もう来るなと、身支度を整える背中に声を掛けた。
シャツの袖口を気にするように俯いた顔は、こちらからは表情を伺えない。
返事がないのは聞こえなかったからなのか、聞こえていての無視なのか。
どちらでも良い、知らないままでいたい。
聞こえなかったのならその方がどんなにかいい、と思う己の勝手さに呆れる。
空賊の取締をいっそう強化し、戦で手薄になった国費を稼ごうと元老院が結論づけたのは
ほんの昨日の事だ。
ジャッジマスターと空賊。
この部屋に来る事がどんなに危険かを、かってジャッジを務めた男に説明するまでもない。
素知らぬ顔でベストの紐など締め始める手を手伝ってやる。
ほら、と脇に手を掛ければ、ん、と両手を軽く上げ着付けを任せる仕草はいつも通り。
まったくなんでこんなに面倒な服を…。
脱がすのはあんなに得意なのにな。
軽く笑う声が…小さく震えているように、聞こえた。
いつも通り向きあって、お互いの頬に口づけて
いつもより、長く見つめ合った後、
バルフレアはエアバイクに跨り、自分の空に還っていった。
一度に高く舞い上がり、ちらとも振り返らずに去って行く後ろ姿は全く普段どおりで、
あの言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか。
確かめることも出来ぬまま、もうずいぶん経ってしまった。
イヤーカフをそっと床に落とすのが精一杯だった。
振り向かず空に飛び出す。
なぁ、オレの背筋は真っ直ぐに伸びているか?
アンタの告げた、もう来るなの言葉が聞こえなかった呑気な恋人に見えてるか?
予感はあった。
数ヶ月ほど前だったか新米空賊がジャッジに逮捕された時に、想像以上の重い刑が言い渡された。
帝国は、国家の威信をこんなちゃちな所でひけらかすのかと、空賊仲間で笑いあったもんだ。
捕まる方が愚か者。
ちっとでも空賊稼業を名乗る奴らは皆その覚悟で生きている。
それでも厳重過ぎる処罰を科した国家に対抗すべく、そいつを皆で脱獄させて、俺等空賊は面目躍如とばかりにはしゃいでいた。
ナルビナは相変わらず隙だらけだぜなんてオレはバッシュに忠告したりしていた。
馬鹿な事をしたもんだ、と思ったのはその後だ。
実の所、そんな事をしたせいでますます取締が厳しくなっただけだった。
バッシュには笑い事で済まなかっただろうな。
その事件の後は、逢う度に無事でよかったと泣かんばかりに抱き締められた。
時折考え込むようにオレの顔を凝視するバッシュは、
からかうには真剣過ぎて、かと言って放っておくには深刻過ぎて、黙って横に座っている事しかできなかった。
いつかはオレから言い出さなければ、と思っていた気もする。
法の番人ジャッジマスターと賞金首の空賊と。
好きならそれでいいと言うにはお互い背負ったものが多すぎる。
ただ、それを言っちゃおしまいだろ?そう思ってもいた。
オレが来ないと言い出してアンタが傷つく。
それが恐くて言い出せなかったオレより、アンタの方が勇気があったのがちょっと癪だ。
安心しろ、バッシュ。
アンタが望むならオレはもうその部屋に行かない。
それからオレは情報収集に明け暮れ、あちこちに賄賂をばら撒き、
着飾ってあちこち出掛け、合間にこっそり宮廷を覗いたりした。
勇気はあるが今ひとつ頭が固い馬鹿ジャッジが、たまに兜を外している姿が見られたが、
片耳にまったくもって似合わないイヤーカフをしているのは笑えた。
もう少し上なり下なりに付けた方がカッコがつくってもんだろうよ。
生真面目な中年オヤジは耳の真ん中にぴっちりオレのカフを嵌めて、真剣な顔で任務に取り組んでいらっしゃる。
その頬が少し痩せているような気がして、
耳のど真ん中に堂々と付けているのが、オレへのメッセージのような気がして、
オレは慌ててその場を離れた。
これ以上見ていたら、我慢できずにジャッジ連中の真ん中に飛び出してバッシュに抱きついてしまう。
「なんでまた…そんな突拍子もない事を思いついたんだ…」
「なんでまた、勝手な事をしやがる」
今、オレ達は久し振りの、本当に久し振りの逢瀬に相手を罵り合っている。
バッシュはあの旅の時のようなラフないで立ちで。
オレはギンギンの…帝国上流貴族の姿で。
場所はバッシュの部屋。
但し宮廷内ジャッジマスター専用官舎ではない。
帝国街外れのこじんまりした、というよりはぼろい一軒家だ。
「ご大層な務めとやらはどうした。あの世で弟にどう言い訳するつもりだ」
「キミこそあんなに嫌がっていたブナンザをいけしゃあしゃと名乗るなど」
「誰のせいだと思ってる!!
