落ちの後に気がついたこと

 

「和楽」at Home の落ちのブログの続きです

 

言われれば、な~~んだ、と思うかも知れませんね~。

 

ピアノを煩わしく思い、

嫌う人もいる!

 

ということ。ショボーン

 

そんなのあったりめ~じゃん、と

言われそうです

 

頭では、もちろんわかっていたのです。

ピアノとの付き合いは長いですもの

 

なのに、なぜ今

また強烈に再認識させられるのか

 

という疑問は残りますキョロキョロ

 

 

過去にはピアノが原因で引越しもしました

 

なので

 

今回の引越しでは

天井に防音処置をし

非常識な時間はもちろん

音を出さないようにしていたわけで、、、

 

なのに、

今回、その語気の強さが身体に波紋を呼び

体感として認識されたのですかね

 

ただ、不思議だったのは

その波紋は

お腹には響かなかったびっくり

 

 

彼女が

”私の生活がある”と叫んでいるように

私にも

”私の生活がある”のです

 

以前なら

謝ったり、私が悪いことをしているように感じてしまっていました

 

ではなぜ

謝るのか?悪い事をしているのか?

 

いえいえ、悪いことをしてはいないと思うのです。

 

謝れば、済む、と思っていたのでしょう。

自分さえ飲み込んでしまえばいい、と。

黙って、合わせれば物事はうまくおさまる、と。

 

 

 

私の生活は「音」と一緒に成り立っています音譜音譜音譜

 

 

ここで今回は自分に違う気持ちがあることに

気が付きました

 

 

ピアノを好きになってもらいたい(期待)とか

許してもらいたい、(諂い)とか

譲歩してほしい、とか

謝る、(卑下)とか

ビクビク(恐怖)する、とか

こちらもやり返すとか

・・・

 

ではなく、

 

彼女と折り合いをつけるには

どうしたらいいか

をただ、ただ考え抜くことではないかと思ったわけです

 

どうかしようと思わない

 

ただ、最善と思われることをするのみ

(かなりの努力を要しますが)

 

顔こそ合わせませんが

同じ建物に共存しているわけです

 

問題を大きくするのは

お互いに気持ちの良いものではないことは

 

明白です

 

まずは文字に起こし

手紙を書いてみることにしますウインク