、カイはそれら一切を抱き締めた箱に注いでいたいと考えている。
 三四郎の全てが欲しい、そして私の全てを与えたい       整った怜悧な容姿と沈着冷静なカイの激しい情念を、愛情とは暖かく優しいものだと単純に信じている子どもの藍に理解できるはずはなかった。当然、憎しみまで受け止める度胸も。

 叱られしょげるというより、怯えて後ずさりをする子犬のような藍の恐怖を読み取ったカイは厳しい表情を緩めた。

「たかが部屋を汚したままでいることであなたを嫌ったりはしません。しかしそういう人間は三四郎だけで十分です」

字面だけを見れば三四郎だけしか欲しくないと読めるが、『汚部屋の住人として同格だ』と言われているのに聡い藍は瞬時に悟った。

 こんなことで三四郎と同列にされるなど屈辱以外なにものでもない       青ざめていた頬に血が上った。

「やっぱり片付ける!」

いそいそと床に落ちているゴミを拾い集めだした我が子にカイの切れ長な眦が下がる。

        負けん気の強いところも三四郎と同じだな……
 

 

 呟きの方では凱のふんどしを仕立ててはどうかと呟いてみたんでけど、
やっぱ
『欲しい』と言えないカイのためにシーツにするべきだわ 笑
 

 欲しくておかしくなりそうなカイにのんびりと

『どれでイきたい』

教えてくれればご期待に応えるぜ、と指さすことを強請る三四郎。
どれでもいいから早く、と適当に指を伸ばしたカイは待ち焦がれて疼く
🌸を悪戯に指で嬲られ思わずシーツを握り締めてしまう。
 手の中には無数の痴態、しまったと思ってももう遅い。
『これ全部したいって……!さすがカイ先生、きつい課題を出してくれる』

嬉々として伸し掛かる三四郎であった。

めでたし、めでたし♪

取り急ぎお知らせ

 

久能・沖両先生が参加されているアンソロジー本の通販受付が開始されました。受付期間は9/20までになります。

 

正直、ブームはもう30年近く前の事ですしジャンルならではの暗黙の了解があるため初見の方には少し厳しいところがあると思います。
それでも興味があるとおしゃる方はこちらからどうぞ

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、こんばんは、首飾りが首吊に見えた乙都ですww

 

コミケに出陣された皆様お疲れ様です、久能・沖両先生も参加されているC翼オールキャラ同人誌を入手された方、おめでとうございます。

 後日、通販もありそうなのでイベント参加できない私を含めアナウンスを座して待ちましょう♪

 

 さて最近ようやく私的に決着ついたのが『愛している』と『惚れている』の違い。

『愛している』というのはドレイクのように全部丸ごと受け入れて、いけないところも『愛せる』ことだと思うの。イシスのモラルも法もない身勝手なところも含めて『だがそれもいい』という寛容な感情。

 方や『惚れている』は嫌なものはいや、だけどそれでも嫌いになれない、それでも好きということだと思うの。
 ということで三四郎の『惚れている』は正しい、そして欠点の多い三四郎から欠点がなくなったら『三四郎ではなくなる』と考えるカイの『愛している』も正しい。

 だとするのなら、藍に

『あなたの愛し方を教えてください』

と言ったカイは対戦車地雷を踏んでいる気がする……
 どうするカイ? どうする三四郎?

 やったね藍!切り札は君の手の中だ!

 

 

以下妄想文につき注意 一部炙り出し

 

 

 三四郎はいつも身軽だ。

 『傭兵は身軽が一番だ』というだけあって、失しても惜しくない最低限の必需品をバッグの中に詰め込み契約先に出向く。まさに身一つ、命だけを大事にして戦地に赴く男にとって自身以外に執着はないのだろう。そんな人生哲学は顕著で、家族を持ってなお公邸に彼の私物らしい私物はない。長い不在の間、彼の存在は家族の心の中と記録に残されているのみだった。
 当然、数年ぶりに帰還するときも同様でデイバッグを一つ無造作に担ぎ、他に荷物らしい荷物はなかい。再会する家族への手土産の一つさえもなかった。

