「それやって何になるん?」



いつも意味や目的を求められ大人になった子供は意味や目的がないことはやってはいけないと思ってしまう。



意味なんてなくてもやりたい気持ちだけで十分だ。大体意味なんて無理矢理あと付けしてるから。








意味や理由を考えてる間にフレッシュさが失われてしまう方が勿体無い。


気持ちは生き物だから、大人も子供も生きた気持ちの息の根を止めないようにしよう。



友人が父親に良かれと思って言ったことで言い争いになったと嘆いていた。

お父さんのことを思って言ったんだから友人に非は無い。

ただお父さんにも失敗する権利がある


それを尊重するってのはどうだろう


失敗を選ぶ自由がある


それを束縛しないってのはどうだろう








「あなたのためを思って」は、失敗した姿を見て悲しい思いをしないための防御かもしれない。



失敗したら本人が悲しいとか辛いとかって勝手な思い込みの可能性もある。



私達がやりたいことを相手の理屈で止められたらどう感じるだろう。



やる人間よりも見守る人間の方が強さが必要な気がする。


違和感はこの世で生きていくために


神様が授けてくださった大切な感性だと思う。




世の中では普通とか常識だと言われるもの

良く耳にするものや目にするもの

なんか変

なんかおかしい

なんか好きになれない

それは絶対スルーしない方が良い。







野生の動物は一瞬の違和感をキャッチできるか


どうかで生死が決まる





自分の違和感を信じる

それは自分を信頼することに繋がっている。



私達は動物なんだということをもっと意識

して生きた方が良いように思う。






強さと弱さ

鍛錬と養生



一旦緩むから次に力を入れることができる。




弱いのは悪いことじゃない。


弱さがあるから強さを感じられる。


全て陰陽









しっかり落ち込むからまた頑張れる。


思いっきり下がるからその勢いで上がれる。

中途半端が一番扱いにくいのかもしれない。







 

 

 

 




地図アプリやカーナビができたことで迷う


ことがほぼなくなった。


「間違わないことが良い」


「迷わないのが効率的」




そんな思考に支配されると失敗することや迷うことに耐えられなくなる。


答えがない世界に放り込まれた時はどうするんだろう。









子供の頃地図を頼りに迷い間違えながら山道を歩いたオリエンテーリング。

目的地を見つけた時の震える様な感動と達成感は今でも身体が覚えている。


そんな体感を味わいたかったら怖さを経験するしかない。

地図アプリやカーナビじゃなく


自分の感覚を信じて進もう。