身の安全をアンタに証明して、しかもアンタに逢う手段として元老院議員に潜り込むしか思いつかなかったんだよ」
「誰のせいは…こっちの科白だ。どんな思いでジャッジを辞めたか…。
ラーサー様に告げた時、国家より弟よりも色恋のほうが大切ですかと言われた時の…」
「さぞかしこっ恥ずかしかったろうよ。
いい歳こいた中年親父が」
「お生憎だな。その中年親父に…キミは…」
「ああ。逢いたくて、プライドを捨てて走りまわったよ。
そしてアンタは…」
「義理も信念も、何もかも捨ててキミに堂々と逢いたかった」
「アンタは動かないと思った」
「わたしもだ。だが離れてわかった。
一番大切なものが」
切なげに、腕を伸ばすバッシュに、我慢できずオレは一発蹴りを入れた。
離れてわかった?遅い!
( 2010.12.28~30 再録/若干修正 )
不出来過ぎ…。
なんだか別れさせねば!と唐突に思い、ラストをきめないままバッシュ独白部分をUP。
したはいいが後半が思いつかず…とんでもない駄作に…。
無念。
かっこいい別れだったのに、再会がマヌケ~。
【くっつける話・ギャグ編】
……どっちをUPするか迷った……が、あんまりなのでこっちは内緒的な扱い。
バッシュ独白後、です。
「だから~俺がバルフレアだって」
「なんだこのガキは」
「空賊バルフレアは生きているぞ~」
「あ、ジャッジ・ガブラス。良い所に。何でも空賊バルフレアを名乗る男…子供が自首しに来ているのですが…」
「な、何?!!バルフレアが?!
あ、いやその…で、…ってヴァ・ヴァン?!」
「バッシュ~!久し振り!!俺だよ俺、空賊バルフレアなんだけど捕まったんだよ」
「え~あ~、話が見えないのだが…」
「な~に気取ってんだよ、困ってんだろ?
バッシュさぁ、バルフレアすっごく怒ってるんだよ、知ってる?
このオレに来るなとはいい度胸だな、つってさー。
毎晩すっごいお酒飲んで、ふらふらどっか遊び歩いてるらしいよ。
酒場でもオレは今フリーだから毎晩寂しんだよな~なんて、
誰かれ構わず色目使って、全部ただ酒。奢られまくり」
「い、色目?!」
「そ。
で~あれだろ?バッシュとバルフレアが付き合ってんのバレたらやばいんだろ?
ジャッジマスターがダルマスカの元将軍、なんて弱み握られたらバッシュだけでなくてラーサーもやばいって言うじゃん。
だからバルフレア、身を引くって言ってた。
あいつの弱みになるのはごめんだって。
なんか可哀想じゃん、そういうのって。
そしたらパンネロが身代わりの人がいればいいって。
空賊バルフレアが逮捕されれば、バッシュんトコに出入りするのはただのバッシュの恋人だって。
で、俺が一肌脱ぎに来たんだよ」
「ヴァ、ヴァン…気持ちは有り難いが…この場でそんなペラペラと…」
「いいんだ。
俺、あの旅で本当にバッシュともバルフレアともカゾクみたいな気がしてたから」
「いや、だからその名前をそう簡単に…」
「なんだよ~、バッシュはバッシュじゃんか~。
バルフレアが言ってた。
あいつはもうガブラスなんだ。
あいつがそう決めた以上、オレが認めてやんなきゃ、って。
でもさ、バッシュはバッシュだよな?」
「う…あの…」
「バルフレアはバッシュのモンだって、だから逢えなくてもいいんだって。
顔見なくても気持ちはわかる、ってバルフレア…怒ってるって口では言いながら…
無理してるみたいに眼を細めて…笑ってた…」
「あ、お集まりのジャッジの皆さん、わたしがバッシュです、はい。
ジャッジに相応しくない?そうでしょうともわかります。
じゃそういう事で大変お騒がせ致しました。
今まで騙していて誠に申し訳ない。幾重にもお詫び申し上げます。
ダルマスカの元将軍なんで、この場を失礼致します~。
あ、ヴァン、良かったらこの鎧兜を君に贈呈しよう。
似合うぞ、じゃ!!」
「なんだよ、俺がじゃっじますたーになっていいの?マジ?やった~!!
宜しくな、ラーサー!」
( 2010.12.31 再録 )
もう…言い訳できん…。
ヴァンごめん。