前節では、カルトな彼が生み出した、豊穣な概念世界の一部を紹介した。
「霊的」という接頭辞のついた、新しい説明概念の数々によって、霊的実体の性質が説明し尽くされ、もはや向かうところ敵なしといったところか。
しかし、もちろんこれだけで終わるわけがない。
続いて彼は、自分をとりまく現実世界の再構成に取り組み始める。

人間は身体だけの存在ではない。人間は単なる物体ではなく、心を持っている。
この心こそが霊魂である。
霊的実体の性質を知る彼は、優れた心理学者でもあるのだ。
精神病というのは、つまり霊魂の病気である。統合失調症は、身体の不調ではなく、悪霊に取り憑かれているのだ。
だから、薬で治るはずがないし、現に投薬療法で治らない人が沢山おられる。

生命とは霊的エネルギーだ。
エネルギーだから波動である。
霊魂が見える霊能者には、人に宿る霊的エネルギーがオーラとして見えるのだ。

原因の分からない音が鳴るのはラップ音だ。
死者の霊魂は、霊的エネルギーで物体に干渉し、音を立てたり物を動かしたりできる。

ああ、完璧だ。(笑)
古今東西語られてきた、様々な霊的現象とその知識は正しかったのだ。
これこそ隠された秘密の知識。古代から賢者たちが求めてきた、この世界を影で操る形而上の真理なのだ。

人生が上手くいくかどうかは、物理的現実だけ見ていては偶然としか言えないが、霊的現実として捉えなおせば、そこに様々な霊的干渉を見出すことができる。
霊格が高い者は、高級霊の力で幸せになれる。
逆に、どんなに苦労しても幸せになれない者は、恐らく前世で悪事を働き、霊格が低いのだろう。これがカルマの法則だ。
不幸な人間は、カルマの法則により前世の悪事を現世で償っているのだ。
交通事故で死ぬ者は、前世で誰かを轢き殺したに違いない。

側から聞いていると、段々腹が立ってくるような失礼な話ばかりだが、彼はそんなことにはお構いなしだ。
なぜなら、彼は霊的真理に目覚めた賢者だからだ。
彼は単に霊的事実を語っているに過ぎない。それを失礼だと感じるのは、霊格が低い人間にありがちな逆ギレというものだろう。

こうして、霊的知識によって再構成された新たな現実を生き始めた彼は、古い現実に生きる霊格の低い人々との軋轢に直面する。
彼は地動説を唱えるガリレオ・ガリレイの生まれ変わりなのだ。
真理に目覚めた賢者は、頭の硬い古い人間から、不当な弾圧を受ける。
きっと彼は、前世や前々世や、そのもっと前から、輪廻の都度、こういうことを何度も繰り返してきたのだろう。これが彼の使命であり、自ら引き受けたカルマなのだ。
そしてこの使命ゆえに、彼は高い霊格を持ち、真理に目覚めることができたのだ。

このようにして、身近な現実に敷衍された霊的知識は、彼の生き方そのものを規定し始める。
正しい人生とは、世界のあるべき姿によって導かれるものだろう。
このようにして、宇宙論的段階は人生論的段階へと自然に移行していく。