・新しい路・・・(15) | 尚子の旅

尚子の旅

若かりし頃、我が人生に深く絡んでくれた一人の女性との、実話と創話の物語である。
他人は、それを
『小説・・・』
とでも呼ぶのだろうが、元より、自分にそんな力量の無いことは、自分が一番弁えている訳で・・・(汗)

「だから、ね・・・、遥か遠くの大山で授かった児どもだから、名前が『遥香・・・!』、判り易いでしょう・・・⁈」

と悪戯っぽく笑われたのだが、そのエピソードにも、尚子は、また驚かされて居た。

「ええっ・・・、遥香ちゃんの名前には、そんな意味が有るんですか・・・⁈」

と素っ頓狂な声を上げて訊ねると、当の紀子さんは、まったく平気な顔で、

「面白いでしょう・・・⁈」

とだけ云われ、

「だから・・・、勇志のヤツなんか、時々、陰で遥香のことを『スキー場・・・!』なんて云って居るわよ・・・!」

と笑われたが、尚子は、まだ、宝田が遥香ちゃんを、そんな風に呼んで居るのを、聴いたことは無かった。

 だが、

「そうかあ・・・、遥香ちゃんの名前の裏側には・・・、そんな秘話が隠されて居るのか・・・⁈」

と想うと、宝田が、遥香ちゃんを、殊の外、可愛がって居ることの、心の機微も理解出来るようで、これまで以上に、親しみを感じたような気がした。

 

 紀子さんから、そんな面白くておかしい話を、色々と聴かせて貰って居る内に、時間は、もう随分と経って居たようで、時計が、丁度、日付が変わったと同時くらいに、突然、林田家の電話のベルが鳴った。

 瞬間、それを待って居たように、紀子さんが、

「来たわね・・・!」

と云って椅子を立たれ、急ぎ足で壁際の電話の処へ行かれ、受話器を上げられた。

 既に、電話の相手の察しが着いて居る口調で、慣れた口調で

「はい・・・!」

と云われ、相手の寛さんに有無を云わせない間合いで、

「今、何処・・・?」

と訊かれた。

 電話の向こうの相手の話を、平然とした顔で聴いて居られる様子を、窺い聴いて居ると、

「フーン・・・」

と云われたリ、

「それで・・・?」

と訊ねられたりした後、

「じゃあ・・・、少し遅れて居るのね・・・⁈」

と云われた後、

「これからも・・・、気を付けてね・・・!」

と付け加えるように云われて、電話を切られた。

 

 受話器を降ろされた紀子さんは、尚子が座って居るダイニングテーブルの、元の位置まで戻って来られると、少し表情に憂かなさを宿したような顔と口調で、

「今・・・、津和野を過ぎて・・・、やっと益田に着いた処だって・・・!」

と云われ、少し横にずらして拡げて在った日本地図を、自分と尚子の間に引き寄せるようにされ、指先で、その部分と思しき場所を指され、

「今、ここら辺りだって・・・!」

と云われた。

 尚子が、その指差された場所に焦点を合わせて読み視ると、そこには、直ぐ青い日本海の海沿いに、

「益田市・・・」

の文字が拾い読めた。

 紀子さんが指差された場所を確認して、尚子が、紀子さんの顔に眼を戻すと、紀子さんは、少し前の憂かなさを宿したような顔を、もう元の表情に戻した顔で、

「やっぱ・・・、山越えの処で雪が積もって居て・・・、少し時間が掛かったらしいわ・・・!」

と云われた後、

「でも、益田まで降れば・・・、後は海沿いだから、スムーズに走れるだろうから・・・、まあ、あと4、5時間ってとこね・・・!」

と云われ、

「明け方までに着けば・・・、善いんだから・・・!」

と、何処か開き直ったような、安心したような口調で云われた。

 

 尚子も、その口調を聴きながら、何故か自分も、幾分かの緊張が解けたような気がして、

「なんで・・・?」

と云う問いが自分の中に起き、

「私が・・・、心配することでも無いのに・・・!」

と想うと、やっぱりあの男を気にして居る自分に、また、改めて気付かされている気がするのだった。

 

