木原郁子の旧姓は舩本郁子
木原誠二官房副長官の妻で木原郁子さんの旧姓は舩本郁子(ふなもといくこ) であることが判明しています。
木原郁子さんは1997年にモデルデビューしていましたが、過去に「舩本郁子」 という名前で雑誌「Cawaii」にも掲載されていました。
少し見づらいですが、下の方に「舩本郁子」 と表記されています。
過去にCDデビューしていたとも報じられており、芸名「URAN(ウラン)」で歌手としても活動していたようです。
モデル、舩本郁子=URAN(ウラン)のデビューシングル
と紹介されていますね。
木原誠ニ官房副長官【影の総理】
現在の妻、木原郁子(きはらいくこ)
旧姓舩本郁子(ふなもといくこ)
芸名URAN(ウラン)
舩(ふな)って珍しい漢字だよな
旧姓出したのは俺が初だと思う
調べても出てなかった
「あいこ」と書いてるメディアもあるが「いくこ」が正しい… pic.twitter.com/N235xwu0WO
— 煉獄コロアキ🔥COROBO (@rengoku56771) July 24, 2023
また週刊文春の報道で、木原郁子さんの父親は警視庁の警察官 であることも報じられています。
2つ下のX子さんは79年生まれ。父は警視庁の警察官。
引用:週刊文春
木原郁子の父親は舩本賢二?2023年春に叙勲も受賞
木原郁子さんの旧姓が「舩本」ですので、「舩本」「警視庁」と調べるとすぐにある方がヒットしました。
三重県桑名市HPの「春の叙勲等受賞者紹介」 の一覧の中に、「舩本賢二」さんという元警視庁警部の方 が掲載されていました。
受賞されたのは「危険業務従事者叙勲・瑞宝単光章」 で、危険業務従事者叙勲は、警察官や自衛官など危険性が高い業務に尽力した元公務員に贈られる賞だそうです。
すばらしい章をいただき光栄です。これからも元気に生活を送っていこうと思います。
とコメントされています。
こちらの記事が「更新日: 2023年5月31日」と表記されていましたので、受賞されたのは2023年春のようですね。
また、舩本賢二さんのFacebookから、木原郁子さん(旧姓:舩本郁子さん)との家族関係 や、法政大学出身 で過去にボクシング部に所属していた ことも明らかになりました。
木原郁子(旧姓:舩本郁子)の父親・舩本賢二は法政大学出身の元ボクサー?
こちらが木原郁子さんの父親・舩本賢二さんのFacebookです。
一般公開されているようで、家族構成には「娘 – Ikuko Funamoto」 の文字がありましたのでこちらで間違いないと思われます。
舩本賢二は法政大学・ボクシング部出身
また、最終学歴は法政大学経済学部経済科 で、在学中はボクシング部に在籍していた と記載がありました。
在学中体育会ボクシング部に在籍〜昭和45年に全日本アマチュアボクシング選手権でウェルター級第3位
と記載されており、過去にアマチュアのボクシング大会で第3位 になったとあります。
ボクシングの腕前は相当なものであったことが伺えます。
木原郁子の父親・舩本賢二の出身や年齢Wikiプロフィール
木原郁子さんの父親・舩本賢二さんの出身や年齢など更に詳しいプロフィールを紹介します。
名前:舩本賢二(ふなもとけんじ)
生年月日:1952年生まれ?
年齢:71歳?
出身:三重県四日市市
学歴:法政大学経済学部経済科
部活:ボクシング部
受賞歴:アマチュアボクシング選手権ウェルター級第3位、危険業務従事者叙勲・瑞宝単光章
職業:元警視庁警察官
舩本賢二さんは三重県四日市市出身。
1968年に三重県立四日市高校を卒業したとあることから、生まれは1952年、2023年度で年齢は71歳くらい ではないかと推定します。
舩本賢二の学歴|四日市高校卒業後、法政大学へ進学
舩本賢二さんの学歴はこちら。
1968年 三重県立四日市高校 卒業
1972年 法政大学経済学部経済科 卒業
地元・三重県の四日市高校を卒業した後、上京して法政大学経済学部に通っていたようです。
法政大学在学中には体育会ボクシング部に所属し、全日本アマチュアボクシング選手権でウェルター級第3位の成績を収めています。
舩本賢二の経歴|警視庁警察官引退後、春の叙勲も受賞
大学卒業後は警視庁で警察官として勤務されていました。
2023年春には三重県桑名市の「春の叙勲」に選ばれており、危険性が高い業務に尽力した元公務員に贈られる「危険業務従事者叙勲・瑞宝単光章 」を受賞されています。
警視庁では長年働かれていたのでしょうか?
