※かなりネタバレしていますので、ご承知おきくださいませ。

嫌な方は避けてください。すみません。

 

 

■これまでのあらすじ

『検察側の罪人』①

『検察側の罪人』②

『検察側の罪人』③

『検察側の罪人』④

 

あらすじ続き

 

凶器が発見される

 

翌日、沖野啓一郎(おきの けいいちろう)は、松倉重生(まつくら しげお)の横領について、会社側からの告訴を取り下げさせる不起訴裁定書を起案するよう命じられた。

松倉は、拘留期限を持って釈放、横領容疑については不起訴とし、殺人容疑での再逮捕は見合わせることになった。

沖野は、心底ほっとしたというのが、正直な胸の内だった。

最上毅(もがみ たけし)検事や田名部管理官は、おそらくこの決定には悔しさしか感じられないかもしれないが、沖野に彼らの気持ちを考える余裕はなかった。

 

その日、昼近くになっても、松倉が検察に送られてこなかった。

警察に連絡を入れてみると、今朝、多摩川の河川敷の草むらに不審なものが捨てられていると通報があり、凶器が発見されたという。折れた包丁が、新聞紙に包まれて、袋に入れられた状態で、投棄されていた。その新聞というのが競馬新聞で、しかも、書き込みがされていた。

 

見つかった包丁の刃が折れた部分は、遺体に残されていた刃と一致し、犯行に使われた凶器であると断定された。包丁は、入念に洗われており、指紋採取はできなかった。一方で、包丁を包んでいた競馬新聞からは複数の指紋が取れ、照合の結果、松倉の指紋と一致した。

新聞に書き込まれた文字も、松倉のものとみられる。松倉に、この事実を突きつけたところ、大いに取り乱したものの、最後まで、自分は知らないと言い張った。

 

横領容疑を不起訴にして、松倉を釈放するという計画は、残念ながら、白紙に戻った。

刺殺事件の凶器が出てきて、松倉が関係してる痕跡があるとなれば、横領容疑を不起訴にしても、強盗殺人容疑の道筋はつけられたのだ。

 

 

強盗殺人による逮捕

 

検察に松倉が到着し、沖野は聴取を行った。

「松倉、よくもまあ、たぬき面で騙してくれたよな!」

「検事さん、違うんです。本当に私は知らないんです。」

「違うも何も凶器が出てきたら、終わりだろ?どんだけしらばっくれようと、お前はアウトなんだよ!」

「本当に違うんです。誰かに、はめられたんです。何かの陰謀なんです。検事さん、弓岡は、どうなったんですか?行方不明なんて、おかしいじゃないですか?私じゃありません。」

 

取り調べ室のドアがノックされ、ドアが開いて入ってきたのは、最上だった。

「東京地検の最上だ。あなたにかかっている、横領事件の件で報告がある。

会社が告訴を取り下げた。犯罪としては、悪質であるものの、そのことを反省しており、猶予されるべきであるとの結論に達した。つまり不起訴となった。簡単には、今回の容疑については、もうこれで終わりで、あなたは自由の身と言うことだ。ただし、仕事で扱ったものを、簡単に勝手に家に持ち帰るような事は、もうやっちゃいけない。」

松倉は「ありがとうございます。」と頭を下げた。「私は、今日で出られるんですか?」

最上の後から、田名部管理官が進み出てくる。

「強盗及び殺人の容疑で、逮捕状が出ているので、今から執行する。必要であれば弁護士を呼ぶ権利がある。では、両手を前に出して。」

「やめろ!俺はやってないんだ。本当にやっていないんだ!何かの陰謀だ!」

「13時46分、逮捕。」

 

次の日も、沖野は松倉の取り調べを行った。

窓から通りを見下ろすと、検察庁の前には報道カメラマンが連なっていた。凶悪事件であるだけにマスコミの注目度も高い。

「私がやったんじゃありません。警察にはめられたんです。これは陰謀です。」

「そんな、お前を陥れて、何の得になるんだ?」

 

その日も、松倉の否認を最上に報告すると、

「物証が乏しくても、先々の動きを見据えて、松倉の取り調べに当たってほしい」と最上は言う。

「わかりました。」沖野は、ほとんど上の空で答えた。

沖野は、松倉を再逮捕したときの、取り調べ室に入ってきた時に見た、田名部管理官の様子を思い出す。

田名部の「根津の時効事件」に対する執念が、最上をつき動かしてるのではないのだろうかと、沖野は思う。

一方で、そんな疑念だけでは、疑い足りないものも感じていた。この事件の捜査は、田名部に意図的にコントロールされているのではないのだろうか。

 

