「人間は、非常に暗示を受けやすい生き物です」と語るリチャード・ワイズマン博士。ではそもそも、暗示とは何なのか?


( ̄ー ̄)v- Google先生に聞いてくると、暗示とは心理学用語で「外部からの刺激や作用を無批判に受け入れてしまう心的状態」とある。暗示のかけ手とかかり手が1対1のものは催眠術ですが、催眠(hypnosis)の語源はギリシャ語のhypnos(眠り、眠りの神)。催眠とは眠りに通じ、心理学用語では「暗示にかかりやすい心的状態」を意味していて、それを変性意識状態と呼びます。暗示にかかりやすい状態というのは、眠っている状態に近いものなんすね。


今はAVなんかにも催眠モノがあり、昔、戸川昌子氏の短編小説(裂けた眠り)には催眠術を駆使する謎の男が良家の奥さまに体を売らせ、術が解けそうになったら自殺させる暗示をかけるという作品があった。催眠術は相手を変性意識状態(無意識が正気=顕在意識を上回る)に持っていく技術ですが、たとえば自殺させるとか、犯罪を犯させるといった事はできないと言われる。無意識でも、人には超えられないラインがあるらしいんすね。


( ̄ー ̄)v- 最近はちょっとそう言い切れない事例もあるかな。ネットで「青い鯨」だったか何か、生配信者と視聴者(囲い)の関係性を逆手に取って、生配信者に自傷から自殺までさせる事件があったような。これは催眠術や暗示と言うより、サイトの管理者や視聴者へのプレッシャーに耐えられなくさせて自傷行為をエスカレートさせるサイバー犯罪だと思いますが、無意識の生存本能を壊すという意味では暗示の活用例かも。


( ̄ー ̄)v- やろうと思えば素人でもやれるんすね。深い暗示ほどかける側がかけられる側から信頼されていなければならないですが、それは暗示を受けやすい変性意識状態に入るにはリラックスしてないといけないから。特にネットでは相手が見えないからかかりにくいようなもんですが、逆にかかりやすいとも言える。顔や仕草から違和感を感じ取れない以上、「この人はいい人」と信じてしまったら、対面しての催眠術とそう変わらないものになる。それは怖い事ですな。


昔、コックリさんが流行った頃に、遊びでやった中高生が「コックリさんが帰らない」状態に陥って集団パニックになったってニュースをちらほら聞きましたが、それは自分らで自分らに「コックリさんを呼び出した」って暗示をかけちゃったんすね。召喚とか降霊を素人がむやみにやるなという戒めは、別に本当に「帰らなくなる」からでなく、暗示の解き方を知らずにやるのは危ないから。これだと一般的にも意味が通りやすいすな。


こうした暗示は、治療ならばかける側とかけられる側の健全な信頼関係から催眠療法として成り立つものですが、かける側も人間なので悪意なしに間違うことがある。米国では催眠療法から「実の親から性的虐待を受けた」「悪魔崇拝の儀式に出席させられた」と言って、子が親を訴えるのが一時期増えた。でも、催眠療法で思い出した記憶じたいが偽物だったりしたんすね。


( ̄ー ̄)v- 治療者(催眠術をかける側)が“幼少期のトラウマ”に重きを置きすぎてると危ない。悪意なしにそちらに誘導してしまう恐れがある。これは催眠療法の難しさであり、日常生活でも「善意からの暗示にも弊害はある」というお話ですが……


人間の意識(顕在意識と無意識)はよく氷山に喩えられ、海面下の部分が無意識。これが時々クローズアップされるのは、無意識は理性でどうにかしづらいからなんすね。療法と呼ばれるものでは、顕在意識の時点から繰り返し繰り返し、よい方向への意識づけを行う。それを無意識の領域まで浸透させるのが目的なんすね。だから時間がかかるし、個別性が高いし、デリケートで難しい。


閑話休題( ̄∀ ̄;)v- 脱線しちった。まぁ心理学って、突き詰めれば当たるも百卦、当たらぬも百卦。難しいコトを言ってるようでも、けっこう言われなくても分かってるやうなコトっすね。


リチャード・ワイズマン博士のつい見惚れるような語り口とジェスチャーは、心理学というものを表しているようにも見えました。


( ̄○ ̄) 人間は物事を理解する際に、意味合いを見つけようとする。



↑考えてみれば当たり前の心の働きですが、決してすべての幽霊の目撃者に対してではなく、オカルト雑誌のでっち上げから「幽霊を見た」というような人々の根源にあるのはこれじゃないかな。これは普遍的なものだから。