高木文平 「『三二庵閑話』を読む」(10)が掲載されました!※追記有り | レールは、こころをつなぐ道。

レールは、こころをつなぐ道。

日本の旅は、列車です。(JR-G 2004)

琵琶湖疏水の建設を計画した北垣国通京都府知事

その琵琶湖疏水を設計し日本初の水力発電所を蹴上に設置した田辺朔郎土木技師

田辺技師と共に訪米視察をして京都に日本最初の電気鉄道事業を起こし路面電車を走らせた高木文平

 

高木文平は京都の文化財を火災から守るため1894年二重瓶消火器を考案し、その後そのすべてを友人に譲渡しました。

初田製作所

 

明治の田舎侍と呼ばれ、豪放磊落な高木文平は「名を残す必要は無い!」と自叙伝を好まなかったようで、唯一、本人が口述したものを活字にしたものが明治35(1902)年の出版の『三二庵閑話(さんにあんかんわ)』で、ここに文平の思いが綴られています。

高木文平(たかぎぶんぺい)⇒ Wikipedia


その原文は漢字とカタカナで綴られていて読みにくいため、伏見チンチン電車の会では読み易くしたものを連載しています。↓

 

その(10)が掲載されましたのでお知らせします。

今回は、京都府庁の職にある間も、海外に日本の製品、京都の工芸品を輸出し、経済を再興したいとパリ万国博覧会を私費で視察させ、日本の工芸品の高評価を確信し、京都府を辞めて京都名産会社を創立しますが、ついには倒産に至ってしまった頃の話です。

 

伏見チンチン電車の会 Facebook

将軍徳川慶喜の弟昭武が将軍の名代として派遣され、その随行員には田邉太一や渋沢栄一がいた、日本初参加の第2回博覧会

 

高木文平が私費で視察員を送った第3回博覧会