 紀子さんが、地図を引き寄せながら、

「津和野を過ぎて・・・」

と云われた時に、

「津和野と云えば・・・、今、若い人たちに人気の街だな・・・!」

と云う想いが過ぎったので、紀子さんに、

「ノン子さんは・・・、津和野にも、往ったことが有るのですか・・・?」

と訊ねると、苦笑いを浮かべた顔で、

「有るわよ・・・!」

と仰り、

「大山まで往ったけど・・・、その年は、雪が全然積もって無くてね・・・。

それで・・・、予定を早く切り上げて帰って来る時に・・・、丁度、津和野が、まだ昼間だったから、私が、強引に『寄って帰ろう・・・!』って云ってね・・・。

それで、寄ったのよ・・・!」

と云われ、尚子に向かって、

「何・・・、尚ちゃん・・・、津和野に往ってみたいの・・・⁈」

と訊いて来られた。

「最近、人気の街だって、聴いたり雑誌に出てたりするから・・・、『どんな街なのかなあ・・・?』と想って・・・!」

と返すと、

「素敵な街よ・・・!」

と云われた後、

「私は、ね・・・、ほら・・・、熱烈なさだまさしファンだから・・・、津和野は、ずっと憧れだったのよ・・・!

彼の『案山子・・・』って歌は、津和野の街がモチーフになって居るって聴いて・・・、一度は往ってみたいと想って居たから・・・、その時に、『これ幸い・・・!』と云う感じで、強引に寄ったのよ・・・!」

と、はにかみを含んだ悪戯っぽい笑い方の笑顔で仰った。

 さだまさしの曲は、この林田家に来るようになって、今や、尚子の耳にも聴き慣れた音楽で有り、その影響も強く受けるようになって居たので、

「そうなのか・・・!」

と云う感じで紀子さんの話を聴きながら、頭の中に、あの

「城跡から見下ろせば・・・」

と云う優しい曲調の歌を、イメージして居た。

 

「もう一回くらい電話をして来るはずだから・・・、その電話が来たら、寝ましょうか・・・!」

と云われた紀子さんは、一行が、問題の雪山路を、一応無事越えたことを確かめて、幾らか安心されたようで、

「さあ・・・、もう少し飲もうか・・・!」

と云われて、その夜、3本目のワインの栓を開けられた。

 それは、いつも飲み慣れて居るMADONNAとは違ったが、

「これねえ・・・、ケイ子が、アメリカに往って買って来たカリフォルニア・ワインらしいのよ・・・!」

と皮肉っぽい口調で云われ、

「まったく・・・、いい歳して、何考えてんだか・・・!」

と呆れたような云い方をされた。

「ええっ・・・、ケイ子さん・・・、アメリカに往かれてたんですか・・・⁈」

と驚いた口調で返すと、然も当たり前のような云い方で、

「あいつの海外旅行好きは・・・、もう病気ね・・・!」

と云われた後、

「家に居るストレスを・・・、海外旅行で晴らしに往ってるみたいなものよ・・・!」

と吐き捨てるように、仰った。

 

 尚子は、昨年末に紀子さんと都城に往った時、お互いが馴染みにして居られる喫茶店に、紅いアウディーを颯爽と乗り着けて、降りて来られた時のケイ子さんを想い出し、その姿に、紀子さんが、今仰った

「家に居るストレスを・・・」

と云う言葉が重なって、ケイ子さんの置かれて居る難しい立場が判るような気がして、気の毒さを感じずには居られない気がした。

「ケイ子さんに比べれば・・・、私なんか、何とも気楽な立場だな・・・⁈」

と想いながらも、

「それなのに・・・、未だに、こうして独身のままで、『今年こそは・・・』なんて云って居るのは、罰当たりなのかも識れない・・・?」

と云う気が、しないでも無かった。

 

(つづく)