天白磐座(てんぱくいわくら)遺跡は好きな場所でした。
(追記1)
携帯に何年か前の画像が残っていました。画質が悪いのですがせっかくなのでアップしますね。
(追記2)
現在は、渭伊神社境内遺跡と改名されているそうです。
三重の天白遺跡との混同を避けるためのようです。
緑と小川の豊かな息吹に包まれた場所で、多くの出土品があり、古代祭祀に使われたであろう磐座の巨石が天に向かって仁王立ちしています。人里にあっても隔離して守られているような気配が漂っています。
シンボルの2つの巨石(磐座)の下に神社があるのですが、無人で、暗くて、昼間でもこわいのですよ。磐座の神秘性もさることながら、現実的には痴漢がでそうな感じでね、ちょっとこわい。(すみません!)
まさかあの場所が大河ドラマの舞台になるなんて。
しかも第一話の冒頭。カメラがあの磐座からスタートしてドラマが始まったのには、心底驚きました。
いいの~?!
直虎、やっちゃってるけど大丈夫~?!と。
私には禁足地のような場でしたから。
なんだか分からないけれど、とりあえずお許しをいただいてから足を踏み込ませていただく、という感じ。緊張感がある場所なんですよね。あくまでも私の感覚ですけれど。
あそこに撮影隊が入ったなんて嘘でしょう?という感じ。一気に全国区になって、ここまで人目にさらされるようになるのは、そうだなあ、やはり、その場が了解したのだろうな、と思えてしまう。どうぞお入り下さい、と。
だから、いいのです。
あら、井伊のダジャレみたいになってる。まあ、いいや。まただ。ううむ。これはウケるとは思えないんだけど。笑
人が入ると印象は変わるかもしれませんが、あの場所の自然も巨石も、ずっと人と一緒に歩んできたのですから、もっと多くの人と心を通わせようじゃないか、と、いうことですな。
私はといえば、あの磐座には、今年は行く気にはならず。井伊谷のにぎやかなお祭り風景を、この海っぺりから眺めるにとどめます。あそこのイメージを思い出せればそれで十分。
好きだったんですよね。こんもりと盛られた丘の上に大きな磐座(いわくら)が2つ並んでいて、薄暗くて、こわいけど(そればっか)、緑たちが寄り添っていて。静かで。やさしくて。
川のそばにある巨石も頼りになる存在で、よじのぼって景色を眺めていると、ほっとするんですよ。
それで、私は、そうですね、いろんなことを想像します。人の営みは今も昔もたいして変わりませんから、彼らの姿を追ったりして。心の目の中で。
それにしても、突然スポットが当たる場所って、あるのですよね。
タイミングとはどういう仕組みなんだろうか?と思いながらも、タイミングこそ、当たり前にしか来ないのだなあ、とあらためて思っています。
天白磐座遺跡も、井伊谷も、直虎も、そして小野政次も。
でるべくして表にでてきただけの話ですね。
脱線ですが、私は歴史を信じません。歴史は視点で変わるものですから、そういうものでしかありません。
それに、言葉は、嘘をつけますから。
昔の誰かの思惑にまんまとハマるのは気持ち悪いものです。なんで私がそれに乗っかって「たいしたもんだね~」と、拍手してさしあげなきゃいけないんだと、ひねくれものなのでね、私は思ってしまうのです。
ですから、昨日の直虎は号泣してしまいました。
歴史とは、政次のような人ばかりなんですよ。
美しい微笑みで命を犠牲にしていく小野政次の姿に、地上に埋もれている多くの無念の声が聞こえてきそうで、泣けて泣けて。いやあ、いい演技だなあ、高橋一生さん。ここまで思わせてしまうのだから、リアルに小野政次本人に見えました。
真実は天が知っている。
歴史とはそういうものなんだと、この大河は何かを言いたげですね。
さて。
来週29日(火)の、浜松市北区引佐町のOra(オーラ)さんでのお昼寝音浴会。引佐はまさに井伊谷エリアです。
オーラさんは大河ドラマでも紹介された奥山方広寺の手前あたりに位置しています。龍潭寺も近いですよ。
井伊谷は昔ながらの風景が残る、素朴なエリアですので、十分観光もできると思います。よろしかったらオーラさんとご一緒にどうぞ。
写真はまあちゃんとのお散歩風景、その2。田んぼの緑が心地いい。稲が実ってよかった。
今も、昔も、豊穣を祈る時期ですね。
桜鳥文風(おうとりあやか)