 一体この男にとって離れて暮らす家族とはどういう存在なのだろう。ここまでくると家族を残して行ったのか、置き去りにしたのかわからない          ところがそんな男の父親はまるで正反対で民間の護衛艦に家族を帯同し共に暮らしていたという。場合によっては戦火に家族を巻き込みかねないというにも拘らず、だ。実際そのせいで男の父親は最初の妻を亡くし、三四郎の実母は二番目の妻だ。

 父親から黒い髪と瞳を受け継ぎながらまるで空気のように痕跡を残さない男が本日、三年ぶりに帰還してきた。珍しく大きな荷物を二つ従えて……

 タクシーのトランクか可愛らしくラッピングされた一辺が一メートルほどの立方体が二つ下ろされた。通関の刻印が捺されているところからして、連邦のありとあらゆる製品が手に入る月にわざわざ別料金を支払って運んで来たらしい。

 巨大なサイコロのような立方体は見た目より軽いのか三四郎が無造作に二つを重ねて持ち上げた。

「前が見えねえな……藍、一つ持て」

カイに言われ嫌々、父親をエントランスに出迎えた藍は口を引き結びそっぽを向いた。

「空港から運べたんだろ、三四郎がやればいい」

不貞腐れた返事にカイが前に出た。

「私が、運ぶ」

「足元に気を付けろよ」

軽く頷いて持ち上げようと屈んだカイの横から突然手が伸び藍がそれをひったくった。三四郎に従うのは嫌でもその鉢がカイに回るのは我慢ならないのだ。

「僕がやるよ、どこに運べばいいんだ」

「とりあえずファミリーリビングかな。おまえとカイと一個ずつあるからさ」

実年齢よりずっと若い声が弾んでいる。

「たまたま寄ったゲンゴウ星で見つけたんだ」

「ゲンゴウって、あのゲンゴウ?」

思わず聞き返した藍と同様にカイも眉を顰める。

 最新のテクノロジーと流行を取り入れた高級リゾートの月とは正反対の時が止まったような懐古趣味を売り物しているのがゲンゴウ星だった。月のような刺激的なバカンスではなく、療養を兼ねた休養地として名を知られている。だからだろうか高年齢の長期滞在者がほとんどで口性のない者は『姥捨て山』とさえ呼んでいた。

「年寄りが多いおかげであそこは安上がりに身体の再生ができるんだぜ」
老化した体のケア技術は戦闘で『損傷』した体の整形に応用でき療養施設も整っている       屈託のない三四郎の説明はカイの表情を微かに曇らせた。

 これまでも三四郎は傷を負った状態で帰還してきている。その度にカイは自分が欲しがった『家族』を維持するために三四郎が支払うのは金銭だけではないと思い知らされ.てきた。
 黒幇の女達は三四郎を今もなお許していない、遠回りなやり方で彼を殺そうとしている       さらりと口にする笑い話の裏にどんな悲惨な経験が潜んでいるのか……青ざめ瞳に銀色の影を作ったカイに気付いていないのか三四郎は持ち帰ったモノを楽し気に語る。

「もう少し仕事を続けるつもりでいたんだが、こいつにあんたを思い出して帰ることにしたんだ」

あんたに似てたから、そういって包を軽く持ち上げた。

「……私と?」

「よく似てる、カタチとか見た目じゃなくて柔らかいくせに芯があるって言うか……とにかく似てるんだ」

語彙の少ない男の説明は体を成していない。
「おまえに説明を求めても無駄だな、包を開ければわかることだ」

 

 公邸に滞在する要人たちが集うホールのような豪華なリビングとは違い、家族と身内と言ってよいロード一家や凱たちを交えての団欒に使用しているこじんまりとしたファミリーリビングでラッピングを解いたカイと藍は現れたものに呆気にとられた。

