OTSURUちゃんの四方山話   -13ページ目

OTSURUちゃんの四方山話  

「洞不全症候群」でペースメーカを入れるために入院したら
「ブルガダ症候群」であることが判明し
2013年にICD(埋め込み型除細動器)を入れました
ICDのペーシング機能と除細動機能に守られて
「普通」の生活を送っています 
     

午後2時

告別式が始まる

 

父の遺影の向かって右には

父が愛した

お酒

父が生涯打ち込んだ

書道の筆を供えておいた

 

若さまは

堂々とされてて

ご住職よりも

美しく澄んだ声での読経

 

昨日からご住職の

我が家とお寺さんのつながりを聞いていて

 

今日は若さまの読経で

 

お寺さんを大事にしていた父としては

後を継がれる方に

告別式の読経をしていただいて

さぞうれしかったことと思う

 

菩提寺さんは

安泰ですね お父さん

 

こんな立派な後継ぎがおられる

 

 

 

焼香も終わり

喪主のあいさつ

 

昨日から

夫は何度こうして

皆さんの前で挨拶をしたことか

 

夫はもともとサラリーマンで

研修をしたり

会議の司会をしたりしていたので

人の前で挨拶することは

さほど苦では無い

 

苦ではないが

原稿は用意していたようだけど

大変だったろう

 

父の好きだったお酒と

父の生きがいだった書道の筆を

お供えしたことを

皆さんに聞いていただき

 

晩年父がやっていた仕事を

今、夫が受け継いでいること

 

それを受け継ぐといった時

その時が

生涯で一番父が喜んでくれたことを

皆さんの前で紹介した

 

夫はこで「うっ」と言葉を詰まらせた

 

わざとか感極まったかは定かでないが・・

 

上妹はあそこが一番良かった

泣きそうになったわ

と言ってくれた

 

 

夫はあいさつすると

何時もOTSURUに

「どうやった?」

って聞く

 

聞かれれば

「立派やったよ」

っていうしかないでしょ

 

ほんとにそういうときもあるけど

ちょっとどうよってときもあるが

否定すると機嫌が悪い

褒めておかないとね

こういう時は

 

でも

ほんとにアカン時は

ちゃんというよ

 

 

いよいよ出棺の運びとなる

 

皆さんがお供えしてくださった生花を

会場のスタッフの方たちがこぞって

惜しげもなく 

むしり取るような感じで

(急いでいらっしゃる)

御棺に入れる花を

用意してくださっているのだ

 

長い生花の茎を

御棺に入れるサイズに

引きちぎるのである

ハサミも使わず手で

 

そのむしり取るやり方は

それはそれは

合理的で

手慣れた手つきで

芸術的でもあった

 

 

生花はたくさんあったので

御棺の中は

本当に花でいっぱいになった

 

父の遺影の横に置いてあった

御供の日本酒は

紙パックは父の足元に

 

瓶入りの物は

ふたを開けて

最後に樒の葉で

みんなで少しずつ

父の口を湿らせてやった

 

「お父さん お酒ですよ

飲みたかったねえ」

 

思い残すことなく

最後のお別れをして

 

溢れんばかりのお花の中で眠る

父の御棺を閉めた

 

棺の上には

父の娘二人(上妹と末妹)が

美しく整えられた花盛を

今までの感謝を込めて供えた

 

 

 

娘たちが乗せた花に

みんなで寄せ書きしたタペストリー

その棺を孫と婿たちが担ぎ

出棺の運びとなった

 

出棺    

午後3時

 

夫が位牌を持ち

霊柩車に乗り込む

 

斎場に行くものは

マイクロバスに乗車

 

遺影を持った上妹は

マイクロバスに最後に乗り込む

 

斎場に向かう

たった15分の間に

空は急に曇り

土砂降りになった

 

斎場到着 午後3時15分

予定通り

 

 

斎場到着時も

雨はかなり降っていた

 

斎場はバス乗降時に

濡れないようになっていたので助かった

 

誰も傘など持っていなかったから

 

斎場では

また読経があり

焼香があり

 

父の棺は

火葬炉のなかへ

 

この時

火をつけるお役目を

事前に決めておく必要があり

葬儀社の方が夫に

「スイッチ押されますか?」

と聞かれたとき

「遠慮します」と答えた

 

押せばいいのに

一度きりやで

こんな機会

とOTSURUは思った

 

今回は

係りの方が

チョイっとさりげなく押して

おしまい

 

さて焼きあがるまでの

一時間半の間

 

精進落としのお食事を

皆さんで召し上がっていただく

 

一つ一つ進んでいき

無事に終わっていく

 

 

告別式の日と相成りました

開式午後2時

 

親族は記念写真撮影のため

午後1時までに集合

撮影午後1時20分

 

 

夫はのっぴきならない

のっぴきならない・・とは

  1. どうにもならない
  2. 進退きわまる
  3. 引き下がれない
  4. 避けることができない

用事があり

朝8時に家を出た

 

ただでさえ大変なのに・・・

でも仕方ない

どうしてものっぴきならないんだから

 

ありがたいことに方向は

葬儀場の近く

終わって直接葬儀場に行けば

20分とかからない

 

葉月ちゃんのいない家は

とっても静かで

とってもさみしい・・

(ゆうてる場合か!)

