前回の記事←では、女優・鰐淵晴子について特集しました。

7歳で子役としてデビューし、10歳で主演映画が作られて以降
スターの道を歩みつづけ、成人後も主役級として生き残った鰐淵晴子。
「芸能界で子役はなかなか大成しない」というジンクスをはねのけた
強運の持ち主だったと言えるでしょう。

可憐な美しさで「あんみつ姫」などを演じて人気を博しましたが
いっぽうでオーストリア人の母を持つハーフ女優としての
浮世離れした美貌であるがゆえに、演技力よりも類まれな美貌に
依拠した役柄が割り当てられることが多かったようです。
そのため、女優としての演技力には疑問符がつけられることもありました。

そんな鰐淵晴子が女優としての真価を発揮したのが「悪女」の演技でした。

1972年、27歳の時に江戸川乱歩の『陰獣』をNHKでテレビドラマ化した
『夏の恋』(1972年)のヒロイン・小山田静子を演じたことで注目されます。

鰐淵晴子の浮世離れした美貌が、恋するお嬢様よりもむしろ
デカダンスと幻想の世界に生きる「魔性の女」を演じたときに
よりいっそう妖しく美しい輝きを放つことが証明されたのでした。

そもそも鰐淵晴子の容貌は、楳図かずおが描く美女を思い出させます。
若い頃の鰐淵晴子の主演で、楳図かずおの『姉妹』や『おそれ』などを
井上梅次とか山本迪夫あたりのケレン味たっぷりの演出によって
映画・ドラマにしてくれたらどれだけ素晴らしかっただろうかと
想像せずにはいられません。

『おろち』の第1話『姉妹』は2回映像化され、火曜サスペンス劇場の
『雪花魔人形 -愛と惨劇の館-』(1984年)では大場久美子と蜷川有紀が
姉妹を演じましたが、もしこれが1979年頃に『土曜ワイド劇場』あたりで
「姉=鰐淵晴子、妹=松尾嘉代、おろち=松岡きっこ」とかだったら
どれほど僕好みのドラマになっていただろう…などと想像がふくらみます。



その後の鰐淵晴子は「魔性の女」を演じる機会に恵まれたとはいえませんでしたが
『土曜日の女シリーズ』の名作『鏡の中の顔』(1974年)ではテレパシーの
能力をもつ双子の姉妹を妖艶・華麗に演じて話題を呼びました。

75年には天知茂主演の『非情のライセンス』にゲスト出演します。
「兇悪のデザイン」(1975年)というエピソードで、他人のデザインを
盗用してキャリアを築いた女性デザイナーを演じました。

悪女と言えば悪女なのでしょうが、むしろ悲運に苦しみ続けた女性の
役となっており、横溝正史の『吸血蛾』を思わせるキャラクター設定
ながら、期待していたほど魔性を感じさせる役柄ではありませんでした。


そして1978年、ブームの只中にあった『横溝正史シリーズ』の第2シーズン
初めを飾る『八つ墓村』(1978年)において、ヒロイン・森美也子を演じます。

『陰獣』の小山田静子から6年後。乱歩に続いて横溝正史のヒロインを
演じた鰐淵は、妖艶な美貌で荻島真一演じる主人公を惑わしました。
鰐淵の演じる森美也子と愛を競い合う春代を演じたのは、後の
サスペンスの女王・松尾嘉代であり、今では考えられない
贅沢なキャスティングでした。

これだけの豪華キャストをそろえながら、ドラマの出来栄えはかなり
残念なものだったのが惜しまれます。

前年の松竹映画『八つ墓村』(1977年)が「怪談映画」に改変することで
成功したのを意識せざるを得なかったのか、ドラマ版でもラストで強引に
「怪談」的な顛末を用意する脚色が余計でした。
松竹映画版では成功していた「怪談」脚色が、ドラマではまったく
上手くいっていなかったのですね。

その一方でキャスト、特に鰐淵晴子の存在感は圧巻だったように思います。
原作で描かれた美也子のキャラクターは、むしろ松尾嘉代の役だったでしょう。
また、松竹映画版での小川真由美も素晴らしい演技だったと思います。

しかしドラマのでの鰐淵晴子が演じる森美也子は、原作とはだいぶ違う印象。
森美也子というキャラクターはかなり打算的なところがあり、松尾嘉代が
演じたらどれだけハマっていたかと思わせる現実的な女性でした。

それがドラマ版ではむしろ奇妙な運命に操られるように破滅へと
進んでゆくという、松竹映画版を加味したキャラクターになっています。
そして最後は死してなお、主人公を糸でたぐり寄せるように破滅へと誘う…。
原作以上に得体の知れない人物像に改変された美也子には、鰐淵晴子
という女優の配役は出色だったと思います。