 三四郎が意気揚々と取り出したのはやや大き目なホームセンターやインテリアショップであれば取り扱っているありふれたものだったからだ。

「……もの知らずにもほどがあるだろ……」

戦場から戻れば酒と女を求めて繁華街に繰り出す男を小馬鹿にしたように藍は一瞥した。
「これってどこにでもあるパウダービーズのクッションだろ」

口の悪い藍と違い、カイはそれぞれの瞳の色に合わせたと思しき深い藍色とターコイズブルーのクッションを無言で観察し眉を寄せた。

「これが、私に似ている?」

「うん」

 子どものように頷いて三四郎がまぁ、座ってみろよとカイを座らせ彼の美貌を覗き込む。

「似てるだろ?」

         本気でそう考えているおまえが理解できない」

得意満面の男の顔を赤い炎のちらつく目で見上げたカイは柔らかく体重を受け止め、身体を包み込んで安定したクッションの上で唇を引き締めた。

 稀有で極上の生きた宝石・月人を何の変哲もない安価な合成製品と類似していると感じたなど侮辱以外なにものでもない。月人を否定する一方でカイはそのことに猛烈なプライドを持っていた。

「えっ……触ってもわからないのか、こんなに似て……あっそうか、自分で自分は抱けないもんな」

一人納得したように頷いて三四郎はカイの座るクッションに身を屈めカイにするように指を這わせた。

「ひでー火傷でさ、あっちこっち整形しなけりゃならなくてさ、しばらく動けなかったんだ」

ずっとこれに世話になってたんだ、苦笑した三四郎がクッションに置いた手と反対のそれで頬を覆う。

「とてもじゃないがあんたに見せられる面じゃなかった、そのまま戻ってまたあんたがおかしくなったら面倒だろ。だから全部もとに戻したんだ」

 遠い昔、まだジュール・ヴェルヌに乗船していた頃、黒幇の女に殺されかけた三四郎の消息が途絶えた時があった。半身を無理やり引き千切られたような痛みと苦しみは顔に大きな傷を負って戻った三四郎を認識させなかった。そのことを三四郎は覚えていたらしい、そして同じことが起きるのを危惧した。

 カイの目が再び赤味を帯びる。

「頭部の火傷だぞ、今回はたまたま運が良かっただけだ。脳が焼けたらどうやっても元に戻らない。そのことを肝に銘じておけ」

再生し元通りの身体で3年ぶりに帰宅したというのにあまりの言われように間髪入れず三四郎が声を荒げた。

「なんで生きて戻ったのにケチ付けるんだ!」

カイは赤い目で三四郎を見下した。

 遠くに痛みを感じていたカイは三四郎の状態を知っていた。時間も距離も超える絆は時に残酷だ。視たくもないものまで伝えてくる。

 いくら三四郎の悪運の強さを信じているとはいえ苦境にあるとわかりながら何もできない遣る瀬無さをこの男は考えたことがあるだろうか。眠りを妨げる息苦しさを抱えカイが夜を明かしているとは思いもしないだろう          喪失の恐怖が薄れたことはない。

 だがその思いを口にできる程カイも素直ではなかった。

「おまえがドジを踏めば月の共同統治者であるドクターにもダメージが及ぶ。彼はもう若くない、相当な負担を掛けることになる」

一卵性双生児のシンクロニシティは思いもよらない事態を引き起こすことがあり、過去にもほぼ同時に別々の場所で双子は肩に重傷を負っている。そして今回も凱はらしくもなく淹れたてのコーヒーポットを膝に落とし大腿部に酷い火傷を負った。

「俺より凱の心配をしているのか、だったら年寄りのあいつの寿命と一緒に死ぬかもしれねえ俺を心配してくれいもいいだろ」

「……!」
一瞬にしてカイの瞳が深紅から銀色に変わった。三四郎の危機が凱に及ぶのであればその逆もありえるのを失念していたからだ。なによりも半ば本気で『殺されればいいのに』と詰っておきながら、三四郎の口から死を暗示する言葉は聞きたくなかった。

 口論に負けたことのないカイが黙り込む。

 三四郎を信じているから最悪の事態を考えないカイにとって『心配する』ことは『信じられない』とイコールだ。三四郎はカイに信じるなと言ったに等しい。
 信頼はバディの絆の核だ、それを否定することはバディを否定することでもある。

 黙り込んだカイから立ち上る拒絶のオーラに三四郎は自身の失言に気付いた。

「ああ……悪い、言いすぎた」
 家族になっても、恋人になっても、カイにとって『バディ』は特別なのだ。

 三四郎の指が青灰色の髪を梳き流し強張ってしまった肩を柔らかく包んだ。さらに深く身を屈め微妙に俯いたカイと視線を合わせる。そして真っ直ぐに見つめる眼差しと指から伝わる生命力で凱の生き死にに巻き込まれてやる気はないと、身近にあったタイムアウトに近付きつつある時計の針に怯えるカイの畏怖を払拭する。

