先日、母から電話が入ったときのこと。
先週、一時上京して姉のところに居たのだが、その時の話がしたかったらしい。
姉の現況を母から聞くうちに、会話の流れは私の近況へ。

孫に関しては、結婚3年目あたりから、母から急かされていた。
どこぞの子宝神社に行ってお守りを買ってきた、だの、
私が気持ち悪くて吐いたという話をしたら「妊娠?」だの。
近所の同級生のお嫁さんも結婚してしばらく子供ができなかったけど、
不妊治療で排卵誘発剤を打ったら双子ができて今幸せそう、だの。

私自身、欲しくても授かれないという状況下において、
親から期待されることにプレッシャー、嫌悪感、反発を感じ、
母との関係がぎくしゃくした時期もあった。
私と母はとても仲が良かったのだが。
結局、昨年夏に帰省した際、急激に母の老化をひしひしと肌で感じ、
早くこの人に子供を抱かせなくてはならないと決意したのが
不妊治療の門を叩いたきっかけでもある。

「不妊治療始めたよ」
詳しくは報告せずメールでササっと伝えた。
おそらく母は不妊治療というものが排卵誘発剤を打って確率を
アップするものだというくらいにしか想像していないだろう。

詳しく話す必要は無いと思っていた。
出来てしまえば方法はなんであれ尊い命にかわりはないのだから、
遠く離れた父母に、娘が大変な思いをしているなどと心配をかけたくない。

…が、今回の電話で、具体的に「体外受精・顕微授精」という単語は
出さなかったが、話の流れでつい、
「東尾理子と同じ病院で、日本一有名な病院」
「受精はしているようだが、着床するまでは回数を重ねないといけない」
「妊娠は奇跡の連続に感じる」
などの話をしていたので、うっすらと感じ取っていたのだろう。
フン、フン、と聞いていたが、
「ごめんね、急かすようなことを言ってそんな大変な思いをさせて」
と、母がぽつり。

私は母に謝ってもらいたかったわけではなかった。
今思えば、こうして積極的に活動を始める前はどうして赤ちゃんが
出来ないのかわからず、自然妊娠できると思っていた。
毎月毎月、排卵日を自分で予測して。
夫がその日は仕事だったり、もしくは疲れて出来ないときは苛立ち、悲しみ。
タイミングを取れたとしても、高温期になると妊娠しているのではないかという
期待だけがふくらみ、リセのたびに辛かった。
今、自然妊娠出来ない理由も、自然妊娠が無理ということがわかったのも、
治療を始めてからクリアーになって、少なくとも、スッキリした。
そして治療に踏み込むきっかけは、母と言っても良いわけで。

なによりも、何もしていなかったあの頃と比べて、
妊娠の可能性が明らかに上がったことも、
母とのわだかまりも消えたことも、単純に嬉しいのだ。

それからは、話題は楽しい妄想(汗)へ。
出産は東京でしたいと思っているということ。
産後は母に来てもらいたいこと。
母が来られない場合の対策も、調べてあるということ。

母は地元で出産するものと思っていたようで少し意外そうだったが、
喜んで来てくれるようだった。
つい妄想話は止まらず長々と話してしまったが、
「でもいいね、こういう良いイメージを持っておくことは」
という〆で、母との電話は終わった。

キラキラした妄想に頭の中がすっかり幸せな気持ちになってしまったが…
ふと足下を見下ろすと、今はまだ、妊娠の影も見えていない状態。
果たして、そんな夢のような日が来るのだろうか。
また、絶望、失望、涙、恐怖、焦り、不安、自信喪失…そんな感情の渦に
飲まれる日々が訪れるのではないだろうか。
先の見えない治療は希望と失望の繰り返しだ。
精神も肉体も家計も疲弊する。

それでも、立ち上がらなくてはならない。

私の母は、流産を含めると5~6回は妊娠している。
私は母の娘。大丈夫、妊娠は出来る筈だ。
そう思い、気持ちを奮い立たせる。

短時間だけ働いている保育園で、子供達を抱っこ出来なくなってしまった、という母。
乳児なら抱っこ出来る、今のうちに。
母を祖母にしてあげたいのだ。

昨日、ソフィアAを飲み終えた。
今週中にはリセットが来て、移植への新しい周期が始まる。
移植は期待も恐れもあるが、まだ見ぬ我が子のため、全力を尽くしたい。