松倉は言う、「根津の事件で、正当な処罰を与えられていたほうがマシでした。こんな自分とは何の関係もないことで、しかも2人も殺したとか、無茶苦茶な罪をなすりつけられて。無実の罪で裁かれるのですか?間違ってるって言ってくれる人が、1人もいないんですか?」

松倉を担当する国選弁護士も忙しく、裁判になってから、、、と言っているらしい。

沖野は取り調べを終わらせた。

 

橘沙穂(たちばな さほ)が沖野に聞く。

「自分がこの事件の弁護をやったら勝てるのにって、思ってるんですか?」

「そんなこと思ってないよ。」沖野は否定した。

「そうですか、失礼しました。」

 

沖野は、考える。

自分の中でそんな思いがあるのだろうか?唯一の物証ともいえる凶器にしても、首をひねりたくなる。

どうして、凶器自体は入念に洗っているのに、書き込みが入っている競馬新聞で包んだのだろうか。

競馬新聞は、家宅捜索の時に押収されたものが、警察に保管されている。

押収物を鑑定していく中、誰かが新聞の一部を抜き取るようなことも、不可能では無いのではないか?

弓岡のことも、いつの間にかどこかへいってしまい、警察も追跡を打ち切ったようだった。弓岡は、もう携帯も使ってない様子で、全く足取りがつかめない。わかってるのは箱根までだという。

そして弓岡の捜索を打ち切ったのは、田名部だったという。

 

「検事?」

沙穂がやけに神妙な顔して言う。

「早まらないでくださいね、検事をやめるとか、そういうことを軽々しく言わないでくださいね。」

沖野は「そんなこと考えてないよ。」と言い返した。

 

 

衝突

 

 

沖野は、最上に報告をした。

沖野:「やっぱり、松倉が犯人だと、どうしても思えません。凶器が証拠として出てきてもです。」

 

最上:「証拠が出てきても違うとは、なかなか斬新な意見だ。」

 

沖野:「凶器の包丁自体は念入りに洗って、指紋を消しているのに、書き込みの入った競馬新聞で包むなんて、やってることが違う。」

 

最上:「書き込みは、新聞の内側にされている。包むときには、目に入らないし、松倉が、うっかり見逃したとしても不思議じゃない。」

 

沖野:「何かが、おかしい。捜査本部では、結局、弓岡の追跡を断念したと聞きます。大阪に出稼ぎに行くと言って、東京を離れた男が、箱根で消息を断っている。携帯電話も、もう通じない。田名部管理官は、追えないなら、しょうがないと、追跡打ち切りを指示しただけだと言います。弓岡に対する淡白さと、松倉に対する執着のギャップに、どうしても違和感を持たざるを得ないんです。」

 

最上:「物証が出てきたことで、捜査が見直されるのは、当然の事だろう。そこに、ケチをつけるのは、事件を解明しようとする人間のやることじゃない。」

 

沖野:「根津の事件では、松倉を裁き損ねました。だから、二度目が許されない。最上さんは、そんな論理で考えていらっしゃるのではありませんか?」

 

最上:「凶器が出てきているのに、君はどうしてそこから目をそらすような話をする!」

 

沖野:「僕は、田名部管理官が秘密裏に弓岡と接触して、凶器の包丁を受け取り、しばらく行方をくらますように話をつけたんじゃないか、と疑ってます。根津の事件で、他人にはわからない、松倉との因縁があるかもしれません。理屈に合わないことが現実に起こっている気がするんです。」

 

最上:「君の意見は一応聞いた。物証が出てきたのに、立件を見送る選択は、俺にはない。」

 

沖野は、自分が抱いている違和感を正直に話し、話のいくらかでも伝わればいいという思いだったが、捜査方針をめぐって、最上とつばぜり合いをしようとするには、自分はまだ未熟だった。修習生時代から憧れていた最上が、想像していた理想の検事とは違い、失望したのだった。

 

解任

 

次の日、沖野は、副部長から、呼び出しを受け、「今度の事件は、最上に立てさせるので、関係書類を最上に渡すように」と言われた。

沖野は、自分の力を注ぎ込んできた仕事を、頭から否定するように、取り上げられてしまった。

 

