こんばんは、時間が経つのも早いもので今年もあと僅かになりました。
11月22日のいい夫婦の日を目指していたのにこの体たらく……
以下妄想分につき注意
じゃあな、とたった一言のこして背を向けた男は振り返りもせず大きな歩幅で遠ざかっていく。長い髪が風をはらむほどの速さで真っ直ぐに進む男の背はあっという間に通用門の向こうに消えてしまった。
公邸の住人として正式に登録されていながら男が好んで使うのは使用人たちが利用する通用口だった。鏡のように磨き上げられた天然大理石製の正面玄関を自ら使うことはないに等しいほどだ。
別に利用を制限されているのではない、ただ物々しいセキュリティと仰々しい出迎えが煩わしいだけでなく正門から続く長い車道を抜けなくてはならないのが怠惰な男には面倒なのだ。なによりも見苦しくない程度に刈り込まれ適度に視界を遮る樹木で隠された通用路の方が彼には気楽だった。
そんな男を軽く肯いて送り出した館の当主の月人は、普段と変わりのない態度で使用人に男が滞在中に使用した私物を片付けるように命じ飾り気のないそこを後にする。
簡素で実用一辺倒な硬い床材の通路を進む月人の歩調はしかし、月を離れる男を共に見送った彼の息子に合わせて普段よりゆっくりだ。その彼を並んで歩く少年は嬉しそうに見上げた。
自分のペースを頑固に守る彼が子どもの自分に合わせてくれることが嬉しくて仕方がないのだ。こうしているだけで自分が特別だと感じられる。と、同時に成長と共にいずれこういった時間を失ってしまうことがたまらなく寂しかった。だからこそ気遣われて隣にいられる一時を大切に思う少年は不本意でも通用口で父親と認めていない男を見送ったのだ。
しかしそんな男でも月人にとって特別なのは事実だった。
些細な食い違いで激しく諍い、瞳を深紅に燃やすことがあってもの美しいカレイドスコープアイズは気が付くと男の姿を追っている。『バディで恋人で家族』だと屈託なく男に公言されていてもその背を見る瞳は薄く翳りを帯びていて、いつしか少年は切なく煌めく青が『片恋』の色だと気づいていた。
「カイは……三四郎を空港まで見送らないんだね、リリアンのパパはいつも機体が見えなくなるまでデッキで見送るらしいよ」
あんなにずっと見ているのにどうして最後まで見送ろうとしないんだろう、いつも通用口のところまで、軽く頷いてそれでおしまい 同じ船で一緒に過ごしたもう一組のバディ夫婦とあまりにも違うと、幼いながらに少年は不思議に思った。
「藍はそうしたいのですか」
「三四郎はいてもいなくても同じだから僕はどうでもいいよ」
親子の情を感じさせないぞんざいな物言いにカイが微かに眉を寄せた。藍と三四郎の距離が露わになる度にカイは表情を曇らせる。
他人行儀な親子関係を改善しようと苦心するカイの中には『家族』への憧憬を抱かせた手本となるロード一家がある。そのため遠くで任務に就くサンドラを思うリリアンと違い、藍が三四郎を認めないことが『家族』になり切れていない証左のように感じられてしまうのだ。これは形に拘るカイの悪い癖だ。普通の家族などないとあっさり言い切れる三四郎のように簡単には割り切れないのだ。
色に変えたカレイドスコープアイズに藍が気まずげに視線をカイから外した。そのつもりがないのにカイを傷付けたとしょげてしまうころが開き直る三四郎との違いであり、藍とカイの距離の近さだ。
そして三四郎をやり込めるような形で藍の眼前で諍いを繰り返してきたカイの罪の深さでもある。藍から三四郎を遠ざけているのはその不在だけでなく辛辣なカイの物言いの影響が大きい。同時に藍との縮まらない距離は愛していると言わせない三四郎への罰でもあった。