 三四郎だけを映す鈍く暗い金属色の瞳が見慣れた優しい青を取り戻しやがて暖かなスカイブルーへと変わっていく。

 言葉ではなく視線と触れた手のひらの体温で会話を交わす二人の保護者を藍は遣る瀬無い思いで見ていた。

 言葉一つで三四郎は容易くカイの瞳の色を鮮やかに変える      砂漠のオアシスが湛える水の色、荒れた荒野で命をはぐくむ泉に映る空の色、そして三四郎が月にいる間にしか見られない特別な色。 三四郎にしか見せない色がある、三四郎しか知らない色があるのだ。 

 三四郎が持ち帰ったクッションはその色をしている。

「わかってもらえなくてもいい、とにかくこれはあんたに似ていて俺は気に入ったんだ」
 

 口を閉じることもままならないほど疲れ切り手土産のクッションに身体を預けたカイの開いたままの唇に小さな氷の欠片が入れられた。微かにラム酒の香りのする冷たい水が喉を濡らしながら胃に落ちていく。

 三年ぶりの交わりは強烈で体力も気力も奪うとともにカイの記憶の底までもこじ開けた。

 『あんたと似ている』という三四郎の言葉に嘘はなかった、ヒトの組織に優しいのはヒトの肌だ、それも柔らかで張りのある健康な肌。

 三四郎が持ち帰ったそれは医療用として作られありふれたパウダーピースクッションと違い表生地がヒトの皮膚そのものになっていた。患者の患部を保護するたのめしっとりと馴染む肌理の細かい肌触りは丁度、生まれたばかりの赤子を抱く母親の腕のように優しく体を包み患者を支えるのだ。 

 考えるのではなく感覚でモノを捉える男は素直にそこにカイを見たのだ。

 だが究極の肌触りを目指した上張りはカイの最愛の母の記憶を引きずり出した。

 似てるだろ、クッションに俯せにさせ背後から抱く三四郎の無邪気な問いにカイは狂ったように首を振った。否、狂っていた。

 抱きしめると腕の中から消えるのではないかと思うほど華奢でしなやかに撓み、優しく押し返す弾力のあったアルシノエの身体      甘い体臭を含む汗に濡れた自身の長い髪がカタチの違う人工物に彼女を蘇らせた。

 剥き出しになり鋭敏に尖った感覚は過去と現在を身体の中で繋ぎ合わせ、これまで経験したことのない官能を与えている。

 最愛の男に抱かれ、最愛の女を抱く錯覚はおかしくなりそうだと譫言を口走る月人を今までにない背徳感で狂わせた。
 少年の身体ではなく大人の身体で抱き締める母の肌      滅茶苦茶に入り混じった過去と現在の溺れたカイは聞こえる喘ぎが自分のものなのか、記憶の中の母のものかもわからなかった。

 下肢に沿わされた武骨な手を払いどけ夢中になって滑らかな生地に挑むカイに三四郎の、久しぶりに男とシてるっていう気がするという言葉は届かなかった。
 

 身体の芯に沁み込んだ氷の冷たさが放心していたカイの意識を取り戻した。自分が無造作に置かれた人形のようにクッションに座り込んでいると気付いたカイの頬が薄く赤らむ。しかし、しどけなく膝を開いて足を投げ出した彼には剥き出したままの下肢を隠す気力も残っていない。疲労で鈍った五感でクリアーなのは、身じろぎもできず浅い息を吐くのがやっとの唇に押し込まれた氷の冷たさだけだ。

 獲物の肉を飽食した肉食獣が残骸の傍らで寛ぐように、身体を開いたまま放心していたカイを眺め口に運んでいた三四郎がグラスの中の氷を閉じることを忘れた唇に入れたのだ。

 微かに鼻に抜ける三四郎の愛飲するラム酒の香りが悦楽に麻痺した感覚を呼び戻す。喉を落ちていく氷水の冷たさが、全身で愛し愛されることを具現化した身体に心地よい。

 カイは男を翳みの掛かる目でぼんやりと見上げた。

 視線以外まともに動かせないカイは、重度の火傷を負い移植定着させたばかりの弱い皮膚に覆われた三四郎の気持ちがわかるような気がした。そして小さな刺激も過敏に感じる身体を支えるクッションに自分を思い出してくれたのを嬉しいと感じた。

