もう夏休みも終わりが見えてきて、時間は本当に残酷に過ぎていくなと思いました。
今年の夏休みは何となくマンネリしていて、海も行かず、山にも登らず、この歳になってしまっては虫取りに行くこともできるわけがないので適当に勉強して映画でも見に行ってだらだらと過ごしていました。まあ今年は夏休みの半分がゼミに潰されてしまっていたのでこんなもんだろうなあ・・と自分の中で言い訳しているところです。
最近は人間関係に悩むことが本当に多かった。友達がほかの友達と喧嘩していたのを後で知ったり、交際3ヶ月目の彼女から一通もメールが返ってこなかったり。もう彼女には飽きられたんだろうと思ってます。なんでだろうなあ。何も悪い事はしてないしメールやラインには即座に返信してたのに。自分の魅力が足りなかったってことですかね。もう話もできないので知る方法もないけど。
人って生き物は他人の辛さがわからないようにできてるんだなと最近実感させられました。最近「小中学校ではいじめっ子だったけど高校では反対にいじめられてた人」と話をして、その人から高校の時のいじめの辛さを聞きました。そのいじめの内容は確かに酷かった。でも話を聞いていて、耳では「ああ、かわいそうに」と思っていても心の底では「中学校でいじめをしてたあんたが言うな」とか「あんたがしてきたいじめの方がよっぽど酷いだろ」という感情が湧き出てきて溢れそうでした。
でも結果的に、いじめっ子がいじめを受けたらかなりの困惑と絶望が生まれるんだろうと悟りました。いじめを受けてる人が聞いたらなんじゃそりゃ、ふざけんなと思われるでしょうが。
だからといっていじめを受けたいじめっ子がかわいそうだとは残念ながらあまり思えません。そんなに酷いなら最初からいじめなんかすんなよと思いますし。いじめっ子からしたら理解できないんだろうなあ。
だっていじめっ子からしたら自分がしたことなんてただの遊びだし。でもいじめられるのは本気で酷いと思ってる。かなり矛盾してますね。誰だって人をいじめたことなんて覚えてないんでしょう。だからこそ酷いことはなくならない。この無限のサイクルはいつまでたってもなくならないでしょう。1000年前にもブログというものがあったら誰かが絶対に同じようなこと書いてる自身ある。
軽い気持ちで書いてたらこんなに長く書いてしまった。近々祭りでも行きましょうかね。
