昨今、文章系SNSのThreadsにおいて、習い事の先生が月謝にボロボロのお札を入れてきたことを写真付きで晒し、親を揶揄した挙句、師への尊敬の姿勢がない時点で子供がどうなるかといったおどしめいた投稿が物議を醸したことをご存知だろうか。


もはや投稿主も記事自体を削除してしまっているので、正確にどのような文章だったのか確認もできないのですが。


発言した「先生」はその世界では割と有名で、人気があり、教わるとコンクールで受賞するレベルの実力をつけられるらしい。


(すべてスレッズで「〜らしいです」「〜みたい」といった推測の発言から私がわかった気になって知ったかぶりをしているだけで、真実はわかりませんが)


一番の問題はお札の古さ云々ではなく、先生の高慢な態度と「生徒への不利益を示唆する発言」だが、


先生へのお札が古札なのか新札は果たして問題なのか?

ひいては

習い事の先生への月謝が現金のみという時代錯誤感

と、話題は広範にわたってあーだこーだと物議を醸した。


正直、私も習い事の先生に毎回新札を意識して準備しているわけではないから、ちょっぴり耳が痛い話。

(でも最近はボロッボロのお札って逆に見たことないような?)


ただ、この一連の流れで思い出したのは自分が書いた記事のことである。



特定の文化的な習い事は保護者も先生に対するリスペクトが必要なジャンルである、ということを私は知らなかった。


おそらく私がうちの子を通わせていた上記の先生は「新札じゃないなんて無礼千万」側のマインドだったんだろうな、と、今になって思う。


一方で私は古札しかなければ古札を月謝として出す側の保護者であろう笑

上記の習い事の月謝は自動引き落としだったけどね


ま、今更どうでもいい話なんだけど、「そういう世界ってあるよね」と思い出した記事だった。


数年だけどそういう世界を知ることができて良い経験になりました。


ちなみに件のスレッズの記事に対し、習い事の先生に新札を用意するかどうかは育ちに関わると断言しておられる人もいた。


うーん、そう言われちゃうと悲しいけど、習い事の先生への月謝が現金のみという支払い方法に対し、

「絶対税金対策ですよね?申告してないですよね?」

って密かに思っちゃう私はまったくもって育ちが悪いです。はいてへぺろ次からは新札にするYO!


キャッシュレス化が進み便利な世の中であるにも関わらず旧態依然とした現金のみの謝礼方法、10年先には失われているのではないかと予想しております。はい。

習い事の先生もAIに変わってるかもしれないしね…。