 ベテランの傭兵の三四郎は言われるまでもなく頭部の怪我の意味をよくわかっている。身体が動くのを確かめるまで気が気ではなかったはずだ。その三四郎に人肌のクッションは生き延びた奇跡をカイと分かち合いたいと思わせてくれた。

 強靭で生命力の溢れる男にも支えを必要とするときがあるのだ、そして見せない弱音も。
 三四郎が時間と距離で隔絶された向こうでひっそりと自分に向けてそれらを零していたのなら、独り遣る瀬無い思いを噛み締め待ち続けてきたカイは報われるような気がした。
 私がおまえを必要とするように。おまえも私を必要としてくれる        私の声がおまえに届き、おまえの痛みが私に届くのは同じ遣る瀬無さともどかしさが私たちをシンクロさせているからだ。
 この絆は双子の同調性に負けたりしない、ドクターの命は三四郎を連れ去ることはできない。
 おまえを連れて行くのは私だ、おまえが連れて行っていいのは私だけだ……だからそれまでは……

 冷たい欠片が唇に当てられた。カイは意志を持ってそこを開く。
 弛緩した身体を投げ出してとりとめのない時間をこうして二人で過ごせることが自分にとっての最高に贅沢な幸福だとカイは思う。正直な瞳に数刻前の激しい情交の余韻の色が溶け込んでいたとしても、その色は自身の幸福の色だとカイは信じている。

 幸せの色に欲情が混じるのをカイは否定しない。ココロとカラダが満ち足りてこそ月人の、カイの至福なのだ。

 元首としての義務も、双肩にかかる月の未来も、無条件に愛情を注いでいる藍のことも考えられない、考えたくない。こうしているつかの間だけはこころと身体の両方を満たす唯一の男だけを見ていたい。

 柔らかく滑らかな肌触りをした母の肌したクッションのせいだろうか、自ら望んで背負った責務がどうでもいい些細なことのように感じられた。

 ブラックオパールとファイヤーオパールの溶け合う紫の炎の揺らめきに黒い夜の帳が下りる。感情と感覚が作った色の瞳を、視線を感じ取った三四郎が覗き込んだからだ。

 砂漠のオアシスが湛える水の色、荒れた荒野で命をはぐくむ泉に映る空の色、そして三四郎が月にいる間にしか見られない特別な色、真昼間の色とは違う夜の色      三四郎にしか見られない色がある、三四郎が作る色がある。 

 家族のターコイズブルーとは違う、満天の星空を映す水の揺らめきに三四郎が小さく笑った。

 『あんたでもダメ人間になるんだな』

 

 同時刻、藍は恐る恐る3年ぶりに帰省した父親の土産に顔を埋めた。

 幼い頃、一度だけカイにしがみ付き硬いジャケット越しであったがその胸に顔を埋めた。幼い頃、眠りにつく藍の髪を梳き流してくれたカイの暖かく華奢な指や手のひらの柔らかさははっきりと覚えている、しかしきっちりと着込まれた衣服の下の肌の感触は知りようがなかった。

 触れるどころか目にすることもできないその肌とこのクッションは似ているという、三四郎は言った『自分で自分は抱けない』と。

 滑らかな生地に頬を寄せた藍は柔らかいくせにしっかりと体重を支え沈みこませない弾力のあるクッションを抱き締めてみた。

 さらさらと生地の中で崩れるパウダービーズが心地よい弾力で藍の腕を押し戻す。

「こんな感じなのかな……」

いつの頃からか子どもの時のように触れてくれなくなったカイの暖かな手を脳裏に浮かべ藍は人肌の手触りをしたクッションに顔を埋めた。

 

 

そりぁもうね、お年頃のボクちゃんが大好きなヒトのカラダに似たグッズを手に入れたらヤルことは一つだはな ( ´艸`)