このブログは、アラサー1平凡サラリーマンが日々思ったことを書いている日記です。

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広告業界は商品・値段にカタチがありません。それゆえの不明確な取引が広範囲で行われています。

私はそれをいいとも思わないし悪いとも思わないです。

結局需要と供給ですし、「カタチがないもの」に対する日本人の価値観という本質的なベースもあるのです。

いくつか例を挙げると、

1.広告主側の担当者はデザインや企画の良さで業者を選定せず、「お気に入り度」で選ぶ場合が多い。これによって、川上の会社では担当単位で違う業者を持っているあたかも縦割り行政のような仕組みが多い。ゆえにいいデザイナー・企画マンを持っていることより、長く癒着ができ、絶対服従体制を引ける体制を築けることこそが下請けが生き残る秘訣。
それゆえに新規参入がむずかしく、いくら良い技術があってもよほど前向きな広告担当者でもない限り受け入れられるのは難しい。

2.「作業」「デザイン」という見えない価値を一切認めず原価ベースで値段を下げろ下げろと優越的立場の乱用すれすれの交渉をする会社(担当者)も多い。

3.大手が中間搾取のみを行い実務は下請けに丸投げ。さらに下請けから孫受け、孫孫受けにと行くに従いどんどん取り分が少なくなっていく。しかも伝言ゲームになり連絡が不正確になり、情報伝達もやたらと時間がかかる。

4.口利き、癒着、コネ、随意契約が常識化されている。これは品物を受発注する商社などと違い、サービスの価値を比較出来ず、広告主が自分のベネフィットを主張すれば犯罪でも犯していない限り、業者選定は独断で選定できるからです。

ほかにもたくさんあると思いますが、今思い浮かぶのはこんなことです。ある程度働いてきた人は「そんなの常識だよ」と思うだろうし、管理職クラスの方は「それで成り立ってるんだ」というでしょう。

しかし、近年グローバル化・コンプライアンスの重要性・インターネットの進化は徐々にながらこの構図をゆがめてきてます。

1.で述べた主観的な選定基準は、特に大企業や外資で見直されており、ある会社では1年に1度業者選定委員会を開き価格・内容のコンペをさせ、外部にも監査を依頼してます。これにより私の知り合いの代理店は10数年の取引を打ち切られました。さらに監査により広告担当者が変えられるということもかなり最近頻繁にあります。これによりその担当者にぶら下がっていた業者も干されます。私が以前いた製作会社でも、大手取引先の外部監視が突然現れ、取引を根掘り葉掘り尋問されました。日産のカルロスゴーンの時と同じことです。

2.で述べたものは、不況と相成りさらに圧力が増してるようです。が、最近広告主事態が代理店を通さず直接制作に依頼したり、その先の印刷に直で行ったり、やはり中間搾取が淘汰されるのも時間の問題か、という気もします。それから最近は家電や車などの日系企業も「デザイン」というものの重要性がわかって来ているみたいに感じます。

3.については2.同様、中間搾取を邪魔がっている広告主が結構います。しかも正直中間搾取部門はデータに後付で理論を肉付けするのは得意ですが、実際の制作(工場で言う所の製造)部分に無知な人間が多いです。右から左へ仕事を投げるだけではもはやこの先黄色信号でしょう。

4.については前述のとおり大手では社内監査が厳しくなり、だんだん随意契約や言い値商売が目をつけられるようになっています。(特に経理のチェックが厳しいです)一方中小では監査してる余裕はないので相変わらずのゴマすり、接待、ネマワシの世界です(昔よりガクンと減りましたが)
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広告業。まー一言で言っても代理店から企画会社、制作会社などあり、さらにその中でもTV、SP、屋外広告、イベントなど様々です。今回は一言でそれらを広告業と呼ばせていただきます。

