リビングに足を踏み入れた瞬間、空気がピリッと張りつめた。
ソファの上では、妻の詰子がスマホを片手に、何かと闘っている最中だった。

「めんどくさいな〜。字が見えんがや〜」

小さく唸りながら、役所から届いた案内状を睨みつけている。
どうやらマイナンバーの更新手続きらしい。
その表情は、まるで見えない敵と一騎打ちしている武将のようだ。

近寄るな、声をかけるな。
そんなオーラが、部屋の温度を数度下げていた。

しかし、どうしても渡さなければならない書類がある。
このまま引き返すわけにもいかない。
僕は深呼吸をひとつして、覚悟を決めた。

「詰子ちゃん、これ」

そっと差し出すと、詰子は視線をスマホから外さないまま、無言で受け取った。

「詰子ちゃん、闘ってる途中?」
「闘ってる途中」
「ハハハハ」

返事は短いが、会話が成立しただけで奇跡だ。

しばらくして、詰子がスマホを置いた。
肩が少し落ちている。
どうやら終わったらしい。

「これでいいのかな?」
「詰子ちゃん、できた?」
「たぶん」
「よかったね」
「これ、年寄りできるんか? めんどくさいな〜」
「ハハハハ、そんなに怒らないで〜」

詰子の眉間には、まだ戦いの余韻が残っていた。
 

あとがき

こういうときは、触れてはいけません。
あえて地雷を踏みに行く必要はありませんからね。

なんでもスマホひとつでできて便利なのですが、その機能や仕様に戸惑うことが多いです。
アプリの機能、ボタンの位置、 ログイン方法など、覚えてもすぐに変更されてしまいます。
企業の都合で改悪される場合が多いですね。
その変化についていくほど暇ではない。
若者はそれが当たり前で、億劫に感じないのですかね。

さて、今回はマイナンバーですが、役所関係も適当というか、中途半端というか、そんな気がします。
まぁ、いろいろやって苦情を言われるくらいなら、最初からやらないほうがマシということもあるのでしょう。
民間ならそんなことを言ってられないんですけどね。
そうことも理解できないのだと思います。
もちろん、政治家もダメ。

詰子の怒り→オツトの愚痴→役人と政治家のダメさ加減…。
ん~、いい感じで纏まりましたね。