以下妄想文につき注意
黒幇から藍を引き取り6年になろうとしている。月にやって来た当初、まるで野童のように神経をそばだて油断なく周囲の気配を窺い見ていた少年はカイの養育を受け別人のような人生を歩み始めていた。
良家の子弟の習慣に倣いしばらくは家庭教師とコンピューターによる教育を施されたのち士官学校へと進んだ彼は、めきめきと頭角を現した。物心つく頃まで黒幇で育ったせいか士官学校の生活は性に合っていたのだろう。
月の若き指導者の養い子として申し分のない品行方正な大人びた優等生、それが現在の藍の世間の評価だった。
プライヴェートエリアの書斎で三四郎からの通信を繋いだカイはモニターの向こうで三四郎の眉が軽く顰められたのに気付いた。数度瞬いた彼は信じられないようなものを見たかのように首を捻った。
「なにか?」
なんかさっきからあんたの手元で毛だまりがゴソゴソ動いてるんだが、藍にペットの世話を押し付けられたのか
存在そのものが『愛玩動物』のような月人のカイは基本、生き物と相性が悪い。育てた藍にすら『飼育に向いてない』と言い切られてしまうほどだ。そんなカイが好き好んで生き物を傍に置くはずはない、眉を顰めた三四郎にカイは手元の毛だまりを持ち上げて見せる。
「公邸の中庭で死にかけていたのを私が見つけた」
モニターに大きく映し出させたのは青と金色のオッドアイをした黒のオスの子猫だ。黒と言っても首元と前脚の一部が白く丁度、タキシードに白手袋を嵌めた様な柄になっている。
「見付けた時には眼病で目も開けられない状態だった」
で……あんたが育てているっていうのか。どういう風の吹き回しだ、らしくねえって言うか、そこまで優しくもなければ暇でもないだろ
目を丸くして尋ねる三四郎にカイは苦笑した、飼って世話をしようと決めた時、同じことを自分も思ったからだ。
「どうしてかな……たぶん、警備網を潜り抜けて公邸に入り込んだ運の強さと私を呼ぶ生命力に惹かれたんだと思う。それに育てたら昆虫に夢中になっていた頃の藍の気持ちが理解できそうな気がした」
公邸の中庭や徘徊した街中で採取した様々な昆虫を幼い藍は自室で飼育し繁殖させていた。とても昆虫は好きになれなかったが、藍のそうした行動を解りたいという気持ちはずっとカイの心の隅に残っていた。
「今のところ順調にできていると思う」
良く見えるようにとコンソールに下ろされた子猫に三四郎が小さく舌を鳴らし軽く指を振った。音に反応した子猫が指の動きに二色の目を輝かせモニターに突進する。子猫らしいおぼつかない動きではあったがその仕草には肉食獣の片鱗が現れている。
ちっこいのにいっちょ前だな
身を低く伏せ動きを窺う子猫を眺める三四郎は楽しそうだ。巧みに猫をからかい遊ばせるその様子をカイは複雑な思いで眺めた。
運動は飼育に不可欠な要素だとして適切な遊具を与えはしても、敢えてそれで子猫と一緒に楽しもうと思ったことはない。否、楽しめるとは考えたことはなかった。それどころかその姿をメイドたちが言うように『かわいい』と感じたことすらない。
なんて名前だ
人差し指を挑発するように子猫の視線の先に立てた三四郎がのんびりと尋ねてきた。彼の目はまっすぐに真ん丸なオッドアイを捉えている。
そういえばこんな風に目を合せることはなかったな 健康状態を確認するとき以外カイが煌めくオッドアイを注視したことはない。
だから三四郎は意思の疎通が図れたような気分になり楽しめるのか。だとするのなら昆虫を間近で観察していた藍もそうだったのかもしれない。
生真面目に分析をしながらカイは答えた。
「ツヴァイ、数字の2を意味する」
夢中になってモニター越しににらめっこをしていた三四郎が息を飲んでカイを見た。
ってことはこいつはミルクの時からあんたが育てている藍の弟分ってことか!!