項垂れた藍に降り注ぐカイの声は感情を見せない平板だ。
「私は単にその必要を感じていないだけです」
カイの選んだ言葉は素っ気ない。
「これが私たちのやり方です」
深い眠りに藍が入ったのを能力で確認しカイは上掛けを正しそっとその項に触れた。三四郎よりずっと柔らかく滑らやかで暖かい頬のの丸み。
弛緩した身体からも、深い寝息からも先ほど味合わせた罪悪感の影響は見られない。
カイはほっと息を吐いた。そしてあの時、どう答えるべきだったかを考える。 過去の自分を思えば三四郎を疎ましがる藍の気持ちが理解できないわけではない。
幼い頃、母がドレイクのために残り少ない時間を使うのを受け入れられなかった。最期の時間を彼に与えようと決めたのが悔しかった。自分だけのアルシノエを奪われようでドレイクに憎しみさえ感じていた。
ドレイクを受け入れられなかったカイは、アルシノエの我儘を許してねという哀願に許すと言えなかった。
ドレイクとアルシノエとイシスの三人の感情を一度に味合わされている気がする、低く苦笑したカイの視線の先でどさりと藍が寝返りを打ち上掛けを蹴り飛ばした。そして上半身を夜気に晒し気持ち良さそうにに深い息を吐く。
暑がりなところは父親譲りなのだろう、三四郎も上掛けを跳ね除けてしまいカイを夜半に目覚めさせることがよくあった。船にいた頃は腹立たしく感じていたそれも、今のカイにとってとても大切な時間となっている。
それは幼い頃に知らなかった幸せの証しだった………
夜気の肌寒さに目覚めた時、傍らで無心に眠る三四郎の信じられないほど緩みあどけなくなった精悍で彫りの深い寝顔を眺めているのが好きだった。常夜灯が照らす薄明りの下で飽くことなく見続ける大きな振幅を繰り返す胸板と顔にかかった数筋の漆黒の髪のたなびき、弛緩した身体は長く伸びて少し大きく感じた。
少し離れた場所からいつも目で追い続ける存在を、間近かで見詰められる細やかな幸せに浸るカイの瞳はしかし、知らず知らずのうちにいつも潤み出しまうのだ。
胸のどこか深い部分が夢中になって抱き合っているときには感じない痛みで疼いた。
………人のキモチが変わるのに、きっかけなんかいらない時もあるんだ。変化が目に見えなくても、少しづづ変わっていくこともあるんだ。ファンファーレなんてならない、それでもヒトの気持ちは変わるんだ………
『見ているうちになんとなくだ』といった男の拙い説明がカイの心に黒い影を落としていた。
あれほど身体が拒絶していたカイを気が付けば受け入れていたという男の気持ちが、再び『なんとなく』変わってしまう可能性は否定できない。きっかけも理由もない、本人にすら自覚できない小さな変化の積み重ねを察知することなどいくら優秀なエムパシストといえども不可能に近いのだ。
藍の母親のもとを去ったようにいつの間にか気持ちが離れて行ってしまうのをカイは恐れていた。
三四郎は傭兵だ、物理的な死という別れがやって来るのは耐えられる。しかし精神的に突き放されるのは耐えられそうになかった。
酷い恋人だ 吐息が聞こえるほど傍にいて、愛咬の痕もきえていないのに、幸せをよりも捨てられる日に怯えて涙を浮かべている。こんな感情を『愛』と呼ぶことなどできない。
三四郎が『愛している』と言わせないのも無理はない、自嘲に口元を歪めたカイは無条件に愛おしく思う藍までも本当に愛しているのかと自問する。
真っ直ぐに見上げ素直に好意を全身で表現してくれる幼子を愛おしいと思うのは、三四郎を縛り付けておける鎖だからではないのか?
心のどこかで莫大な負債を三四郎に課した黒幇に感謝していないか?
