群馬県内最古の石造狛犬がある近戸神社の
本殿裏側に南北朝時代に造立されたと思われる六地蔵石殿(国指定重要美術品財)・赤城塔(宝塔)と、石造層塔の残欠があります。現在は近戸神社の石造物となっています。
なぜ神社に仏塔があるのか? 日光東照宮の五重塔のように神社に仏塔が無くはないのですが、神仏習合の時代別当寺の関係も考えなくてはならないと思います。
死後苦界から人々を救う6地蔵が南面を正面に東・西面に2体ずつ浮き彫りにされて、北面に暦應五年壬午)二月十五日 幽阿弥陀仏と背面に彫られています。北朝元号で1341年造立の六地蔵石殿です。
こちらの宝塔には正面に南無阿弥陀仏と彫られています。
明治の神仏分離令が出るまで長い間神仏習合が続いたとはいえ、神社は神道は死穢を嫌いますのでこうした仏塔が境内にあるのは通常は考えにくいのです。
粕川村誌を読むと
近戸神社の北隣に社家善光寺(社家光善寺石仏群周辺)があり、近戸神社の別当寺でした。神仏分離令で社家光善寺が廃寺になった時、六地蔵石殿・宝塔があった場所が近戸神社の境内となったのだろうと推測します。






