本当は「聞」でなく、「耳」が「月」なんですが、私の携帯では変換不可能です。
内田百聞。
淡々とした、不条理な作品を書く作家さんです。
写真がエロ漫画で名高い山本直樹氏の作品なのは、彼が百聞の短編小説を漫画化したことがあるからです。
『山高帽子』という、よく分からない短編の漫画化でした。
原作では主人公は男性ですが、漫画では若い女性教師でした。
結婚を前提にした恋人もおり、仕事も順調……なはずなのに、主人公はなぜかイライラしています。
眠ろうと思えばいくらでも眠れる。(漫画のタイトルは『眠り姫』でした)
同僚の教師は不可解な言動で主人公の神経を掻き乱すし、
教え子たちも、何も非はないのに見ていてイライラする。
神経症めいた主人公の日常を淡々と描いた作品でしたが、かつて有害図書に名指しされたほどの描き手らしく、とりあえずエロはありました。
山本直樹氏は初期こそバリバリのエロ漫画家さんでしたが、『ありがとう』『僕らはみんな生きている』など、物語性の強い作品が増えてきました。
今は連合赤軍を題材にした『レッド』を描いてます。
割と初期から、『君といつまでも』『夏の思い出』など、ホラー風味の作品がありました。
淡々とした、突き放したような怖さがある作品です。
内田百聞の作品を漫画にする際には、恐る恐る百聞の遺族にお伺いをたてたらアッサリ了承されたそうです。
官僚でありながら「幽霊はいます」と公言し、起承転結がはっきりしない後味の悪い物語や、筋道のない悪夢のような怪異談を書く作家さんでした。
亡くなった友人の未亡人が、旦那さんが貸したはずだというレコードを返してくれとしつこくやって来る『サラサーテの盤』、
深夜の土手で、もう二度と会えない亡き父親の背中に呼びかけるも届かない『冥途』、
ついさっき殺人を犯したと語る友人に延々と語りを聞かされる『青炎』、
私はこんな短編が好きですが、ベストは『件』(くだん)。
読んで字のごとし。
頭は人間、体は牛という化け物です。
人面犬なみに、日本では昔からその存在が語られた化け物で、生まれてすぐに死ぬけれど、死ぬ前に必ず恐ろしい予言を語るといいます。
関東大震災や、日本の敗戦を予言したとも言われます。
百聞の『件』は、主人公がある時ふっと気付くと、自分が件になっていたという話です。
大きな黄色い月がかかる広い場所に、ぽつんと人面牛体になっている自分がいる。
これは困ったな。
主人公は案外冷静に受け止めますが、やがて遠くから沢山の人間がやって来るのを見て、ビビります。
件は予言をする生き物と言うが、何も言うことがないからです。
集まってきた人間たちは彼の周りに桟敷をつくり、
「予言をするぞ」
「ああ、きっとひどく恐ろしい予言に違いない」
と期待感たっぷりに囁き合いますが、マジで彼には予言するような事がありません。
どうしよう、
何も言わなかったら、苛められるんじゃないか……?
あと、件(自分)って、すぐに死んじゃうんだよな?……
淡々と悩む彼が身じろぎすると、群集はよほどヤバい予言だと思ったのか、一目散に逃げ去ります。
「これはなかなか死にそうにないなあ」
再び独りぼっちになった主人公は、淡々とそう考える。
こんな話です。
言いっぱなし、
投げっぱなし、
そんな印象がありますが、不思議に滑稽でシュールです。
面白いですよ。