打算無しで私は人を愛せるのか。
自己不信の塊の男は切なく疼く胸の中を慣れた手順で闇雲に抉りあるはずのない傷を探す。
と、意識の内側に深く潜りこんだカイを大きく強い手がそこから引き戻した。
夜気に冷え肌寒くなったらしい三四郎が自分で跳ね除けた上掛けを手探りで手繰り寄せカイを抱き込むように二人の身体を覆ったのだ。そしてぴったりと身体を寄せた彼は満足そうに溜息をついて深い眠りに戻っていった。
触れた肌から伝わる無防備な感情は丁度ふたりを包む上掛けのように柔らかで暖かかった。
寒さを覚えた三四郎は自分だけでなくカイをごく自然に上掛けに入れる。深い眠りながら無意識に労る三四郎の中にカイはしっかりと存在しているのだ。
深い寝息が頬を撫でた 愛しているとは言わない、それでも愛されていると思いがけない形で感じさせてくれる。
こんなやり方は卑怯だと苛立つ一方でこの上なく安堵したカイは一枚の上掛けの中で寄り添う体温に 瞳を濡らす痛みの理由を朧気ながら感じ取った。
幸せすぎるのだ、あまりにも幸福すぎて欠ける以外の変化はないとカイは思っている。そして『なんとなく』気持ちを変えた三四郎に幸福を壊わされると怯えている。
自嘲にカイは口元が引き攣れた そうやって私が心変わりする可能性を私は初めから締め出している。
自分を最も信じていない男が月人の自分の心変わりはないと信じている皮肉を嗤ってカイはそっと三四郎の頬に落ちる髪を払いどけた。
三四郎は怖いほどの幸せを与えてくれる、ならば私は?
私はおまえを幸せにしているか……?
そう自問したカイは目を見開いた。
幸せにする……?
火照りが鎮まり肌寒さに変わろうとしている藍に感応しカイは足元に蹴り除けられていた上掛けを掛け直した。そして室温を深い眠りが続くよう幾分下げる。
人生の価値は、愛するモノを見つけて、それを愛し続ける時間にあると信じている 三四郎には理解できなかったドレイクの言葉と同じ思いがカイの中で育まれている。
目を覚まし声を殺して泣いているドレイクを見ているのが好きだ、とても素敵だとあどけなく笑って言っていた母はきっと彼の怖くなるほどの幸せを感じていたはずだ。ヒトの感情を楽しみの一つにしか考えていなかった月人の母は初めて誰かを幸せにする喜びを見つけたのだ。
三四郎の心がふとしたきっかけで変わってしまうのが怖くないと言ったら嘘になる。しかし、そうなったとしても、もう大丈夫だと確信している。 なぜなら愛される幸せと、愛する幸せがあるのをカイはもう知っている。
愛を与えようにもその術を知らなかったカイは三四郎を幸せにしたいと考えてようやく愛する幸せの存在に気付いた。
三四郎に会えてよかった、愛したのが三四郎で良かった……彼でなければこんな幸せを知ることもなかっただろう。三四郎が幸せでいるのなら私も幸せでいられる。
『永遠』というものはないと赤い瞳をした黒幇の長は言った。だが続けていけばそこに少しでも近づけられる 三四郎を見る切なく煌めく青い瞳が濡れるのは怖いくらいの幸福にある証しなのだ。
時間も場所も関係ない。どこにいようと、何をしてようと三四郎はここにいる。旅立ちは姿が目に見えなくなるだけのこと。だから船を見送る必要はない。
成長しやがて巣立つことになる養い子に胸の内で告げると優しく微笑んだ。
藍、あなたが旅立つ時は最後まで見送りますよ………
三四郎は見ているうちに、いつの間にかだ、と男性機能が復活した理由を問われた時に答えたけど、いつの間にかそうなっていた、というのはカイもなかったわけじゃないんだよねぇ ( ´艸`)
三四朗への恋も精神の作用反作用がいつの間にかそうなっていて、サマルで生き別れて初めて愛していると気付いたくらいだし。
しかし『理由がない』ということは対処しようがないということでもあると思うの。それを証明しているのは知性と教養があり人格者で包容力もあり資産も地位もある、にも拘らず恋愛対象になれなかった凱かも( ´艸`)
ということで『理由もなく別れがやって来る』不安を抱え込んだカイを想定してみた。
プラス、三四郎と藍との差を少し。
三四郎は見送らない、藍は見送る、その違いはカイの許に帰る三四郎と、大人になってやがて巣立つ藍との違いと設定。
とはいえ動機が『三四郎を捕まえる』という、連邦に忠誠心の欠片もどころか市民を守りたいという志もない藍の士官学校進学をカイはすんなりと認めたんだろうか。
職業軍人になるということは、三四郎と殺し合いをする可能性があるということになる。その時が来たらカイはどうするんだろう。
それ以上に『三四郎の尻尾を捕まえてやる』生意気なことを言う藍には、自分の身代を払いづけている三四郎に漢気を見せて欲しいと思う。
『僕は自分の自由は自分で贖う』
くらいは啖呵切って欲しいのココロよ


