今日(9/12)(「MAG2NEWS」の記事より)
「女生徒いじめ動画拡散の衝撃。被害者にモザイクなしの胸クソ悪さ」2019.09.12 35 by 阿部泰尚『伝説の探偵』
わたしはかつて大阪府立学校に勤めていた元当事者でしたので、阿部泰尚さんの行動力には敬服しています。
ここで話題にしたいのは阿部さんのことでも事件のことでもありません。
「いじめ」という言葉の使い方です。
ここでも起こっていることは「暴行」です。
「暴行」はまず犯罪です。道徳上よくないことではありません。
他の件でも報道された「いじめ」の内容を確かめると「恐喝」だったりします。恐喝も犯罪だったのでは?
阿部さんは話を進める都合上習慣にしたがって「いじめ」という言葉を使っているのかと思いますが。
しかし、わたしは当局(学校・教育委員会など)がわざと「いじめ」という言い方をしているのではないかという疑いをもっています。
それは、起こったことは犯罪ではなく、学校内の秩序問題・個人的な問題だと収めてしまいたいためです。
生徒アンケートにしても聞き方が「いじめ」と「犯罪被害」では全く受け取る方も受け止め方が違うと思います。相手は犯罪者なのですから。
確かに、14歳未満は警察も実質捜査ができませんので、小中学校では道徳的な問題としてしか扱うことしかできないからかもしれません。
(公立高校在職中の経験では、だいたいの高校では犯罪行為を「いじめ」と呼ばなかったし、告訴する・しないは保護者の意思に任せていました)
もともと「いじめ」という言葉が不純な理由から使われているとすれば、「いじめ」のあるなしなど都合によって変ることも当然なのかもしれません。