 

 

 

 

午前10時ごろ

一昨年

「おばちゃん手術を控えてるし

葬儀は

家で拝んどいてね」と頼んだ

スーパーおばちゃん

 

このおばちゃん

96歳

9月24日に

ペースメーカーの

入れ替え手術を

することになっているのだ

 

どうや!

スーパーやろ!!!

 

昨日は上妹に

「通夜に行かれへんで

かんにんやで」って電話があったらしい

 

今日は・・・

 

イエ電に電話してみた

 

居ない

電話に出ない

 

はは~~ん

出掛けたな!?

 

やっぱりなあ

我慢できへんかったか

 

絶対こっちに向かってるわ

 

午前11時

携帯に電話してみた

 

出た

 

「今なあ駅についたとこや

タクシーで葬儀社に行くでな」

 

やっぱり・・・

 

「迎えに行けなくてごめんね

気を付けてね」

 

まあ想定の範囲内

 

出席者の名簿に

追加やわ

おばちゃん初七日まで

居てるんかな・・・

まあ何とかなる

 

 

 

午後0時前

OTSURUと小TSURU・TSURU太郎

葬儀社到着

 

夫は

のっぴき・・の用事もスムーズに終わり

すでに着いていた

 

本当にお疲れ様


心配していた

スーパーおばちゃん

 

一番乗りで

会場の椅子に

座っていた

おばちゃん小さいから

見逃すことこやった

 

会場横の控室で

休んでもらくように言ったが

そこに動くのも辛そうだったから

「ここでええわ」の言葉に

無理にとは言わなかった

 

なのに

「車いす用意するから」って言ったら

 

そんなかっこ悪いもんイランと言われた

 

はあ~~

でもなあ

おばちゃんなかなか歩かれへんやろ

おばちゃんを待ってたら

みんなが進んでいかれへんのよ

 

でもまあしゃあないなあ

イランいわれたら 

しゃあないわ

 

ボチボチ喫茶室に

みんな

集まり出した

 

 

上妹は

今日も母を連れてきてくれる

 

母は

出来るだけ遅い方が良いだろう

 

早々にFさんと合流し

こまごまと

打ち合わせ

確認事項

 

最終の

精進上げ料理の

人数報告をする

 

午後1時になった

親族集合

 

集合写真24名

あ、お父さん入れて25名

 

今日もおいめいちゃんたち

受付よろしくね

 

受付には何人か

記帳している人がいた

 

お寺さんが来られるのを

待つことになったが

 

告別式は

通夜のご住職ではなく

ご住職の息子さんが来られた

 

お年を聞いたら26歳だと・・

赤ちゃんの頃を

知っておりますよ

ご立派になられて

 

でも

ご住職は確か

70過ぎていたかと・・・

 

息子26歳

ん??

孫??

 

知らん・・

 

わからん・・・

 

そんなこと聞かれへんわ

 

お寺さんのお坊さんのこと

先ずなんと

お呼びすればよいのか・・・

 

お坊さん<直球過ぎ?>

ボンさん<砕けすぎ>

お寺さん<これいう人いるけど>

ごじっさま<聞いたことがある>

おっさま<うちの実家はこう呼ぶ>

・・・・

 

OTSURUは

「ご住職」と呼ぶことにした

通夜の時は

ずっと

ご住職と呼んだ

 

ところが

お若い方がお出ましされると・・

 

「わかさま」かなあ

 

お殿様じゃあるまいしって感じだけど

ほかに呼びようがない

 

こんなことを

この大変なさなかに

悩んでいたのである

 

こんなことで悩んでいたら

そりゃあ

悩むこといっぱいあるわなあ

 

ご挨拶を終えて

さあ

いよいよ告別式の始まり

午後2時

通夜会場が出来上がりました

お花もいっぱい

籠盛もたくさん
 

 

中央は

孫が写した

お父さんの遺影

 

そして先ほど終わったばかりの

納棺のあと

棺が中央に置かれた

 