鰐淵の奇妙なまでの生活感のなさ、不気味さと紙一重の妖艶・華麗さが
ドラマ版での霧に包まれたような美也子像に合っていたと思います。


そして恐らくこの『八つ墓村』がきっかけとなって、怪奇・ミステリー系の
映画・ドラマにおいて重要な役柄を配役される機会が増えるのでした。



『八つ墓村』のあと、鰐淵晴子はテレビ朝日『土曜ワイド劇場』において
高木彬光の怪奇ミステリをドラマ化した『大東京四谷怪談』(1978年)に主演。

鰐淵晴子の演じる女性記者が、『四谷怪談』の名場面に見立てられた
猟奇的な連続殺人の謎を追ううちに明らかになる過去の惨劇。
血みどろの連続殺人の影には、本物の幽霊が…という怪奇色の強い
昭和の『土曜ワイド劇場』ならではのエログロ怪奇スリラーでした。

鰐淵の役柄は悪女ではなく幽霊でもないのですが、彼女の浮世離れした
妖しい美貌と存在感が、怪談とミステリの中間にあるというこのドラマの
幽玄妖美な雰囲気にピッタリと合っていたと評判です。


そして翌年の1979年。東映映画『悪魔が来りて笛を吹く』(1979年)において
鰐淵晴子は最大の当たり役といえる、椿アキ子夫人として配役されるのでした。

椿アキ子夫人。横溝正史が描いたヒロインの中でも最も妖しい美しさと
得体の知れない不気味さとをもつ妖艶な「魔性の女」を多くの女優が
演じました。しかし、鰐淵晴子ほど理想的にアキ子夫人を演じた女優は
いなかったと断言できます。

それ程までに鰐淵のアキ子夫人は完璧でした。まさしく原作から
そのまま抜け出てきたような…。役者にとって「役柄を得る」とは
まさにこういうことなのでしょう。

陽炎のように匂い立つ淫靡な色香と、どこか壊れた人形を思わせる儚さ。
そしてその退廃的な美貌の下に秘められた底知れない闇。
鰐淵が演じた『陰獣』の小山田静子もこんな感じだったのだろうかと
想像をかきたてられるほどに素晴らしい役へのなり切りぶりでした。

鰐淵晴子がこれ程までに完璧なアキ子夫人を演じたにも関わらず
非力な監督・脚本家はそれに応えることができませんでした。
せめて監督が市川崑であったなら、あるいは『横溝正史シリーズ』で
鰐淵が草笛光子の代わりにアキ子夫人を演じていたなら…。
悔やんでも悔やみきれないですが、鰐淵のアキ子夫人は永遠です。


そしてその年、『土曜ワイド劇場』『横溝正史シリーズ』に対抗して
フジテレビ系で製作されていた『日曜恐怖シリーズ』に出演します。

鰐淵晴子が出演したのは小松左京原作の『危険な誘拐』(1979年)。
シリーズ中でも特に根強い人気を誇る異色の怪奇スリラーです。

一見何の変哲もない平凡な夫婦の京子(鰐淵晴子)と邦夫(立川光貴)、
夫婦の息子・良夫(大谷輝彦)には秘密があった。
彼らは、決められた時間に薬を服用しなければならない体質だった。

夫妻は一人息子の良夫に必ず薬を服用するようにと言い含めてから
学校へ送り出した。ところがその日、良夫を誘拐したと男から連絡が入る。

息子を誘拐された夫妻と誘拐犯の間に、緊迫感に満ちた応酬が続く。
息子に薬をしきりと飲ませて欲しいとせがむ夫妻に対して、誘拐犯は
要求を無視してとにかく金を欲しがる。

薬を飲まされないまま放置され、苦しむ良夫。薬を服用する期限の時間が近づく。
そして……緊迫感にみちた誘拐劇には戦慄の結末が待っていた。

途中までは少年誘拐を扱ったサスペンスドラマ仕立てになっているが
クライマックスのどんでん返しでSFホラーに変わってしまうという怪作。
息子を誘拐された夫婦と誘拐犯との攻防をサスペンスフルに描きながら
結末の悪夢のようなどんでん返しでは、スプラッター色を押し出して驚かせます。

そして何といっても、息子を誘拐される母親を演じる鰐淵晴子の存在感。
彼女の浮世離れした存在感が、ラストのどんでん返しを納得させてくれる
ひとつの伏線のような役割を果たしているのが良いですね。
おそらくこの母親が鰐淵以外の女優であれば、この奇抜なラストを
すんなりと受け入れることは難しかったのではないでしょうか。

乱歩・横溝的な世界観に合った妖艶な美貌が、モダン・ホラーと
言ってもいい怪奇ドラマにおいて非常に効果を発揮していました。



やがて80年代になると『非情のライセンス』2度目のゲスト出演
「兇悪の予言・霊感を売る女」(1980年)では怪しげな女霊媒師を
演じるなど、怪奇女優としての評価を高めていきます。

