「葛城事件」という映画を見た。三浦友和が迫真の演技をしているシリアスな映画だ。ネタばれになるので詳しいことは省くが、映画の中でとても印象的だったシーンがあった。

息子が突然自殺した葬儀の控室でのこと。みんなが沈んでいる中、母親役の南果歩が、先日、前の人の背中にとまっていたカナブンをボタンと見間違えた話を、ケタケタと笑いながら話しているシーン。
  
 私は事故や自殺の後の葬儀にも何度か伺ったことがあるが、親族の誰かが、全くダメージを受けていないように見えることがある。専門的に言うと惨事後の「マヒ」という反応だ。

 周囲からは、「あんな感じだから、〇〇さんも自殺したんだ」などと、誤解されやすいが、本当は、非常に大きなショックを受けているからこそ、現実と直面しないように必死に心を守っている反応なのだ。

 それにしても、「場にそぐわない」会話の雰囲気が、とても良く出ているシーンだった。

 私たちは、冷静な時は「場」を理解し、それに応じた対応ができるものだ。
ところが、うつや惨事などによって、感情の拡大(アンプ)、集中(ズーム)、ワープ機能が2倍・3倍になると、周囲の人とは違う世界を生きるようになる。その状態は、その人が冷静なときとはかなり違うので、「別人状態」と呼んでいる。

 一家心中を図った男のニュースが流れてきた。周囲には、大変子煩悩な父親だったと映っている。しかし、離婚が決まり、その中での口論というきっかけで、感情が過剰に発動してしまった。別人状態で、大切な家族を手にかけてしまったのだ。

 そこまでなくても、我々人間は、少なからず別人に変わる時がある。すると、「場」に合わない言動をしているものだ。
 
 メンタルヘルスの現場で働くようになったころ、先輩の精神科医から、「下園さん、精神科では"場にそぐわない”ということを大切な情報として扱うんですよ」と教えてもらった。
  
 経験の浅いうちは、何が場にそぐわないのか、がわからなかった。これは、単に精神医学や心理学を勉強しただけでは理解できないものだ。人間データの蓄積、つまり経験を積まなければわからない分野なのだと思う。

 とはいえ、私のようにたくさんの実経験を積むことも難しい。メンタルヘルスの仕事をしようと思う人は、映画や小説などから、「場にそぐわない」雰囲気を感じる練習をするのも、良い修行になると思う。

 

<お知らせ>

〇7月4日「不安がりやさんの頭のいいゆるみ方 ―自衛隊メンタル教官がすすめるプチ楽観主義」が発売されます。感ケアの不安対処のスキルを詳しく紹介しています。

〇6月29日、市ヶ谷の地球広場で、メンタルレスキュー協会の公開講座として「メンタルヘルスの失敗が企業滅亡につながる時代」という講演をします。参加費3000円ですが、ラインお友達登録で1000円で参加できます。

〇6月30日、感ケアのスキルアップ講座を開催します。入門講座受講済の方が対象です。

〇7月24日、感ケアのフォローアップ講座を開催します。今回のテーマは自責です。

〇8月10日~13日、メンタルレスキュー協会で、カウンセラーのための下園壮太の夏の集中講座を開催します。現場(市ヶ谷)とオンライン参加のハイブリッド講座。一日単位の参加も可能。誰でも参加できます。すでに前半2日間の現場は満席になりましたが、オンラインでの参加は可能です。メンタルレスキュー協会以外の方も参加可能です。