脱9条のススメ    護憲・リベラルのための憲法9条講座 -20ページ目

脱9条のススメ    護憲・リベラルのための憲法9条講座

かつてガチガチの9条平和主義者だった私がその大矛盾に気づいてしまいました。
様々なテーマでリベラルの視点から、具体的・論理的に脱9条論を展開します。


 例えば日本国内のある家庭の話を考えてみます。子どもに残すべきはモノではない、教育なのだ、との方針のもと、塾や習い事はもちろん、サッカースクールやスウィミングクラブ、さらにはアウトドアサークルに農業体験と金に糸目をつけず通わせたとします。で、ある日の塾帰り、暗くなった住宅街を一人で歩いていたところを変質者に襲われ連れ去られ殺され捨てられた、と。

 

  こんな事件が起こってしまったあとになって、悪いのはあの変質者とそれを野放しにしていた行政だ、あの子も親も全く悪くないのに、とか言ってもどうしようもないのですね。この社会、そういうことは起こりうるとしっかり想定して、親は子どもに夜の一人歩きなどさせるべきでなかった。教育に当てる金をすこし削ってでも子どもの安全確保に金をかけるべきだった。  


  国の税金も全く同じです。福祉・教育にいくら金をつぎ込んで理想社会を実現した所で変質者たる個人や、変質国家に襲われたら全て吹っ飛ぶ。後になって悪いのはアイツだとかあの国だとか言っても取り返しはつかないわけです。  

 そうならないためにどこの国や社会にも安全を守るための組織があり、税金が使われる。国内向けには警察、国外向けには軍隊です。

 
もちろん軍事費と“福祉・教育費”とのバランスは常に問われ無ければいけません。
皮肉なことに“福祉・教育費”などオザナリにし軍事費を特化・肥大させている国家が日本の周りに2つも3つもあるのだから困ったもんで、日本も不必要なほど軍事費を掛けなくてはいけないとも言えます。
ただ日本の防衛費、“対GDP比1パーセント”と言うのは人口一億の経済大国としては、世界的に見て非常に少ないことは明記しておきます。

 

 
【答え】

  世界最古の憲法

 世界には現在、数え方にもよるけど、200ほどの国があります。英国など憲法そのものがない国もあるけれど、憲法がある国はどこも何回も改正を重ねています。ざっとあげても、ノルウェーやスイスは100回以上、日本と同じ敗戦国であるドイツも40回以上。そうした中で、60年以上一言一句たりとも改正をしたことがない日本国憲法は“世界最古の憲法”とも呼ばれています。


 

 憲法といえども人間が作った人間社会のための法律である以上、制定された当時と状況が変わればこれを改正するのはアタリマエの話なのですが、日本においてはこれがアタリマエではないようです。つまり、日本人にとって憲法は“人間が作った人間社会のための法律”とは違うと考えられている。

 
   日本国憲法は“一神教の経典”か

 

 

 決して手を付けてはいけない法、というより、手をつけるなどという考えもおよばない法。ってこれは宗教の教典、特に一神教の教典ですね。キリスト教の聖書にしろ、ユダヤ教のタルムードにしろ、イスラム教のコーランにしろ、時代が変わったからとか、現状に合わなくなったからとかで改正しようとかいう話には全くならない。1000年以上もの間変わらないことにむしろ価値がある。さすがに現代社会にはそぐわない点も当然生じるわけですが、その場合は聖職者たちの責任において“解釈”を変える。

 

 どうですか、まさに日本国憲法そのものの姿ではありませんか。

 

  60年以上もの間変えなかったことに価値がある、現状と合わなくなったときは聖職者(内閣法制局)が解釈を変えることで乗り切る。

 


 

ついこの間まで、“改憲”とか言い続ければ、へたすりゃ政治生命まであやうくなったもんです。まさに一神教世界における邪教徒扱いだ。そういえばある護憲言論人は憲法に手を入れることを“憲法を汚す”と表現してたっけ。まさに彼女にとっては憲法は神様が日本人に、いや人間社会に授けてくれた神聖な教典以外の何物でもないのでしょう。

  

   アメリカは経典を授けてくれた“神”なのか

   9条を踏みにじる悪魔なのか



 

 オッカシイのはその神聖な教典を実際に授けてくれたアメリカについては、9条さんたちはやれ暴力国家だとか、日本は追従するな、とかアメリカ軍基地は出て行け、とか言うんだからもう訳が分かんないです。アメリカはあなた達にとって神様なのか悪魔なのか、どっちなんだって。

 

 

 

 “アメリカがくれたものだろうが良い物は良い、悪いものは悪い、”と9条さんはおっしゃる。たしかにそれはそうだ。しかし人間の作ったものである限り、常に点検と検証は必要でしょう。しかしあなた達は断固として9条の具体的検証を拒む。検証を提案した者をウヨクだ、ファシズムだとレッテルを貼ることで思考を停止する。で、次に出る台詞が、“じゃあ、自民党の憲法草案がいいっていうのか”って、そんな事言ってないっていうの。自民党草案がどうのこうのの前に、今目の前にある憲法を現実世界に照らしあわせてみましょうって言っても、聞く耳持たない。その姿勢が一神教の教典に対する信者と同じだと言ってるんですよ。

 


 

まあ宗教の世界でその教徒が神聖な教典をどう扱おうとも、異教徒がとやかく言う問題では無いのですが、憲法というのは俗世間の人間が俗世間のために作り、人間がいかように作り変えてもよいものだ(もちろん合法的・民主的手続きを経て)ということは是非理解していただきたいものです。世界中どこでもそうだし、特に日本には一神教はなじまない、八百万の神々の社会なのですから。

 
【答え】
 “平和憲法”の中心といえばやはり9条の規定、戦争放棄と戦力を保持しない、ということですね。その事の是非についてはここでは論じません。ただ世界を見渡せば、名目はともかく軍事力を保持していない国など実質的には存在しません。(主張3参照)もちろん日本も含めて、です。つまり9条を改正するとは、日本の実情に合わせて世界中の国々と同じ様に軍事力を憲法でしっかりと規定する、というだけのことです。

 このことを“戦争好きの軍国主義者や右翼”というのであれば、現在の世界中のすべての政権が“戦争好きの軍国主義者や右翼”の政権であるということになってしまう。

 

 もちろんそんなことはありません。世界には左翼政権もリベラル政権もある。今、世界で“軍国主義・右翼”政権と呼べるのは何処なんだろう。

 

 憲法9条が、本当に改正などしてはいけない大切なモノであると主張するのであれば、こういう、事実に基づかない“レッテル貼り”などで他者の人格や思想を貶めるのではなく、世界に目を向けた事実と論理で攻撃してほしいものです。

 


 

 ここで仮定のハナシをしてみたいと思います。平和研究に関するある国際機関からあなたに依頼が来たと考えて下さい。実名は伏せて、ある2国の軍備状況についての資料が添えられています。

 

A国には軍隊があり憲法にもその存在と役割が規定されています。いわば世界中どこにでもあるフツウの国です。国連決議のある軍事活動には参加したりしなかったりです。この国なりの何か基準があるようです。

 

B国では憲法で軍隊の存在を禁じています。ところが現実には軍隊は存在して、年々増強され活動範囲も広がっています。国連で認めていない軍事行動まで行うようになりました。

 

国連における軍縮決議や核使用制限決議にはほぼ毎回反対票を投じます。

 

さてあなたへの依頼はどちらかの国に“軍国主義的なキケンな国”という査定を下すことです。さあ、どちらの国を選びますか。