仙石正俊(直政)の墓~お墓の疑問131~ | のめしこき日記

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 芳泉寺(上田市)には小松姫(真田信之正室)、仙石秀久(小諸藩主)に加え、仙石正俊(直政)の墓があります。

 この門の正面に見えるのが仙石正俊(直政)の廟です。上掲案内図だと門の正面に見えるのが仙石秀久廟になりますが、正俊廟です。

 こういう位置関係になりますが、手前が正俊(直政)廟。奥手が秀久廟です。

 

 1674年に亡くなりました(享年58)。

 41年間の統治の中で、領内に灌漑用の溜池や堰などの築造と改修を積極的に行い、農業の振興や開発等に大きな業績を残したそうです(上田市の文化財HP)。

 

 戒名は松翁院殿謙誉道休大居士

 金色の文字はいつ頃からあったのだろう?

 

 それにしても廟で風雨に晒されるのを防いでいますから風化しにくいにしても、かなり新しく感じます。

 1674年に亡くなっていますから、同年か1周忌が済んでから、或いはもっと遅いかもしれません。仙谷氏は1706年に出石藩に移封されましたから、1700年前後に建てられたものかも知れません。それにしても風化しなさ過ぎの気がしますが。

 

 本陽寺(上田市)にも仙石氏の墓所があるそうなので、折を見て見学したいと思います。