最上は、言う、

「昨日、君に胸の内を打ち明けられて、考えが変わった。君は、この事件の担当を続けても、心にしこりを残すだろう。任務を解くのも、悪い選択ではない。捜査の方針に疑念を持つ君に、このまま任せていいのかという問題がある。君を外す方が賢明だと判断した。」

 

そして、蒲田の事件など、自分には何の関係もなかったかのような日々が始まった。

気持ちの整理は、何もついていない。最上の言う通り、心に傷を折ってしまった。どうしようもない脱力感。蒲田の事件のことが、離れても気になる。最上に、自分の考えを打ち明けるべきではなかったのだろうか。しかし、あのまま黙っていても、自分は正気でいられたのだろうか。信じる道を行って、何が悪いのか。

 

沙穂が、「打ち上げしないんですか?」と、沖野に問いかけた。

「蒲田の事件に、一区切りついたら、打ち上げやろうってことになってたじゃないですか。」

「そうだなぁ」と、沖野は答えた。

 

沖野と沙穂♡♡♡

 

「最上さん、あんな人だなんて、思ってなかったよ。」

沙穂が予約した和食屋で、早々に酔っ払った沖野の口をついて出てくるのは、愚痴ばかりだった。

「俺もどうかしてたよな。でも、あそこまでやったからこそ、何か変だなと思うようになった。」

松倉の最初の頃の取り調べを思い出して、自嘲気味だ。

 

沖野:「証拠である凶器が出てきてから、その流れに任せて、捜査をどんどん引っ張っていこうとした。頭にストーリーがあって、捜査結果をそこに近づけていこう、って、強引な捜査っていう。」

 

沙穂:「やり手って、言われる人は、どこかやっぱりそんなところがあるんですかね?」

 

沖野:「もっと、話がわかる人だと思ってたよ。公判で勝てるなら、冤罪でも構わないって、割り切っているってことじゃないか!そんな乱暴な考え方をする検事がいるとは信じたくないね!」

 

沙穂:「でも、松倉が普通の冤罪者と違うのは、過去に殺人事件を起こしてるってことですよ。しかも、時効になって裁かれていない。そこに、何か、こいつなら罪をかぶせても構わないって思わせちゃう、松倉の弱みがあるように思えるんですよね。」

 

沖野は、思う。

過去の罪を清算していない相手だからこそ、取り調べで、遠慮なく乱暴な言葉をぶつけることができた。しかし、それが今度の事件の罪までかぶせていい理由になるはずがない。何より、冤罪で生まれるもう一つの問題は、本当に裁かれるべき人間が裁かれず、逃げおおせてしまうということだ。

 

沖野:「俺はこのままでいいと思わない!最上さんは、言ったんだ。凶器が出てきているのに、犯人は違う、なんて思うのは、職務放棄に等しい、検事でいる意味なんてない、って。俺は検事失格だ!でも、俺は、検事である前に、人間だ。世の中の正義のために、役立ちたいと思って、法曹の道に進んでいるんだ!」

 

沙穂:「もういいじゃないですか、そんな自分を責めなくても、、、。」

 

沖野:「君だって、俺がどうするべきかわかってんだろ?俺が気づかないうちに、やめるなんて言わないで、、、とか、言ったんだ。

そうだよ!俺は検事なんかやめるべきなんだよ!」

 

沙穂:「そんなこと言わないでください。私は、これからも検事と一緒に仕事がしたいんです!」、少し感情的な口調だった。

 

沖野:「俺は、執務室で静かに腐っていくだけだ。」

 

沙穂「やめてどうするんですか?」

 

沖野:「それも、前に君が言った通りだ。松倉の弁護人になって、最上さんと対決してやるよ。」

 

沙穂:「そんな事は、不可能です。」

 

沖野:「俺はもう続けられない、、、。」

 

打ち上げなどという、さっぱりした空気はどっかへ消えてしまった。中途半端な気分のまま、店を出た。

 

沖野は、「もう少し付き合ってくれ。」と沙穂に言い、タクシーを拾った。何も言わずに、沙穂は沖野の隣に座った。

タクシーは、沖野の官舎の前で止まった。沖野は沙穂の腕をつかむようにして、タクシー降りた。沖野に引かれるまま、沙穂は沖野の部屋に上がった。

沖野は沙穂に言う、「俺の望んでることくらい、君はお見通しなんだろう?」

沖野は沙穂をベットに倒し、彼女の上に覆いかぶさった。全てを包み込むようにして、沙穂が沖野を抱きしめた。

 

 

 

検察側の罪人 [ 雫井脩介 ]