広告業は定価があまりありませんし、値段の開示もほとんどありません。もちろん一定の価格基準を持ってる所はあります。たとえば雑誌の1ページ編集したら単価○○円とか。しかし結局作業が必ず入るのでそれだけですまないことが多いです。たとえばキャッチコピーを考えたり画像修正したり。用はほとんど「言い値」状態なのです。賢い広告主の場合は相場を知っているので、値段交渉にもって行きいわゆる「神の見えざる手」が働くわけですが、広告会社の言うことを鵜呑みにしてバカ高い金を払うクライアントさんも結構います。

カタチがないのです。商品にも価格にも。

故に市場の常識というか取り決めが上手く働きません。いい例がTVのCMですね。
それから大きな自治体、国レベルの催し物になると、もはや素人には入札があるのかも分からないし、
選定基準、いつ選定したのかもわかりません。その不透明さは公共事業以上です。(もちろん大規模で何かできる会社がD.H.A以外は厳しいってのもありますけどね。)

そんなわけで日本の広告業界では広範囲で不明確な取引が行われているわけです。

それから企画・デザインというのも不透明です。なにしろこの業界は入札で落とすために必要なものは、いまだに根回しと政治力なので、正直最初から出来レースであっても、公には「いい企画だから選んだとかすばらしいデザインだ」と選定理由を公表されます。千都くんや千葉のロゴなど、民衆に不評なのに選定されたなんて話がいくつかありますが、誰が正しいのかなんて誰も判断出来ないのです。ゆえにたとえ不正な随意契約を結んでいても証拠がなければまかりとおります。

非常に特殊なこの業界、この先どうなってゆくのか。見ものです。
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以前勤めていた会社の一時所属していた部署。一応紙媒体の戦略を扱う部署で、チラシやら屋外広告やら展示会やらそういった総合プロデュースと企画がメインでした。

そこの部署では、企画中心に生きてきた人と印刷業出身のひととがいました。まー全体仲良かったんですが、仕事の根本的な考え方がちょっと違うのに驚きました。

まず印刷出身の方は、とにかくスケジュール調整が俊敏。紙媒体の制作は色々な工程が発生するため一つ手順が変わるとその後のプロセス全てに変更がかかる。だから、デッドラインに向けて、各製作現場のスケジュールをその都度調整しなければならないのです。屋外のイベントなんかでは天候にも左右されるので、迅速なスケジュール調整が重要なのです。それを身をもって体験しているので、制作のクオリティに対する妥協点が低い人が多いです。

一方、企画(もしくはクリエイティブ)出身の方は納期はもちろん守るが、本当に最後の崖っぷちまで粘ってでも、いいもの(悪く言うと自分の満足)を創ろうという職人根性に近いものを持っている方が多いです。そのため、顧客・本人ともに充実感と達成感に浸れることは多いですが、下請けの製造現場はたまったもんじゃありません。

もちろん、トラブルがあってもいいように余裕を持ち且つクオリティの高い制作が出来るのが理想であるのは当たり前です。でもそれが出来ないのが人間社会なのです。

企画側の人間は自己満足、思い入れ、あるいは品質へのこだわりから本当に納期ぎりぎりまで伸ばそうとします。一方印刷側はその案件に思い入れなどないので少しでも早く仕事を回したいと思っています。

大抵の場合、業種のヒエラルキーは制作会社>印刷会社なので、印刷会社は制作側にほぼ服従し、徹夜での作業を容認してしまいます。

しかし私の居た会社では、その相容れない2業種からの出身者がいて、それぞれ同じポジションについていました。やはりお互い、「少しでもいいものを創りたい」という気持ちと「少しでも余裕を持ったスケジュールで動きたい」という気持ちでぶつかることがありました。

しかしながら、ここで「情報の非対称性」が働いていました。

企画側の人間は製造側の知識が乏しく、製造側の社員が「このスケジュールでは無理」というとそれに従う事が多かったのです。もし2人が別々の会社であったなら、企画側がごり押しでスケジュールを合わせさせるのです。

この業界は人の流動性が高いのですが、ずっと企画側にいると製造側のことに疎くなるし、逆もまた叱りなので、お互いがいいバランスで会社にいるといいバランスで仕事が出来るのかも知れません。