・新しい路・・・(14) | 尚子の旅

尚子の旅

若かりし頃、我が人生に深く絡んでくれた一人の女性との、実話と創話の物語である。
他人は、それを
『小説・・・』
とでも呼ぶのだろうが、元より、自分にそんな力量の無いことは、自分が一番弁えている訳で・・・(汗)

 尚子からすれば、危なさを伴ったようにしか聴こえない、雪路越えの道中の話を聴き、

「益田市まで出れば・・・、後は、米子までは海沿いだから・・・、まあ、結構順調に走れるから・・・!」

と云う話に続き、

「米子に着けば・・・、後は、大山までは直ぐだからね・・・!」

と云うことらしく、

「早く大山に着いて・・・、そこで、夜が明けるのを待つのよ・・・!

だって、ほら・・・、明日は日曜日で・・・、スキー場は多いでしょう・・・⁈

だから・・・、早く着いて駐車場に早く入れないと・・・、スキー場までが遠くなるから・・・、大体、夜中の3時くらいまでには着いて・・・、そこで、朝を待って・・・、8時頃には、ゲレンデの中に在るヒュッテに着いて・・・、荷物を預けて貸スキーを借りて、明日一日中滑って・・・、夜は、そのヒュッテに二泊する・・・!

そして・・・、翌日の月曜日から火曜日の午前中まで滑って・・・、昼に大山を発って・・・、今度は、来た路を逆に辿って・・・、何とか水曜日の夜中までに帰り着いて・・・、そのまま、水曜日の仕事に出る・・・!

これが、これまでのスキーツアーの行程よ・・・!」

と悪戯っぽさを交えながら仰ったのだが、聴いて居る分には面白そうに聴こえるが、

「もの凄くハードな計画のような・・・?」

と云うのが、尚子の正直な気持ちだった。

 

「そこまでして遣るほど、スキーと云うスポーツは面白いのだろうなあ・・・⁈」

と想うしか、無かった。

 だが、紀子さんの嬉しそうな語り口には、得も云われぬ愉しさが宿って居り、

「尚ちゃんも、一度遣ってみれば・・・、病みつきになるわよ・・・!」

と断言するように笑われると、やはり、

「一度は、遣って見たいような・・・⁈」

と云う好奇心を、掻き立てられてしまって居る自分が、居た。

 紀子さんが、初めて大山に連れて往って貰われたのは、寛さんと結婚される少し前の婚約中だったのだそうで、

「実家の親には、内緒でね・・・!」

と片眼を瞑るような仕種で悪戯っぽく笑われ、

「まあ、結婚してからは・・・、圭太を妊娠したりして・・・、毎年往くって訳には行かなかったけど・・・、それでも、5回くらいは往ってるわよ・・・!」

と云われた後、椅子に座って居られた上半身を、少し前に乗り出すように尚子の方に、顔を近づけて来られ、親しみを込めた笑顔で、

「尚ちゃんだから・・・」

と断るように云われた後、更に悪戯っぽい顔で、

「一つだけ・・・、面白いことを教えて上げましょうか・・・⁈」

と云われると、

「実は、ね・・・!」

と云われた後、少し間を措かれて、

「遥香は・・・、スキー場で妊娠したのよ・・・!」

と仰った。

 

 尚子は、その想わせぶりな仕種と云い方に、最初、

「今度は・・・、何を聴かされるのだろうか・・・?」

と想いながら、幾分身構える気分でその言葉を待ったのだが、告げられた言葉の想い掛け無さと唐突さに、

「ええっ・・・!」

と想わず驚きの声を出した後、これまた暫しの間を措いて、

「本当ですかー・・・⁈」

と訊き糺すような声と口調で、訊いてしまって居た。

 尚子の、そんな驚いたような戸惑ったような反応を、然も愉しむような顔をされた紀子さんは、自信を宿した顔で、

「間違い無いわよ・・・!」

と云って笑われ、

「女って、ね・・・、自分では、間違い無く判るものなのよ・・・!」

と断言するように云って、またおかしそうに笑われた。

 

 その、余りにもあからさまで唐突さも有ったが、まだ男と云うものを識らない尚子には、まったく想像も出来ない話だった。

 だから、その言葉に、どう云う反応をして善いのか判らなかったが、だからと云って、不快感を感じる話では無かった。

 否、寧ろ、同じ女性として、それとは逆に、微笑ましさと好ましさを感じる話に、感じられた。

 そして、今日夕刻に、宝田たちを見送って此処へ帰って来る車の中で、一緒に愛らしく歌を歌ったりした遥香ちゃんが、その大山のスキー場のヒュッテの一室で授かっか存在だと云う事実が、とても愛おしいものに感じられたような気がした。