評論家の猫組長によると、木原郁子さんの父親の役職や階級は「巡査部長」との情報もありましたが、詳細は不明です。
叙勲も受賞されているくらいですので、もっと上の階級であった可能性もありそうです。
こちらについては更に詳しい情報がわかりましたら追記いたします。
木原郁子の父親・舩本賢二の現在は愛知県名古屋市在住?
舩本賢二さんは現在は地元・愛知県に戻り、名古屋市のマンションで夫婦2人で静かに暮らしているそうです。
伊勢国の玄関口として栄えた愛知県名古屋市 のベッドタウン。2018年10月9日、澄んだ空を射抜くように複数台のバンが商業施設に滑り込んだ。その日の最高気温は27度。夏の残り香が漂う中、後部座席を降りた警視庁捜査一課の捜査員らは、隣接する分譲マンションの4階を目指す。築12年、約80平米の部屋には、老夫婦がひっそりと暮らしている。
引用:週刊文春
警視庁・警察官を引退され、現在は老後を奥様と一緒に静かに暮らされているようですね。
舩本賢二さんの家族構成は妻、娘、息子2人の5人家族 だったようです。
木原郁子の父親・舩本賢二の家族構成|妻,娘,息子2人の5人家族?
舩本賢二さんのFacebookには、家族構成として妻・娘・息子2人の5人家族 だと紹介されていました。
結婚されたのは1973年11月で娘1人と息子2人の5人家族だったようですね。
娘 – Ikuko Funamoto (ふなもといくこ)
息子 – Yuuji Funamoto (ふなもとゆうじ)
息子 – Shuji Funamoto (ふなもとしゅうじ)
と書かれていました。
妻はエステサロン経営
週刊文春の報道では、木原郁子さんの母親で舩本賢二さんの妻はエステサロンを経営していたと報じられています。
2つ下のX子さんは79年生まれ。父は警視庁の警察官。母はエステ店を営んでいた。
引用:週刊文春
「母はエステ店を営んでいた」と過去形になっていますので、現在は経営者からは退かれている可能性が高いです。
長男はバンドマン
木原郁子さんの兄で舩本賢二さんの息子はバンドマンだったようです。
「結婚したのは、種雄が23歳の頃。結婚の話が出たとき、バンドマンだった彼女の兄 が『式をやってもいいけど、(その費用を)結婚生活の資金にしてもいいんじゃない』と提案。結局、式はあげなかった」
引用:週刊文春
バンドマンだった兄の提案で郁子さんは結婚式を挙げずに費用を生活費に回したとあります。
なかなか堅実な息子さんであることが伺えます。
長女は木原誠二官房副長官の妻・木原郁子
そして長女は木原誠二官房副長官の妻・木原郁子さん。
過去にはモデル活動もしていて、1度目の結婚で同じモデルをしていた安田種雄さんと結婚。
2006年に安田種雄さんが不審死したことから死別し、銀座のクラブでホステスとして働いていました。
ホステス時代に木原誠二さんと出会い妊娠したことがキッカケで入籍し、元夫との子供2人・木原誠二さんとの子供2人の計4人の子供を育てる母親でもあります。
次男
次男については詳細な情報はありませんでした。
こちらも何かわかりましたら追記いたします。
木原郁子(旧姓:舩本郁子)の父親は元ボクサーで警察官だった
木原誠二官房副長官の妻・木原郁子さんの父親は警視庁の警察官で、元ボクサーであることが判明しました。
過去にはアマチュアのボクシング大会で入賞するなど、腕前も相当なものであったことがわかります。
2023年春には叙勲も受賞しており、現在は地元の愛知県で余生を過ごされているようです。