今日は学生時代の友達、Oちゃんの話をしようと思う。


Oちゃんは当時、一人暮らしをしていた。


「大学は絶対に東京に行きたい」という本人の希望で地方から上京してきたのだという。


始まりはどんなご縁だったのかあまりよく覚えていないが、私はOちゃんを含めた4人グループを中心に学生時代を過ごしていた。


ある年の夏休み前、4人で「夏休みどこに行く?」といった話をしていたらノリで3人がOちゃんの実家に押しかけることになった。


(Oちゃんはもともと帰省予定だった)


自分たちだけで行くとある地方の場所はなかなか遠くハプニング話だけで1つのブログが書けるくらいだけどここでは割愛する。若いっていいね。


Oちゃんの実家はとても大きくて立派。往復の切符だけ買ってノープランで突撃した私たちにもかかわらず0から100まで面倒を見てくれた。感謝してもしきれない。


人生で初めて行く神秘的な場所、綺麗な海…貴重な経験をしに連れて行ってもらった。確か飲食代や宿泊費などすべて出してもらった。


お父さんが事業をしており、お金があるから遠慮しなくて大丈夫みたいなことをOちゃんは言っていて、若い(学生の)私は真に受けてしまったのだが、今となればもっと礼を尽くしておくべきだったなぁと思う。


それから皆社会人となり、4人はそれぞれの道を行くことになった。


Oちゃんは東京で就職、結婚出産をしたが、子連れで別居という形で実家へ戻り、しばらく経ってから離婚した。その後もしばらくは実家で暮らしており、時々上京してきたタイミングで会うこともあった。


実家に帰ってからOちゃんはご両親の看病介護をしていた、という。


実家住まいとはいえ子供も一人で育てながらの介護…Oちゃんの負担はどれほどだったのだろうか。


やがてお父さんが亡くなり、お母さんは痴呆が進み、施設へ入ってもらっていた。


Oちゃんの子供が就学する頃、子供と二人で再び東京近郊へ戻ってくることになった。


それからコロナ渦に突入したということもあるが、6~7年は会っていない。Oちゃんがどういうビジョンで我が道を選んだのか真相はわからない。


でも思い出すのは立派なご実家、素敵なご両親、娘の友達への素晴らしいおもてなし。


至れり尽くせりの環境を、Oちゃんはすべて投げうって東京近郊へ逃げてきたように私には見えた。


Oちゃんは、与えられたものよりも自分で切り開く方を選択したのかもしれない。


ちなみにOちゃんは結婚前に勤めていた会社に戻り、私が最後に知る情報では彼氏と同居している。


人には事情というものがあり、同じ年齢、同じ時期に共に過ごした仲であってもすべてを知り、理解、共感することは不可能だ。


それでも、Oちゃんが今は幸せを感じる瞬間があることを祈る。