O そうやって考えると、壹岐さんも近畿商事の中でいろいろと異動しているね。まず初めは繊維部に配属されて、繊維のことを勉強しようとするんだけど、結局やめちゃう。
T 最初のころの壹岐は使えない社員として描かれているね。勝手もわからないし。
O 11年間もシベリアの地で肉体労働をしてて、それを急に文明社会に戻ってきたわけだから無理もないけどね。
T でも最初に繊維部に配属になったことは後々の伏線として大きくて、ちょうどこの時期って産業の中心が軽工業から重工業に移っていく過渡期だったと思うんだよね。大門社長の考えとしては、まず初めに当時の本流で自社の一番の強みでもあった繊維業を壹岐に見せようとしたと思うんだけど、壹岐は役員になってからは繊維業を切り捨てて重工業化への転換をどんどん進めていくことになる。
O 後半になってくるとそのあたりから大門社長との対立も生まれてくるんだね。社長は綿花相場に、壹岐は石油開発にがんがん金を使っていくと。
T 昔からの役員にしてみると、繊維業でここまで伸びてきたって思い入れがあるけど、壹岐のように新しく入ってきた人には社会全体はもうそういう流れじゃないという認識があるからね。
O そして次に繊維部から異動して戦闘機関係の業務に携わるようになる。
T 防衛庁の担当に変わってからは一気に力を発揮していくね。まあ、ある種自分の得意分野ではあるんだろうけど。
O その次の中東戦争のころは、業務本部っていう特別組織が設けられて、そこの本部長になるんだね。業務本部は会社の中に大本営を設けるようなものだと言われていたっけ?
T 要は参謀本部だね。繊維部だったり航空機部だったりそれぞれの担当セクションは縦割りで分かれているんだけど、そこを全体を見渡して総合的に判断する役割を担う組織になっている。ああいう組織力も見ていて面白いな。
O で、次の自動車商戦のころは何の役職に就くんだっけ?
T アメリカ近畿商事の社長になるんだよ。
O ああ、そうだった。アメリカに単身で住んでて、お手伝いさんに不倫がばれちゃったりするんだよね。で、不倫を見つけた後のお手伝いさんの態度が急によそよそしくなったりする(笑)。
T あの秋津中将の娘の秋津千里との関係も微妙だったよね。最後にも結ばれなかったし。
O でも壹岐さんはすっかりはまってたね。あの真面目な壹岐さんが代官山にマンションを借りて、「このマンションは君とゆっくりするために借りたんだよ」なんて言い出したりする(笑)。
T だけど結局は愛人の域を出なかったってことだね。だから秋津千里も業を煮やして別れてしまったと。
O やっぱりできる男はモテるんだなぁ。島耕作もそうみたいだけど(笑)。
T むしろあれぐらいの人だったら愛人の一人や二人いても当たり前って感じなのかな。愛人がいることが勲章みたいな。わからないけど。
O 山崎豊子の作品って、愛人とかそういう存在の人がよく出てくるよね。『運命の人』ではもうそれ自体が物語の主要テーマになっていたし。
T 『華麗なる一族』にも愛人が出てきたね。
O 『華麗なる一族』のは妻妾同衾だとか、関係性が若干グロテスクでもあったね。それに愛人が強い権力を握っていた。『白い巨塔』は愛人というわけではないけど、黒木瞳が演じてたバーのママの存在があったね。
T 山崎豊子には、言いたいことを物語の主要人物ではなく周りの女性に代弁させるという特徴があるのかもしれないね。ある種のカタルシスなのかもしれないけど。
O じゃあ、ああいう人たちが語っていることが、山崎豊子が言いたいことと考えることができるのかな。
T 必ずしもそういうわけでもないだろうけどね。
O 『白い巨塔』の黒木瞳のセリフの中で一つ印象に残っているものがあって、「誰からも好かれる人間はこの世にいない。だって誰からも好かれる人間を嫌う人間が必ずいるでしょ。」というのがあるんだけど、これがたしかに言い当てていて深いと思った。できる人は妬ましいですからね(笑)。
T まあ、そりゃそうかもしれないけど。
To Be Continued...