前回は、生物学的な生物の定義を挙げた。


 ◯自己増殖する

 ◯代謝機能を持つ


最初に、この定義が持つ意義を詳細に検討してみよう。


まずは一つ目。

「自己増殖する」というのは、端的に言うと親が子を産むことで増えるということである。

ここで通常は、「親をコピーした子供」という、遺伝の話が強調されるのだが、この定義に含意されているのはそれだけではない。


自己増殖するということは、ある個体から別の個体が分離するということである。そこには、生物が持つ「互いに区別される個体性」という性質と、そのような個体がたくさん存在するという集団性が暗示されている。

つまり、生物というのは、地球のような唯一の一者ではなく、沢山の個体が途切れることなく命のバトンを受け渡すことで維持される集団であるということだ。

ここには、「途切れる事なく維持され続ける集団」という、時間的広がりを持った構造も暗示されている。


そしてさらに、自己増殖するという定義には、生物は常に生物から生まれるというニュアンスが含まれる。

全ての生物は定義上、自己増殖する存在なのだ。ならば、あらゆる個体は他の個体の自己増殖によって生み出されたものでなければならないし、それ以外はない。自己増殖に与らない個体は定義上、生物ではないということになる。(ここでは生物の起源論争は棚上げしておく。)

つまり、全ての生物は、何もない所から突然発生するものではなく、親と子、先祖と子孫の繋がりにおいて発生するし、それ以外はない。

全ての個体は親からしか生じない。これを敷衍すると、全ての生物個体は、その由来を遡っていけば、過去のある時点において血縁関係で繋がるはずである。

もし、この血縁関係から外れた、孤立系統の個体なり集団があったなら、それはどこから来たのかという話になってしまう。(地球外生物の話は別に議論する。)

つまりここには、生物における進化的系統関係の存在も暗示されている。


このように、「自己増殖する」という簡素な定義には、個体群生態学や集団遺伝学、進化生物学など、マクロ生物学のエッセンスが凝縮されているのだ。