 そんな親しみを込めた感懐を描いて居る尚子に、更に、紀子さんは、悪戯っぽさを宿した顔で、

「この話、ね・・・、寛さんと勇志だけは、識って居るのよ・・・!」

と笑われたのだが、尚子は、その告白めいた話に、更に驚くしか無かった。

 

 夫の寛さんが、そのことを共有されるのは不思議では無いだろうが、それを、如何な姉弟のような付き合いをして居る存在とは云え、赤の他人の宝田に喋って居ると云うことには、ただ驚くしか無かったのだ。

「ええっ・・・、勇志さんも・・・、識って居るんですか・・・⁈」

と、眼を丸くしたような顔で訊き糺すと、紀子さんは、

「つい・・・、弾みでね・・・!」

と悪戯っぽく、ペロッと舌を出して、幾分バツの悪さを宿したような悪戯っぽい顔で仰った後、

「あいつが、初めてスキーに参加した時だったんだけど・・・、私と寛さんと勇志の三人が、一緒の車だったのよ・・・。

だから・・・、つい心も弾んじゃって居たから・・・、あいつをおちょくって遣ろうと想って・・・、弾みで喋っちゃったのよねえ・・・」

と仰ったのだが、その云い方には、まったく気恥しさなど感じさせて居られ無かった。

 

 驚いたのと戸惑ったのと、両方の気持ちが複雑に混じったような口調で、尚子が、つい

「勇志さんは・・・、何か云ったんですか・・・?」

と訊くと、紀子さんは、然もおかしそうな顔で、

「全然・・・!」

と呆れたような口調で仰り、

「ただ・・・、『フーン・・・!』って云う感じの声を出しただけだったわよ・・・!」

と笑われ、それに付け加えて、

「だけど・・・、スキーから帰って来てちょっと経ってから・・・、私に向かって、『今度は、出来なかったですか・・・⁈』って云いやがってね・・・!

私が、一瞬、意味を読めずにキョトンとしたら、遥香を眼で視るようにして・・・、『赤ちゃんですよ・・・!』って、皮肉っぽい眼で睨みやがったのよ・・・!」

と笑われたのだが、尚子には、その時の、紀子さんと宝田の漫才のような掛け合いが、鮮やかに脳裏に描かれたような気がして、つい笑い出して居た。

 そして、その想像に動かされて愉しくなった顔で、

「それで・・・、ノン子さん・・・、何て応えたのですか・・・?」

と訊くと、紀子さんは、その時を想い出したように、憮然とした顔で、

「『家(うち)は、子供は、二人って決めてるの・・・!』って、云い返して遣ったわよ・・・!」

と云われた。

 

 当に、漫才を聴かされて居るような面白さを感じたが、そんな尚子に、紀子さんは、

「そしたらね・・・、あいつ・・・、『子供は、三人産まなきゃ・・・!』って云い返して来てね・・・!」

と云われたので、

「三人・・・、ですか・・・?」

と問い返すと、頷くような仕種をされて、

「あいつの哲学では、今の女性には・・・、子供は、三人以上産んで貰わなきゃ・・・、『国が困るんです・・・!』ってさ・・・!」

と、投げ捨てるように云って笑われた。 

「だから・・・、云って遣ったわよ・・・!」

と、また憮然とした口調になられた紀子さんは、

「だったら・・・、早く結婚して・・・、『三人、子供を作ってみせろ・・・!』ってね・・・!」

と云われ、

「彼女の一人も作れない野暮天が・・・、『偉そうなことを云うな・・・!』って云って遣ったら・・・、あいつ・・・、平然とした顔で、『俺は・・・、まだ三十までには十分時間が有るから・・・、絶対に、三人は子供を授かって・・・、国に貢献しますよ・・・!』って云い返しやがっわよ・・・!」

と悔しそうな云い方をされた後、

「まあ、確かに・・・、あいつには、まだ、今のところ時間的には余裕が有るし・・・、何せ、あいつは、男だからねえ・・・」

と諦めたような口調で云われながら、

「だから・・・、この勝負は・・・、まあ、私が負けたようなものよねえ・・・!」

とため息を吐くように云われ後、幾分しょ気たような口調で、

「だって・・・、私は、もう今更、もう一人産むつもりは、無いもの・・・!」

と苦笑いをされた。

 

(つづく)