こんにちは

久しぶりの漫画です(笑)

母親はそういえばずっとイライラしていたなーっと

なんで外では大人しそうなふりをして

家では暴言と子供にぶちまけるのか

意味が分かりませんでした。

父親も母親に怯えているので

皆自然と母親に気を使いながら関わるもの

そう心得て生きてきました。

母親は私のやる事なす事反対していたので

高校生の頃私が原付きの免許を取ってバイク事故を起こしてしまい

立ち上がれなかった私は父親に電話

父親が来てバイクを運んでくれて病院に行ったのですが

父親が私に
「お母さんがこの事を知ったらきっと怒るから内緒にしていておくわ。」

と言ってるのを思い出しました。

私は怪我もしていてバイクも破損してるのですが

私の怪我よりもバイクよりも

母親の逆鱗に触れる事の方が私も父親も怖かったのです。

今考えるとやっぱりおかしいなと思うのですが(笑)

どんだけ怖いだよ母親が(笑)

怖いというより訳分からない存在といった方がいいですかね。

とにかく不穏な空気にさせないように

してましたね。

兄も昔喧嘩して顔面ダラダラ血が出て帰って来たのですが

私には絶対に母親には言うなと言って部屋に籠もってました(笑)



でもすぐバレて嘘の理由をついてました(笑)

ありえないですよね。

母親には結婚する時も妊娠した時も

必ず嫌な顔をされるのが分かっていたのでギリギリまで言いませんでした。

言っても分かってもらえない。反対される。認めない。が分かりきっているんですよね。

そして母親がヒステリックになって暴れる(笑)


怪我よりも、ヤクザよりも怖い母

忘れられない出来事です。

今日は天気も良かったので

宮崎の青島神社に行ってきました。

久しぶりに行きましたが

コロナの影響で観光客は少なめで

ほぼ宮崎人とちょっと外国の方もいて

マスクと手洗いを徹底してお参りしてきましたよ


コロナ終息祈願でこんなものがありました。
昔から疫病が流行ったらこの輪っかに3回祈りながら通ると疫病が収まるといわれてるらしいです。
 
コロナは漢字で虎露那と書くんですね

当て字でしょうかね。

家族と一緒に日本がコロナ終息しますようにとお祈りしてきました。
青島神社はエネルギースポットなんですよー

今日も素敵なエネルギーでした☆

この写真を皆さんにおすそ分けです♥

さてさて

青島神社に行った後は

お決まりの水遊び








はい。ずぶ濡れでした(笑)

気分転換も出来て楽しい休日でした。
おはようございます。

久しぶりの更新です。

が、まだ母親の事を漫画に書こうとすると手が止まる

というか思考が止まる。

完全にトラウマ状態です。

私が記憶にある

1番最初の夫婦喧嘩は

まだ視界がぼんやりぼやけていましたが

両親が激しく言い争っていました。

何が原因かは分かりませんでしたが

母親がしきりに紙を見せて父親に怒鳴りつけてました。

その紙は青い線でした。

その紙を持ち父親に叫び怒鳴っていた母親の記憶があります。

随分後になってその喧嘩はなんの喧嘩だったのか尋ねると

母親は「紙?青い線で書いてあったやつ?もしかしてお父さんがおじいちゃんの借金の連帯保証人になってたやつかな。あー今思い出しても腹が立つ!!」

私「連帯保証人?始めて聞くけどそれは私が何歳くらいの頃かな?」

母「確かあんたが2ヶ月くらいの赤ちゃんの時だよ。こんなに小さい子供がいて連帯保証人になるお父さんに、腹が立ってねー。」

私「その時の事を覚えてるよ。ものすごく怒鳴りあってたよね。紙を持ってお母さんが怒鳴っていたのを覚えてる」

母「あんたはその時赤ちゃんだから覚えてるはずないでしょー!!気持ち悪いね!なんでそんな事を言うのかしら」

と言われた事を思い出してしまいました。

私はなんと生後2ヶ月から両親の怒鳴り合う姿を見ていたのです。

しかも覚えてる。

やっぱり両親の喧嘩は子供ながらに恐怖で強烈な印象を持つんだなと実感した所です。

ある文献によると

両親の喧嘩を幼少期に見せられた人ほど 

攻撃が他者よりも自己に向かう

と書いてありました。

私はビビリなのでリストカットは出来ませんでしたが

自分を責める傾向が強くあります。

なるほどな

と妙に感心してしまいました。

全然自慢にならないけど

1番最初の記憶は夫婦喧嘩(笑)

さすがうちの親です。






本当に家に帰ると

突然切れて

家が汚いどうなんってんだこのやろー!!と

叫びわめいていたのど

近くの保育所まで叫ぶ声が聞こえていたので

心配で見に来てくれる人もいました。

隣に住んでいた叔父さんが

いつも母親を静止したり注意してくれるまで

誰も何も言えない

そんな異常な状況でした。

幼心に

こいつは一体何なんだ?

母親ってこういうものなの?

と不思議でなりませんでした。

世の中では夫が妻にDVでしたが

うちでは妻が夫にDVでしたので

こんないつキレるか分からない母親に

神経を研ぎ澄まし

いつもキレないように気を使い
 
良い子を演じてきた私は

家というのは休らげないもの

私が良い子を演じて

この家庭を支えなければ崩壊すると

本気で思ってました。

そのツケが

自分より、家族を優先する事で

私が本当にやりたかったことや

望んでいたものは

何なのか

未だに分かりません。 

あの頃に帰って母親をぶん殴りたい

怪我をしてもいいから反撃しとけば良かった

そしたらこんなに大人になっても

母親に怒りを抱かずに生きていけたかもしれないのにと

思うことがあります。

しかし私は良い子を演じて生き抜く事を選んでしまいました。

母親のご機嫌を損なわないように

母親が望む良い子を演じて

気に入られて罵声を出来るだけ浴びないように生きる

そうやってサバイバルして生きてきました。

よく頑張ったな自分

今は褒めてあげたいです。
 
そして今からは子供のときに出来なかった

やりたい事をまず一番にやる

誰にも遠慮なく選ぼうと決めています。

大人なった今でも自分の判断で決めるのが苦手です(;´Д`)

つい周りはどう思うかなとハラハラしてしまいます。

やりたい事を選ぶ

好きな事をするのは

私にとってはハードルが高いのですが
 
出来るだけやるようにしています。

子供時代に出来なかった選べなかった悔しさがあるので

今日も観て頂いてありがとうございます。