コミュニティーのカルト化ということを最近すごく思います。別にカルトがいいか悪いかよくわかりませんが、この間会った人がいて、ある有名な書籍の方法論を会社にインストールするような仕事をしているわけです。その書籍を書いた人が親分で、その親分のもとに学びに来る人がいて、初級、中級、上級というトレーナー制度になっています。その仕組みをいろんな企業に導入して、伴走しながら仕事の結果を出していくという仕事なんですけれども、そういう会社って意外と多いんです。
本を出版する人には様々なタイプがいるんですが、その人たちが体系化している理論としては、例えばスタートアップ系もあるし、質問技術系が多いかな。質問技術を使って会社の本質的な問題をあぶり出して生産性を上げていくとか、デザインシンキング系もあります。そんな感じで、ある一つの理論をもとにそれを体系化させて作り出したいわゆるリーダー、というか教祖様がいるわけです。それをもとに経典ができて教団ができていくという形になっているわけですよね。
ここの教団の中に入った人たちって無駄に絆が強い。規律がしっかりしていないと成り立たないのはわかるんですけれども、なんというか、信じるものは一つみたいな状態になる傾向が極めて強いです。質問系の技術にしても、まあ確かに答えは相手にあるということで、いろんな問いの仕方をして、相手からキーワードや商売のネタになることや、結束が固まるような言葉を拾い出して、会社全体のチーム力をアップさせるみたいなことはあると思うんですけれども、もっと気楽でいいんじゃないかと思うんです。
ビジネスには結果が全てっていうのはそれはそうなんですが、別にそれと人当たりが良いとか気楽に飲みに行けたり食事に行けるっていうのは別物なんじゃないかって話です。普通に飯食い行けばいいじゃん、雑談すればいいじゃんって。で、何か面白そうだなと思ったら仕事をやって、その仕事はもう仕組み化して技術として確立してるんだから、それを一緒にやればいいだけの話でしょ。もっと気楽に飲みに行ったり、ご飯食べたり、人を紹介するっていうのはやったほうがいいんじゃないかな。なんでそんなにみんな堅苦しいんだろうって、それが不思議でしょうがないんですよね。
責任があるからっていうところに行き着くんですけれども、もっと適当でいいんじゃないのって思います。締めるところは締めるんですよ。仕事の結果に関しては責任を伴うわけですから。でもそれ以外のところで、責任がどうとか関係が壊れるとかっていうのは、大人の世界だったら壊さないようにするはずですよね。というかそもそも関係を壊すような人は紹介しないじゃないですか。だからそんな話にはならないでしょ。そうしたら普通に話す程度だったら、もっと適当でざっくばらんでいいんじゃないかって思うんですよね。
例えば「仕事でどんなこと考えてるんですか」とか、「この漫画見てどう思いました」とか、「最近ディズニーランド行きました、たまに行くと新鮮なんですよ」とか、「脱出ゲーム初めて行ったんだけど、大きいのじゃなくて小さいのが意外とあるんですね」とか。そういう普通の会話でいいじゃないですか。いちいちラベルを貼って判断するのはやめたほうがいい。どうせみんな死ぬんだから、不思議でしょうがないなぁっていうところがあります。
基本的にこのブログは適当なんで、オチも何も学ぶものもないです。ただ日頃私が何を考えているかということを吐き出すための場ではあるので、コメントしていただいても構いませんし、もっと会話を気楽にする世界にしたいなとは思います。