1983年には『土曜ワイド劇場』の名物『江戸川乱歩の美女シリーズ』において
『猟奇の果』をドラマ化した『天使と悪魔の美女』(1983年)に出演。
この作品で鰐淵はマッドサイエンティスト的な偏執的性格をもつ女医を怪演し、
「悪女女優」としての名声を決定づけることになるのでした。

天知茂を相手に演じるサディスティックな悪女演技、高田美和や美保純を
相手に繰り広げる淫靡で退廃的な同性愛シーン…。鰐淵晴子の女優としての
魅力が存分に発揮されたドラマであると言えるでしょう。


その後はテレ朝『月曜ワイド劇場』において酒井和歌子と共演した
『私はみだらな女 華道家元スキャンダル事件!』(1984年)で
悪女的な役柄を演じたりしましたが、なぜか女優としての活躍は
少なくなっていってしまうのでした。そして1985年から88年の4年間は
事実上の女優休業という状態になってしまいました。

この時期に松尾嘉代が狂ったように大量のサスペンス・ドラマで
悪女を演じたり殺され役を演じたりしているのに比べると
鰐淵晴子の80年代の控えめな活動が惜しまれてなりません。


4年間の女優休止を経て1989年に女優復帰。復帰後は
フジテレビ系で篠ひろ子が女優探偵を演じたシリーズの
『女優夏木みどりシリーズ(3) あだし野伝説殺人事件』(1991年)
にゲスト出演しており、実質的なヒロインのようです。

90年代の活躍もかなり控えめな印象で残念なのですが、中でも特筆
すべきは1999年の、中森明菜主演によるサイコ・サスペンス・ドラマ
『ボーダー 犯罪心理捜査ファイル』でのゲスト出演でしょう。

鰐淵晴子は第2話「血を吸う白い肌」にゲスト出演して、偏執的な
殺人狂の役を演じました。これがいかにも鰐淵晴子でなければ
演じられないような、怪奇とデカダンスを漂わせた役柄なのです。

若さを保つために若い女を次々に惨殺して、鮮血を飲み続ける
病的な吸血サイコ・キラーという役柄を、鰐淵は主演の中森を
食ってしまうほどの怪演で演じていました。恐らく鰐淵でなければ
これほどの説得力をもって演じられることはなかったであろうという
点で、『日曜恐怖シリーズ』の『危険な誘拐』と双璧です。


そして同じ年には、TBSの2時間ドラマにおいて森村誠一の恐怖小説を
ドラマ化した「月曜ドラマスペシャル」枠の夏の恐怖ドラマ特番
『真夏の恐怖劇場2 ファミリー』(1999年)において、狂気を秘めた
老婦人の役で出演。怪奇女優としての実力を示しました。

新妻の弓子(とよた真帆)は夫の裕也(石黒賢)の家に嫁ぐが
姑の繁子(鰐淵晴子)の異常な行動に不安を抱き始める。
しかしその異常性は、裕也も含めた夫の家族全員が抱えていた
ものだったことに弓子は気づいてゆく。

裕也の一家は、元々住んでいたそこの住人を殺してその屋敷を乗っ取り
殺された家族に成りすましてそこに住んでいた狂人たちだったのだ…。

ハッキリ言って恐怖ドラマとしては脚本・演出ともに凡庸で
褒められた出来栄えではありません。このドラマをなんとか
見られる水準にしているのは、少しづつ異常性を明らかにしてゆく
姑を演じた鰐淵晴子の演技にすべてが依存していると言えるでしょう。

それ程までにこの作品における鰐淵晴子の存在感と演技は圧倒的であり
鰐淵が、原泉や岸田今日子の系列に連なる「怪奇女優」としての
類まれなる素質を持った女優であることを証明しています。


しかしそれ以降は、以前にもまして鰐淵晴子を印象的に使いこなせる
映画・ドラマの企画は激減してしまうのでした。コンスタントに
出演作はあるのですが、どの作品も鰐淵の類まれなる怪奇女優・
悪女女優としての素質を充分に活かしているとは言い難い作品ばかり。

独特の雰囲気が買われてEXILEのプロモーションビデオに出演するなど
老いてなお女優としては魅力を発揮しているだけに、鰐淵を効果的に
使いこなせなくなっている現代日本の映像産業の衰退が残念です。

TBSの番組『爆報フライデー』での情報によると、鰐淵は現在
母親の故郷であるオーストリアに移住してセミリタイア生活を
送っているとのこと。

女優引退というわけではなく、去年もWOWOWで製作されたテレビシリーズ
『ネオ・ウルトラQ』(2013年)にゲスト出演しているのですが、あれだけの
大女優にしては出演作が少ない現状はやはり寂しいですね。

恐らくご本人は事実上の引退というお気持ちで、声がかかった時だけ
出演に応じるという気ままなご気分で暮らしているのでしょう。

鰐淵晴子の存在感をうまく使いこなせる映像作家がテレビドラマ畑から
新たに出てきてくれないかと願っているのですが。