ずっと最近は連絡を取っていなかった毒母
しかし、今日は母の日なので私はどうしようかと考えた。
こんな憎しみしかない母親にありがとうと言いながらお花を渡すのは自分を許すことが出来なさそうなので
母を本当は自分とは血が繋がっていない育ての親と仮定してみるといくらか心が落ち着いた。
いや、しかし育ての親とはいえ、血が繋がっていない娘に「おまえはブスだからきっと結婚出来ないだろうから自衛隊に入って自衛隊の人と結婚しろ」や「こんな色が黒くてブスで友達もいなくて性格がへんなやつはいない」などはいわないだろう。
とするとやはりまともな大人が言うセリフではない。
こんな相手の気持ちを考えられず自分本位で生きる生き物
そう2歳児だ
やつは見た目は大人と化しているが精神年齢が2歳児だ。
相手を思いやる機能が未発達の為自己を出して受け入れてもらいたい願望が強い時期だ
私は昔から子供が苦手だった。自分が子供の時でさえ子供なんて嫌いだ。みんな消えてしまえと思っていたくらい子供嫌いな子供だった
だから看護学校の実習でも必ず保育所実習がありとても嫌だった。
なぜか私は0歳児から2歳児のクラスだけは嫌だと思い3歳から5歳児のクラスを希望した。
看護学校の友人は喜んで0歳から2歳児のクラスを担当して可愛い。癒されると言っていた。
私は可愛いなんて思わない。ただの猿だ。全然癒されないと思っていた。やはりそのころから私は相当捻くれた思考だったと今思う。
とにかく2歳児が怖かった。容赦なく自己をぶつけてわめいて泣く存在が怖かった。
きっと。いや2歳児に母親を完全に投影していた。
私は念願の3歳児から5歳児のクラス担当になりほっとしていたが、昼寝の時間保育所の先生とひたすら砂場の中にある猫の糞を掘り出したり5歳児の元気な男の子から棒でずっと浣腸攻撃をされる貴重な体験をした。
話がずれたがとにかく母親は2歳児だと思う事で心が納得した。
そして母親の為ではなく自分が娘としてちゃんと役割を果たして罪悪感を持たないようにする為お花を買った。
以前母親にアジサイの可愛いお花をプレゼントを渡したが「私はアジサイ嫌いだから」と言われ私の庭にプレゼントしたアジサイを植えられた苦い記憶があるため、今回は突き返されてもいいような私が好きな花ばかりを選んだ。
そして誰よりも食い意地が強い母親用に和菓子を1000円分くらい買った。
そして意を決して家に行った。
母親は元気に外を掃除していた。
私は家の中に入ると気持ちが下がるのでそのままそとで「はい母の日」と渡したが
「まーありがとう所で子供たちは?」
と相変わらず話がかみ合わなかったが
心のなかで「2歳児だからこの会話なので仕方ない」
と折り合いをつけてそれで帰った。
頑張ったえらいぞ自分!!
まだ今のところ私が渡した花は返ってきてない。
意外と気に入ったのか私が怖くて来ないのか分からないが
当分くるなよと願い今後も出来るだけ距離を置いて過ごそうと心に誓った。