さて、正月休みも終わったので、もう少し具体的な議論に入ってみよう。

宇宙と人を繋げるためには、まずスケール感の差異を理解した上で議論を組み立てる必要がある。


エントロピーという概念がある。

子供の頃の理科の授業では、これは「無秩序さ」のコトだと教わった。

この宇宙のあらゆる物事は、秩序立った状態から、無秩序な状態へと向かうとされる。

例えば、紅白のボールを交互に綺麗に並べた箱をシャカシャカすると、ボールの配列はバラバラになる。

綺麗に掃除して整理整頓した部屋も、放置しておくと、掃除片付けが必要になる。

こういう「秩序」というのは、単に人間が主観的に「秩序立っている」と感じているだけの話ではないかという気もするのだが (笑) 、細かい話は置いておこう。

この宇宙は、「無秩序さ」=エントロピーが自然に増大していくようにできている。

これをエントロピー増大の法則と言う。


エントロピー増大の法則から導出される、この宇宙の最終形態は「熱的死」である。

あらゆる物体はバラバラになって宇宙全体にランダムに散らばり、太陽のような活動的天体はもはやない。

冷え切った宇宙に、様々な素粒子がただバラバラに散らばった状態で、もはや何も生まれない。

これが宇宙の終わりの姿だという、一つの仮説である。


さて、最後がどうなるのかはともかく、今の現実としては、この宇宙には様々な秩序構造がある。

我々が住む天の川銀河は、膨大な星が渦巻状に集まっている。そんな銀河がこの宇宙には2兆個ほどあるのではと推測されている。

銀河を構成する星々も、物質がキュッと集まった構造物だ。惑星が回る恒星系とか、さらに複雑な構造だ。

そして、これらの星々は、単なる物体の塊ではない。

恒星は、核融合反応によって膨大な熱と共に、より大きな原子を生み出し続けている。

惑星では、様々な化学物質分子が生成し、雨が降ったり風が吹いたり海ができたりする。そんな中で生命も生まれたりしている。

これの一体どこが、無秩序な状態を目指していると言えるのだろう?

銀河やこれを構成する星々は、重力によって構造化されている。

様々な原子は電磁気力によって分子構造を作る。

物体が持つ質量や電荷などの性質が、互いの相互作用を生み出し、これによって宇宙は構造化されてきた。

では、エントロピー増大の法則とは何なのか?


子供の頃にエントロピーの話を習って、そこから先に進めなかった人たちの中には、「この世界の秩序構造はあり得ない奇跡であり、意思を持った神の設計うんちゃら」などとおっしゃる方もおられる。

しかしそれは単なる思考停止であろう。秩序構造の起源が分からないので、「神様」という、さらに分からないモノに託して解決したと見做しておられるだけだ。何の説明にもなっていない。

エントロピーを始めとする熱力学の世界はもっと深い。


散逸構造論というのがある。

外部との物質やエネルギーの出入りがある局所的な開放系では、自然に構造が生まれ、局所的にエントロピーが維持、もしくは減少する場合があるという理論である。

無秩序な状態から秩序立った構造が自然に生まれる原理を記述する理論だ。

つまり、全体としてはエントロピーが増大している中でも、局所的にエントロピーの低い状態が生み出され得ることを解明した理論である。

これに従って、もう一度この宇宙の状態を考えてみよう。


この宇宙の直径は、930億光年ほどあり、そこに2兆個ほどの銀河があるのではと推定されている。

銀河の大きさは様々だが、直径10万光年の天の川銀河を、仮に大きさ1mmの砂粒と考えてみる。

するとこの宇宙は、約1km四方の範囲に、10m四方の家に詰まった土砂をぶちまけたような状態である。

これを「結構な量だ」と思うだろうか。

しかし、家一軒分の土砂を1km四方に薄く広げたら、大した量ではない。

さらに言うなら、この1km四方というのは、正確に言うなら高さも1kmある直径1kmの球体である。高さ1kmというのは、ちょっとした山の標高くらいはある。そんな空間に薄くばら撒いた土砂なんて、ほとんど目に入らないだろう。

それにも関わらず、我々が様々な銀河を観測できるのは、これらの「砂粒」が、そこに含まれる恒星によって光っているからだ。

直径1kmの巨大な球体の中を、砂粒銀河が微小なホタルのように光りながら漂い、時折目の前を通過する。

この砂粒以外の領域は、ほとんど何も無い真空である。

未知の暗黒物質がどうちゃら言われるコトもあるが、その暗黒物質は別に霧のように宇宙全体を満たしている訳でもない。

暗黒物質の密度は、目の前では真空と見分けが付かない程度の極低密度である。


つまり、宇宙の中の銀河構造と言っても、それは全体の中では、極々小さな領域で、局所的に生まれた微小構造にすぎない。

それは物理学的必然性を持って生まれた構造であって、エントロピー増大の法則を無視している訳でもない。

この構造を「あり得ない神の奇跡」などと過大評価してしまうのは、このスケール感を理解していないが故の、「宇宙戦艦ヤマト」的勘違いであろう。


砂粒銀河の中の、さらに微小な星に住むどこかの知的生命体さんが宇宙全体の支配を企むとか。

たくさんの知的生命体の意識の集合体が宇宙意識となって宇宙全体を包むとか。

宇宙の全ての現在過去未来をくまなく記録したアカシックレコードにアクセスしてどうちゃらとか。

このスケール感を理解すれば、あまりにも無茶な設定であることが感覚的に理解されるだろう。

少なくとも、我々の天の川銀河は、1kmの巨大球体の中の砂粒1つに過ぎないのだ。