AIに質問を投げかけると、曖昧な回答が返ってきます。どこかで聞いたような、けれども何も心を捉えない文章が返ってきます。これがAIを使ったときにまっすぐ出てくる回答の特徴です。
まず大前提として、私たち人間の仕事は何かというと、曖昧な情報という大きな岩から、質問という道具を使って作品を削り出しているようなものです。最初に投げかける質問が曖昧なのは当たり前で、それを責めても仕方がありません。良いとか悪いとかではなく、曖昧な質問を出す人間側に課題があるのです。そもそもAIに良いも悪いもありません。
では、どのようにAIを使っていけばいいのでしょうか。まずはざっくりと、今自分がしたいことや作りたいものを投げかけてみます。するとAIはそれに対して「それっぽいこと」を言ってきます。
しかし、ここに大きな問題があります。論文などの調査を依頼しても、AIは架空の論文を引っ張り出してくることがあります。「これで合っていますか」とファクトチェックを依頼しても、提示された論文は存在しても、私が求めているエビデンスがその論文に本当に含まれているかというと、意外と怪しかったりします。非常に危ういツールなのです。なんというか、楽をしたがる新人社会人のようなものです。
では、プロの仕事とは何でしょうか。私が直接指導を受けた経験から言うと、文章について言えば、とにかく追求の手を止めないことがプロフェッショナルなのです。
たとえば、私が同じ言葉を何回も使ったとします。600字の文章の中に「AI」という言葉を何度も使ったとしたら、プロはそこを見逃しません。「AI」という概念を表現したいなら、「人工知能」と言い換えたり、「ChatGPT」と具体例を出したり、一つの言葉にいろんな表現の仕方があるはずです。同じ言葉を繰り返すのは知的怠慢に過ぎないと、厳しく指摘されます。本当に文章というのは、徹底的にチェックされるものなのです。
「なぜこの言葉を使ったのか」と追及されたとき、「特に何も考えていませんでした」としか答えられないことがあります。すると「なぜ何も考えないのか」と突っ込まれ、「すみません」しか出てきません。「だからプロの仕事じゃないんだ」と指摘されます。良い仕事をする人は、大体このやり方をしているのです。
とにかく具体的なことを追求してきます。「それはいつやったのか」「いつ起こったのか」と。たとえば、書籍のビジネス・経済部門のランキングでトップ10の1位になった本があったとして、「その本はなぜ1週だけ1位で、次の週には落ちてしまったのか」といったことまで聞いてきます。
また、ある理論があります。たとえば「クリティカルシンキング」という言葉があります。批判的な態度を取るというやつです。「クリティカルシンキングを使うと非常に良い結果が出る」と言ったとします。すると、すごく詰めてくるのです。「クリティカルシンキングで世界に影響を与えた一番のアイデアって何?」と聞いてきます。
そのときに答えられないと、「クリティカルシンキングで世界を良くしたアイデアのことを知らないのに、なぜクリティカルシンキングが良いと言えるのか」と突っ込まれます。これこそが知的態度として正しいということなのです。
これは文章だけでなく、映像についても同じです。映像のプロフェッショナルは「このシーンって何のために存在しているの?」と問います。映像というものは飛躍の芸術だという技術論があります。映像で全部説明してしまったら終わりなのです。相手に想像させなければいけません。時間と空間というのは断片的なものです。こうした飛躍をしていく、心が切り替わっていくことをしなければいけないのに、一から十まで全部説明していたら「それ、映像の意味なくない?」と言われてしまいます。
追求の手を止めないのが人間の仕事で、それにちゃんと食らいついてくるのがAIの役割です。だから、最初に曖昧な答えが返ってきたところから、そこからガンガン詰めていきます。それでも出てこないこともあります。
そして、最も重要なことは何でしょうか。AIは全知全能でも何でもないということです。過去の情報を全て知っているわけではないし、そもそも過去の情報を全部学習しているわけでもありません。
あるエリアについて、たとえばイギリスという場所なら意外と情報が少なかったりします。逆にロシアについては多いかもしれません。どういうことかというと、全知全能なふりをしているだけであって、実はあるエリアに関する情報は抜けているのです。日本の情報は多いかもしれませんが、他の国の情報は驚くほど少ない、学習していないことがあったりします。
たとえばインドネシアのことを調べたいとき、その情報がAIにない場合、人間の方が情報を持っていることがあります。現地の人は明らかに豊富な情報を持っています。そういう人にインタビューをして吸い上げたものをAIに整理してもらって、何かを作っていく。そんな流れになっていくでしょう。
つまり、AIというものは、基礎的なことや人間が普遍的に作り上げたものに関しては、人間が100%勝てません。だから苦労してでも使い倒した方がいいのです。
しかし、それ以外の情報については、かなりの部分で人間の方が優位でしょう。これから未来に向けて、ますますそうなっていくと思います。そうした情報を体験し、使い、表現していくという行動が、より求められていくのだということが分かってきます。