お父さん 

立派なお葬式ですね

あなたの息子が

お父さんのために

一から十まで

決められたんですよ

 

 

 

 

 

 

通夜の参列者は

結局33名だった

 

2019年9月21日午後6時 

 

ご住職が入ってこられ

 

読経


お焼香

読経

読経が終わり
ご住職が
父とのかかわり
我が家との関わりをお話しされた
 

我が家とご住職のお寺さんとは

「400年からの付き合いだ」

とその歴史をお話しされた

 

(聞いたことあるなあとも思ったが)

 

その昔

我が家はお寺をしており

村唯一のお寺であった

 

そんな時村にもう一つ

新しいお寺が出来

我が家はお寺を辞めて

ご本尊をご住職のお寺に

お預けした

 

それが400年前の出来事だったらしい

よって我が家は

今もうちの村にある

その時出来た

ご近所のお寺の檀家ではなく

少し離れた今のご住職の

お寺の檀家になってる

 

そんな離れがたい

ご縁の深い間柄なんだと・・・

 

こんなこと言われると

ご住職抜きで

今後葬式すること出来なくなるなあ

これって

釘さされたってやつか?と

夫の感想である


式自体は
ほんとにあっさりしたもの


式典の間中
母が
何か小声で
ぶつぶつ言っていたのが気になりましたが
きっと
お父さんとお話でもしていたのでしょう
(と思いたい)

最後に
お父さんの顔を
みんなで見て・・



式が終わって
午後7時
ご住職は
これでお帰りになる



通夜振る舞い
会場を変えて
既に準備が整っている


ちゃんと椅子にテーブルがあるが
オードブルが下座に並んでいて
自分で取りに行く
ちょっと落ち着かない感じはしたが
致し方ない

父の遺影を正面にもってきて
横には
コップになみなみと入れた
ビールと
お酒を

父との思い出を皆さんで・・・・・

OTSURUは
明日の精進落としと
初七日に来ていただけるのかどうかを
確認するために
ご挨拶共々
それぞれの方々と
お話をして回った

父は姉が二人の
三人姉弟

よって
夫のいとこたちは
ずいぶん年上である
もちろん奥様方も年上で
OTSURUよりも
年長の方ばかり

それゆえ
「何もわからなくて
失礼ばかりしております」
と話しかけても
「初めてのことやでねえ
仕方ないわ」
と皆さんお優しい

こうやって
親戚の方々と
交流をして
父の代から
夫の代に
代替わりしていくんだなあと
感じていた
 

えらいこっちゃ
と感じていた


さて 通夜振る舞いも
お開きとなる

OTSURU 大事なことを思い出した

御棺に添えてある布

あれ何っていうんやろなあ

御棺はそれ自体が
布で包まれているので
御棺の上に刺しゅうを施した
タペストリーのような布が
御棺の中央に横向きに掛けてある

それに皆さんで
寄せ書きをしていただくって予定でした

マジックで寄せ書きを
皆さんにお願いしないと
今が一番いい時かも・・・



夫とFさんに告げたら
「ああ!!そうやった!」ということで
もう一度通夜の会場に皆さんに来ていただいて
タペストリーに
寄せ書きをしていただいた

OTSURUからお父さんへのメッセージは

*36年間ありがとうございました
 お父さんの「OTSURU」と呼んでくださる声
 もう聴けないと思うと 寂しいです
 これからの我が家をどうか見守っていてください

父はOTSURUのことを
はじめっから
呼び捨てで「OTSURU」と呼んでくださった
それも ほかの人とは少し違うイントネーションだったから
最初はちょっと違和感があったけど
お父さん独特のOTSURUの呼びかた

夫は
「人の嫁を呼び捨てにするなや」と
本気で気に入らなかったみたいだけど

病室のベッドで
最後に言われた
「おおOTSURUか」の時も
独特のイントネーションだった

優しい言葉ばかりではなかったけれど
今は その声が聴けないのがやはり寂しい

そんなことを考えながら
書き入れていった


通夜 滞りなく終了
さて
明日は葬儀


この夜は
全員
それぞれの自宅に戻る

線香の灯を消さないように・・
とかいうけど

お父さんはまた一人にして
ごめんね


帰宅後
上妹と連絡
通夜の参列名簿(記帳)の確認
明日の葬儀参列予定者と
火葬場に行く人数

火葬場から帰って
精進落としの人数

骨拾いに行く人

帰って初七日に参列する人数

大体の予定者を書面にして
明日のスケジュール予定表を
上妹と受付の甥姪、末妹に
持っていてもらわないと

それを作って就寝