コロナの報道を見ていてつくづく思う。多くの人が「人」についてあまりよくわかっていないということ。私は、自衛隊と民間でカウンセラーとして人の深い内面に数多く接してきたので、「人」という生き物の行動や感受性のおおよその平均値や分布のイメージを持っている(気がする)。
ところが多くの人は、安全でお行儀の良い現代社会の中で、他者と深く交わる経験をそれほど多く積めていない。その結果、人についてかなり個人的に偏ったイメージを持っており、それが自分のストレスのもとにもなっている。
誤りのパターンは、大きくは2つ。
- 自分を中心に他者を推し量っていること。
- 調子がいいときをベースに考えており、調子が悪いときのことを知らないこと。
(そこで私は、最近の書籍では「人の15の特性」(12でまとめたものもある)というもの紹介している。「人」についての等身大のイメージを持ための参考になるだろう。)
さて、コロナ関連でいえば、「説明すればキチンと行動してくれるもの」という誤解。
コロナの感染者数は、昨年の緊急事態宣言の時とは桁が違う。なのに人出は減らない。首相や知事が十分説明していないとか、発信力が弱いなどという人が多いが、そうではない。
本来人は論理より感情で行動するもの。心身に余裕があるときは理性で行動をコントロールできるが、それはかなり条件の良い時だけだ。
昨年の春と、今の状況は異なる。昨年の春は、不安が大きかった。強い不安は人を「すくませる」。更に皆まだ疲労していなかったので「自粛」を理性で後押しできた。しかし今は、不安は薄くなり、疲労は濃くなっているので、理性によるコントロールは効きにくい状態。首相や知事、医師の言葉が不適切だからではなく、「人」の状態が変化しているから、自粛ができないのだ。
こういう状態になると、エネルギーを必要とする「自粛」は成功しにくい。それより外圧、つまり法的制限がかかったほうが、人々は落ち着く。また今は、不公平感が大きくなる時期だが、法的一律の制約なら、それも比較的小さくできるだろう。