猫と人を同列に考えるな、という窘めは三四郎の屈託もない笑顔に遮られた。
よーし、決めた。今のヤマが片付いたらあんたのところに帰る。
「!!」」
絶句したカイを他所に三四郎は楽し気に言い放つ。
新しい家族の藍の弟分に挨拶しなくちゃな
ずっと逢える日を待ち続けているカイの心情を思いもしないで、じゃれつく子猫のために男は帰るという。
「………勝手にしろ」
素直に喜べない、柔らかく耳に心地よいはずのハスキーヴォイスの中に棘が混じる。
なんだ、猫に妬いてるのか、変なヤツ
こういうときだけ聡くなる三四郎にカレイドスコープアイズが一瞬で鮮やかなピジョンブラッドに色を変えた。目を細めた三四郎がその変化を見詰める。
藍が家を出てからこうしてたまに連絡入れみるとさ、あんたは月で独りうまくやってるみたいで、なんかこう帰りそびれるっていうか、まぁいいかってなっちまうんだ
どれほど逢いたくとも帰還を求めないカイの意地と気丈さが、彼を信頼する三四郎を安心させ遠のかせていたのだ。
こんな切っ掛けでもないとまたずるずる仕事を続けちまうことになる
俺も金が要るからな、三四郎が苦笑しして赤い目に笑いかける。
へへ……そんな目玉の色を見ると、ムチャクチャ逢いたくなる
傍にいようものなら間髪入れず加えられる制裁もこの距離では届かない。気に留めていなかった距離を今更のように三四郎は実感したらしい。
「………もの好きな」
必要以上に硬く平板な声に口角を吊り上げた三四郎が小さく舌を鳴らした。びくりと子猫の耳を反応させたその舌打ちは先ほどとは少し音色が違った。
激しい情交の余韻の残る中での他愛もない戯れで交わす口付けの音だ、触れ合えない距離を濡れた音が埋めていく。
カイは目を閉じ啄むような口付けを耳で受け止める。
幾多の相手と数えきれないキスをしてきたカイの知らないやり方、感じたことのない官能、音だけのそれはもどかしいくせに思いもよらない深いところまで届く。
舌が鳴るたび瞼の中で薄れる赤に代わって艶が生まれる。長いあいだ点ることのかった発情の灯火が虹彩にほのかに煌めく。
これ以上、体温が上がらないよう熱を逃がした吐息を高性能の収音マイクが三四郎に届けた。
目を閉じていてもモニターの中で音の口付けを止めた三四郎が躾の良い犬のようにカイからのキスを待っているのがわかる。
視線に質量はない、しかしモニターから届くそれには光の粒子という熱と重量を持っている。キスをねだる視線の耐えられない熱さと重みに負け、カイは目を伏せたまま微かに舌を鳴らした。と、音に釣られモニターの前で右往左往していた子猫が無邪気なまあるい目でカイを振り返りみぃと鳴いた。
チビを呼んだんじゃねえぞ
恋人のキスに乱入した新たな家族を軽く眉を上げいなした三四郎が熱を持て余し俯くカイにひときわ高い口付けをした。
すぐに帰る……
寝室の長い毛足のフェイクファー製のラグの上で一人と一匹が警戒心の欠片もなく眠っている。一人はクッションを枕に、一匹は急所の腹を曝け出し猫とは思えないほど人間じみた格好で熟睡している。。
彼らの周囲には丸めたナプキンや紙の切れ端が転がり、無造作に床に置かれたトレイには食べ散らした食事の残骸がわずかに残っていた。
カイが官邸から戻るまでに初対面同士の家族はこのラグの上ですっかり打ち解けたらしい。厨房から取り寄せた酒肴を分かち、種族を越えてじゃれ遊んだのだ。
遊び疲れた子どものようだ……ツヴァイのおもちゃにしたらしい5㎝ほどの骨を皿に戻してカイは微笑む。そして引き取った経緯に加え反抗期に入った藍も、離れて暮らす父親といつかこんな風に打ち解けられるのだろうかと夢想する。
だが成長した藍と三四郎の交流を楽しみに待つカイの思い描くそこに彼自身の姿はなかった。そしてそれを妙だとも思っていない。家族を俯瞰して眺めるカイが一歩引いた『保護者』であり続ける理由はその自覚のなさにあるのかもしれない。
藍がもう少し大人になれば解るようになるだろう……三四郎の成長は期待せず藍に希望を託してカイは意識を現実に切り替えた。予定より早く到着した三四郎に合わせスケジュールを調整し公邸に戻ってカイは僅かな空き時間でも有効に利用する必要があった。
地球から藍が戻るまで持ち帰った仕事を片付けようと寝室に隣接する書斎に向かいかけた彼を不機嫌なバリトンが引き留めた。
「どうしてそこで寝込みを襲うんじゃなくて仕事なんだ」
振り返ってみると三四郎は先ほどと寸分違わぬ格好で横たわり目を閉じている。
「こんなに隙だらけだっていうのに……期待してあんたが乗っかって来るの待っていたんだぞ」
深く眠っていた三四郎の目覚める気配は全く感じられなかった、勘の鋭い男はカイの気配の変化を察知し一瞬で覚醒したのだ。うっすらと開いたアーモンドアイズが意表を突かれたカイを捕捉する。
「まだ仕事が残っている」
軽く持ち上げた秘書官から託されたファイルを鼻で笑って三四郎が舌を鳴らした。子猫の注意を引いた時のように小刻みに指でベルトのバックルを叩く。
