これは今年の9月で、クレイジージャーニーのロケ隊が同行した予備調査のようでした。12年ぶりに群馬県片品村にやって来た八重野氏はやる気満々です。



 尾瀬の入り口にあたるそうで、おおーこれはいい眺めだなぁ。いつか行ってみたいすね。こちらも大体こういう山並みです。


 今回は八重野氏が代表の日本トレジャーハンティング・クラブの若手の方もご同行。トレランをやられているそうで、それは体力に申し分ないですね。クレイジージャーニーからはディレクターさんとロケ隊員が同行してました。


 番組では何という山かは明かしてませんでしたが、片品村には金井沢金山跡というのがありそこの事かな? もとは武田氏の金山で、この辺りは南北朝時代からしばらくは沼田氏→関東管領の上杉氏や北条氏と支配者が移り変わり、関ヶ原の戦いの時は真田昌幸の領地だったそう。幕末には閉山になっていて、そこを徳川埋蔵金の隠し場所(のひとつ?)にしたというのが片品村の埋蔵金伝説。ううむ登山道が無いのだな、ロケ隊はともかくご高齢の八重野氏にはキツそうでした。


  12年も経てば、普段人が来ないところはこうなりますよね。いい感じの沢があるけど傾斜は強めで、八重野氏は時々転びかけてました。

(; ̄ー ̄)v- さすがにもうしんどそう。ロケ隊も「八重野氏の安全のために撤退すべきか」と迷ってましたが、ご当人のモチベーションは高くかつての坑道の入り口に到達しました。


 12年前に入り口を補強した姿かこう。当時から土砂が崩れてくる場所だったそうで、果たして今はどんな様子なんだろう?


(; ̄□ ̄)v- あーーーーー・・・・・・・・入り口が潰れてしまってる。埋蔵金ってもし後世に埋めた人などが掘り出してたら、ストレートに場所を見つけられたんだろうか?  ここは間違いないとしたらどうやって回収する気だったんだろう。山なんてすぐに草木が茂ったり土砂に埋もれたりするけどなぁ・・・


 とりあえず場所を確認して、次回に潜入のもようが伝わるみたい。スタジオで松ちゃんが「ここは洞窟王の吉田さんやろ?」と言うとディレクターがもう連絡したと答え、「ロープ張りに行くと仰ってます!」との事。さすがだわ吉田勝次氏、話が早すぎる。

( * ̄▽ ̄)v- あと重機の専門家の方もいるし、フォトグラファーの佐藤健寿氏はドローンの操作に長けておられる。登板されるとしたら最強のタッグですね。乞うご期待ですキリッ!!


 埋蔵金伝説というものはロマンがありますが、実際に発掘を続けるのは大変ですよね。八重野氏は50年続けて「未だ小判1枚見つけた事がない」そうですが、それでも続けるモチベーションを持っておられるのがすごく羨ましい。好きな事でも仕事とか義務になると難しいですよね。

( * ̄▽ ̄)v- 未だ報道がないって事はそういうことなんでしょうが、それでも発見を願って止みません。徳川埋蔵金に限らず本当に無いとは言えないし、ロマンのない世の中は味気ないですものね。

↓これはお好きな方はもう何べん聞いたか分からない徳川埋蔵金・日光東照宮バージョン。おまけのように紹介されました。わらべ歌の「かごめかごめ」が隠し場所を示してるという説で、かごめとは籠の目=六芒星で、江戸周辺の徳川家に縁のある神社仏閣を点で結ぶといわゆるユダヤの星=籠目紋の形になり、その中心に日光東照宮があるというものです。


 うん? これだと範囲がかなり広くなってて日光が中心ではないっすね。土岐市が入ってるのはお初に見たわ? 福井県あたりの明智神社もありますが、江戸に結界を敷いたとか江戸時代に埋蔵金を埋めたとか言われる南光坊天海が、生き延びた明智光秀と言われるからかな。実際は別人だそうです。中部地方には名古屋市のコメダ珈琲店を点で結ぶと六芒星になり、中心に名古屋城が来るそうです。どんな結界だ。うちの方のコメダは主要じゃないと申すか?


♪かごめかごめ
♪籠の中の鳥は  いついつ出やる
♪夜明けの晩に
♪鶴と亀が滑った
♪うしろの正面だぁれ

(* ̄ー ̄)v-  この歌は1800年代に編纂されたと言われますが、日光東照宮の徳川埋蔵金伝説だと「籠の中の鳥」が埋蔵金のことだそう。かの地には徳川家康墓所の前に鶴と亀の像があり、お墓の裏の洞には欠けた六芒星が刻まれているのだとか。「夜明けの晩」は朝日がお墓に当たるとできる影の事だとか、徳川幕府再興の気運が高まってきた時とも言われ、前者だと影の先に埋蔵金が埋まってるんだそう。

「鶴と亀が滑った」は「統べる」のことで、それは「うしろの正面=家康墓の裏側」を意味するとか。細かい差異はありますが、日光東照宮説だとだいたいこんな感じ。むしろ現代だと世界遺産なので、最も盗掘されない安全な場所ですね。そこを出すのは卑怯だろ!と言いたくなるほどに(涙)


 初めは赤城山説だったと思いますが、見つからないのでいろんな地域に飛び火したんすね。あとグッと来るのは江戸城無血開城の前夜に仙台藩籍の船がいろいろ積み込んで仙台に向かい、神奈川県沖で沈没してしまったんですね。当時仙台藩はまだ明治新政府に反抗しており、そちらに江戸城の金蔵から運び出した千両箱を移そうとしたのではないかとか。千葉県の海岸でお年寄りが小判を1枚拾った事があったそうで、これも探索してほしいすね。


 日光東照宮説では2014年にこんなフェイクドキュメンタリー(あっ)を観た事があり、重機が1台だったので寂しい思いをしたものでした。レンタル料が1日10万とか20万円の世界なのですね。今は徳川埋蔵金でなくもっとローカルなのでいいから、クラウドファンディングで発掘できるんじゃないかなぁ?