1枚目はアーヴィンのアイスアックスが発見された、ファースト・ステップ(8500m)の基部。


( ̄ー ̄)v- ファースト・ステップは高さ30mほどの垂直な岩壁で、その手前にアーヴィンがアックスを置いていったなら、やはり登る前に置いたと考えるのが自然。


素人には「背負わないのか?」「 マロリーはどうやってたんだ?」という疑問も湧きますが、酸素ボンベを背負っていたなら無理か。2枚目は2人が最後の頂上アタックに出る時の写真ですが、このボンベ背負子(しょいこ)にアックスを掛ける余地は無さげ。


( ̄ー ̄)v- 3枚目は1953年に南東稜から初登頂したヒラリー卿とテンジン・ノルゲイが使ったボンベ。これでも総重量14kgで、道具を吊しとく余地は無い感じ。やはり持って登るものなのか。


1933年の英国の捜索隊が見つけたアーヴィンのアックスは、何となく空気を読む感じで「滑落の際に落としたもの」というふうに考えられていました。当時の英国では悲劇の登山家を悼む気持ちから「2人は登頂し、下山中に遭難したのだ」という見方が多く、このアックスは何となくその根拠として見られていた様子。


( ̄○ ̄) アーヴィンのアックスの発見場所が、彼の-----もしくはマロリーの命運と直結していると断定する理由は、ほとんど無い。


けれどもヘムレブさんとトム・ホルツェルは「そこから遭難の経緯を推測しきれない」と考える。アーヴィンはアックスを落としたんじゃなく、置いて行っただけ。その後に何があったかは分からない………


もう1つ、見つかればより沢山のことが分かるのは「遺体」でした。そう、1975年に北東稜に入った中国隊のクライマーの王洪宝が、8100m地点で「英国人の遺体」を見つけていた………


( ̄ー ̄)v- それは1975年の5月5日のこと。中国隊の隊員が第6キャンプと第7キャンプの間で行方不明になり、捜索のために第6キャンプに上がった王洪宝は、一緒に出発したツレが少し遅れていたので、時間潰しに散歩に出ます。


そこで「英国人の遺体」を見つけ、第6キャンプに帰ってから仲間たちに話した。そして彼はその後の1979年の日中合同隊に参加した際、はじめて外国人(登攀隊長の長谷川良典氏)にそれを話します。


( ̄○ ̄)/ 8100m、エングレーズ(英国人)。


長谷川氏に向かって、王洪宝は仰向けに横たわって口を開け、人差し指で頬をつついて見せたそう。しかし「遺体は仰向けで鳥に頬を突っつかれていた」と証言した王洪宝はその翌日に雪崩に巻き込まれ、亡くなってしまいました。


( ̄ー ̄)v- 「エヴェレスト初登頂の謎」を書いたトム・ホルツェルは王洪宝の同僚を訪ね、彼の話した内容を確認した。それでも実際に「英国人の遺体」を見た王洪宝は故人で、それ以後、それらしい遺体は見つかっていない……


( ̄ー ̄) この「英国人の遺体」が、最優先にすべての手がかりになるはずだ。


それがホルツェル、ならびにヘムレブさんの方針でした。王洪宝は「第6キャンプから20分ほど散歩に出た」と言っていたから、1975年の中国隊の第6キャンプの位置を特定し、そこから20分で往復できる範囲を捜索すれば、幻の「英国人の遺体」を見つけられるはず……


けれども1975年の中国隊の第6キャンプの位置を特定するのは簡単なことではなく、とりあえず8200m地点に設営されてから移動していたり、北稜上にあったのか北壁にあったのかも判然としなかった。(遠征報告書の仕事が甘いぞ中国隊)


ヾ( ̄ー ̄;) ……中国隊の第6キャンプを撮った写真の背景に、いくつか特徴的な地形や岩がある。これをいろんな遠征隊の第6キャンプの写真と照合すれば、位置の特定ができそうだ。


ここからヘムレブさんの研究家魂が炸裂。たくさんの遠征隊は必ずしも同じ場所にキャンプを建てないけど、高度と位置はそれほどズレてない。「照らし合わせりゃいいんだわ!」は確かに合理的ですが、ハードコアな作業ですなぁ。


ヾ( ̄□ ̄;) ここだアッーーーーーー!!!!!


まるで「ダ・ヴィンチ・コード」で暗号解読ができた瞬間。ヘムレブさんはどの遠征隊の記録写真にも、エヴェレスト北稜の上部を写した写真には1ヶ所だけ明確に照合できる地点があると気づきます。


( ̄∀ ̄)v- 奇しくもそれは、1922年の英国の第2次遠征で、ジョージ・フィンチが酸素を使って到達した最高点(8320m)。なかなかに映画的な発見ですね。


ヾ( ̄○ ̄;) ……そこは三角形の雪田で、頂稜上のサード・ステップの上部地点と一直線に並ぶ。この両地点を、北稜の航空写真の歪みを補正した正射写真上でまっすぐ結べば、その直線上に1975年の中国隊の第6キャンプの位置が現れる……………


ちょっとヘムレブさん何言ってるのか分からない。いや、だいたい分かる。あくまでも推定位置ですが、幻の「英国人の遺体」に向かって前進しました。


(; ̄○ ̄)/ アックスはどうでもいい。中国隊の第6キャンプを見つければ、アーヴィンが見つかる。



かくして1999年の4月30日に6人の登攀隊員が高度7800mの第5キャンプに集結し、翌朝から一斉に「調査区域」に向かって登高を開始しました。