口付けの音とは違う、なのに身体が勝手にそれを期待し始めた モニターとスピーカーを通してでさえ熱と質量のあった眼差しと音が中途半端に燻り続けていた身体に容易く火をつけた。
硬い爪に弾かれ金属音を立てるバックルから目が離せない、キャットフードの缶を叩く音で餌の時間を知らされた猫のように喉が鳴る。
「……私は猫か」
「猫を抱いたことはねえなぁ」
真面目なのか惚けているのかわからない答えに苦笑したカイはファイルを壁際の花台に置き乱雑に靴を脱いだ。
そして四つ這いでラグで待つ三四郎に近付きバックルを鳴らす指に容赦なく噛み付いた。
「いってーっ!!」
慌てて手を引き、滲む血に顔を顰めた三四郎に留飲を下げカイは伸し掛かる。
「猫は指を使わない」
軽く拳を握りだから服はおまえが脱がせろと凄んで見せる。内側の熱を感じさせないおまえの遊びに付き合ってやるのだと言いたげな表情に目を見張った三四郎が吹き出した。
「その代わり爪は立てるんだろ」
「カイはまだ官邸で仕事中?」
出迎えた公邸の管理を任されている執事のような月人に藍は制帽とジャケットを渡しながら尋ねた。子どもの頃からずっと仕える彼に挨拶もそこそこのその様を、一緒のタクシーでやって来たリリアンが呆れたように眺めている。
三四郎の帰還に合わせての帰省だというのに、実の父のことは眼中にないのだ。
「お昼前に帰宅なさった三四郎さまとご一緒に藍さまのお帰りを待ちたいと一時間ほど前に官邸から戻られました」
「三四郎がもう帰っているの?!」
予定では今夜の到着便で帰還のはずだった。
「早い便にキャンセルが出たと伺ってます」
三四郎の勤務先である辺境紛争地域からの移動は乗り継ぎが不可欠で、フライトキャンセルも少なくない。ましてや高級リゾート地の月への直行便などありえない。
悪運のいい奴、舌打ちした藍は三四郎が定期旅客便ではなく貨物輸送船で移動したのを察した。積み荷によっては最短最速で船は移動する。三四郎はターミナルコロニーでそういった船にクルーとして潜り込んだのだ。
「先を越されちっゃたわね」
リリアンの慰めにもならない慰めを無視し、ぐっと視線に力を込めた藍は走り出さないのが不思議なくらいの速足でエントランスホールを抜ける。
カイはもう僕が着いたのを知っている……
ついも帰宅を告げに出向いた私室でカイは藍がノックするより早くドアを開いてくれる、類稀な能力で帰還を察知しどれほど忙しくても手を止め、部屋で暖かく迎えてくれた。
だから今日も……
「ちょっと藍、待ってよ。私もカイと三四郎に挨拶したいから」
小走りに追って来たリリアンが肩を並べる。
「三四郎、少しは年を取ったかしら」
カイと三四郎、二人に逢うのを楽しみにしているリリアンをほんの少し疎ましく感じながら藍は鳴れた手順でセキュリティーを解除する。
この先からが藍の『自宅』だ 藍は走り出す、カイが待つ彼の部屋に向かって。
「藍ってば廊下を走るとカイに叱られるわよ!」
射干玉の黒と淡い青灰色の髪が混じり合いながら白いフェイクファーに広がりのたうつっている。時に緩慢、時に激しくまるで生き物のように蠢くそれらをよく光るオッドアイが見つめている。
動きのおぼつかなかった子猫も成長したいま俊敏な動きでのたうつ髪に飛び掛かり、毛先に噛みつき爪を立てる。十分に眠ったツヴァイにとってラグの毛足の中に見え隠れし動く髪は絶好のおもちゃなのだ。狩猟本能を刺激された彼にとって身体を繋ぐヒトの激しい息遣いや掠れる悲鳴も獲物の上げる鳴き声だ。
身を潜め、のたうつひと房の髪に狙いを定め間合いをはかる。長い尻尾の先が髪の動きに合わせて左右に揺れる。全神経を集中し身を引き絞ったツヴァイが勢いよく獲物に襲い掛かった。
限界まで深く一つに繋がり分かれていた距離を取り戻す『保護者』の二人と、まだその存在を知らない『新しい家族』と……藍にとって衝撃的な邂逅の時が迫っていた………・
ネコ(受)がネコを飼うはなしの発端はこの記事
もし、カイが子猫を育てることになったとしたら……それもお世話が大変な時から。
約8才で手元に来た藍と違い、初めての子育てを『飼育に向いていない』カイはどう感じるのか。
ということで猫塗れ、本当は2月22日に上げたかったんだけど、思いのほかボリューミーwwになってしまい。月を越え 汗
藍はカイを『生き物の飼育』に向いていないと言うけど、おそらく『飼育』はできると思うの。だたペットと言うより家畜の効率的な『飼育』になるだけってことで。
そういうカイと、すんなり家族に迎え入れる三四郎との違いをちょびっと。
とんでもない形で家族と再会した藍と、不運にもその場に居合わせたリリアンの二人にその後どう顔を合わせたか。
プライバシーの乏しい船内生活に熟れた三四郎と、公開プレイに熟れた過去持ちのカイと……さらりと流して終わりだと思う。
『返事も待たないでドアを開けた奴にとやかく言われる筋合いはねーし、あそこで止められる訳ねーだろ』
ということで見られたと気付いていても最後まできっちり致した二人でした。