“産業廃棄物処理施設建設計画への懸念と疑問”


風呂上がりに缶ビールを脇に置き、智史はパソコンで町のHPの新規更新ページを開いた。


“一般・産業廃棄物の処分場が必要であるのは大前提ですが、国内各地で問題となっているのは処分場の在り方であり、それは当赤森町も同じです。”

“第一に立地条件の問題。赤森町は木曽川に隣接しており、処分場の建設予定地とされている小見沢地区は急傾斜の地形が多く、事故が起こった際には深刻な水質汚染を引き起こす恐れがあります。赤森町が生活用水に依存しているのは飛騨川ですが、飛騨木曽国定公園の一部を擁しており、水質を含めた環境汚染の可能性は看過できません。これには木曽川水系を水源とする下流地域の市町村からも同じ意見が出されており、赤森町の総意が「自分たちの生活だけが守れればいい」ではないことの理解を得ています。”


今は彩が入浴中で、洗面所からは佳奈がドライヤーを使う音がする。切ってもらったばかりの髪がなかなか上手くブローできないようで、そろそろ彩が「いつまでやってるの!」と怒るだろうなと思いながら、智史はタオルで頭を拭った。


“そして何より重要なのは、赤森町は戦中戦後にかけ一時期は全国の採掘量の四割の亜炭を産出した町だということ。エネルギー革命で需要がなくなった昭和三十年代まで、この町で採掘された亜炭は東濃を経て愛知県に運ばれ、窯業や紡績業の発展に貢献しました。”

“けれども今は、赤森町はその廃鉱による土地の陥没が頻発する「落盤の町」として知られています。一時期は確かに採掘業で栄えましたが、今残る廃坑道は町の負の遺産であり、いま再び町に産業廃棄物処理施設の建設を計画している業者がかつての亜炭採掘業者であることは、やみくもな乱掘が残した負の遺産を、また別の形で作ることです。”


「ずいぶん口の立つ町長さんだったよね」


義兄の店でビールジョッキを傾けながら、斎藤が義兄に話しかけていた。


「元は朝日新聞の記者だ。生まれは東京だが、子供の時にこっちに越して来た人さ」

「だから町長に推されたのか」


水割りを飲みながら坂下が呟いた。「公害問題に詳しい人だけど、地方の町長選挙に立つなんて珍しいと思ってた」


「前の町長も処分場建設には反対してたが、業者に懐柔されたのが漏れてな。それで担ぎ出されたんだ」


“棚橋工業は先に述べたようにかつての亜炭採掘業団の一つであり、現在係争中のK市における廃棄物処理に絡む恐喝事件の被告人は棚橋工業の役員に名を連ねており、棚橋工業側は「勝手に社名を使われた」と主張していますが、地域の信頼を得るには程遠いのが現状です。”

“棚橋工業は赤森町に総事業費として三十億円を支払うとしていますが、地盤整備を含めた安全対策・水質汚染の防止にどこまで寄与できるかは不透明です。そして既に建設予定地の買収を進めていますが、県には私有地の購入として受理され、該当地区の住民には立ち退き料として支払われており、これも地域住民を軽視するものです。”


「その業者って、コレ?」


斎藤が頬に指を滑らせて尋ね、義兄は肩をすくめてみせた。柘植が「よくある話だけど、町が県に楯突く事になりますね。反体制で鳴らした記者ならやる気満々でしょう」と呟き、よく焼けた肉を口に運んだ。


“処分場建設への町民の反発や不信感には「地域のエゴ」「全体を見て考えない」等の声もありますが、人口二千の赤森町に数万、あるいは数百万世帯ぶんの廃棄物処分場を受け入れる下地があるかと問われれば、否と答えざるを得ません。”

“東洋一の規模を目指すとされる処分場が建設されれば、赤森町はしばらくの間は潤うでしょう。けれどもその間に何を失うか、次の世代にさらに負の遺産を残すのかを鑑みれば、町民としては諸手を上げて歓迎するわけにはいきません。”


拭き残した水滴が手元に落ちる。智史は缶ビールに手を伸ばし、ふいに温かい塊に脇の下からもぐり込まれて驚いた。


「佳奈も飲む」


すっかり乾いた髪は何か変なウェーブがついていたが、本人はそれで納得したようだった。智史は「お前はこれは駄目」と言い、石鹸やシャンプーの匂いを発散する佳奈を膝に乗せた。


「ジョラス出して、グランド・ジョラス」

「なに?」

「ヨーロッパ・アルプス三大北壁。カズちゃんとヒロちゃんが登ったって。伯父さんも」

「ああ、山か」


義兄が一時期登山でずっと家を空けていたので、彩は佳奈が山に興味を持つのを嫌がる。せがまれるままに検索して画像を出してやり、智史は浴室の方向の気配を窺った。