夢は何ですか?
って質問に
なんて答えてましたか?
わたしは
幼稚園
小学校
中学校
高校
専門学校で
当たり前に訪ねられる“夢は何ですか?”って質問に当たり前に「職業」を答えるのが苦手な人間でした。
小学生くらいまでは“プロ野球選手”って答えていたけれど
中学3年生の頃に左足の靭帯と半月板を損傷する大怪我をして選手生命は絶たれ、
その後は夢を答えるための明確な職業をなかなか見つけられずにいました。
高校生の頃にぼんやり大学か専門学校か就職かを選ぶ時に怪我が多かったのでお世話になっていた鍼灸師に憧れて、その頃は夢を訪ねられると“鍼灸師”と答えていました。
が。
果たして“プロ野球選手”や“鍼灸師”になる事が夢だったのかと訊かれると、なんとなく違う気がしてました。
自分の中で職業は手段だと思っていたからです。
プロ野球選手にはなれなかったけど
鍼灸師としても長続きしなかったけれど
夢に破れた感覚はあまりありませんでした。
じゃあ、私にとっての夢って何だって考えた時、全然わからなかったんですよね。自分の事が。
でも最近は
"死ぬ時に「あぁ〜面白かった!」って死ぬ事"
だって答えてます。
抽象的すぎる!
だけど、夢ってそんなもんでいいんじゃないかと思ってます。
美味しいものが食べたい
かっこいい音楽に出会いたい
たくさんライブに行きたい
大好きな友達と楽しい事をしたい
大切な人と大事な時間を共有したい
そんな事を夢として語れないのってもったいない気がしませんか。
先日、オリエンタルラジオの中田敦彦さんのラジオにキングコング西野亮廣さんがゲスト出演されたラジオを友人におすすめされて視聴しました。
二人とも夢を語りながら
夢を語ることの大切さを話されていました。
ストラテジーへの考え方が面白くて
『要所要所で勝ちながらストラテジーではなく、夢を語る。ストラテジーは後から付いてくる』と言うような発言に私は感銘を受けました。(ちょっと大袈裟だけど)
やりたい事、したい事を考える時に
どうしてもやり方に悩んだり行き詰まったりして
やりたい事やしたい事をまっすぐ語る事が出来にくくなっていた気がしたんです。
でも、戦略は戦略家が考えるから夢を語ってればその夢に賛同する戦略家が戦略を持って来てくれるって発言を聞いたら
やりたい事をやる為に、そんな所で二の足を踏んでいる事がなんて勿体無い事なんだと思えました。
やりたい事をやる為には、やりたい事を発言する事から始めればいいんだ!と。
めちゃくちゃ簡単な事なんですけど、
この簡単な事をなかなか出来ないんですよね。
出来てますか?やりたい事をやりたいって言う事。
わたしはやりたい事をやりたいと思って発言する事、躊躇してました。
大好きなa flood of circleの『青く塗れ』と言う曲の歌詞に
〈好きにやるのは 覚悟がいるよ 好きにやるやつ 俺は好き
やりたいことしかやりたくないのさ俺の人生 お先真っ青 バケツに手をかける〉
と言うのがあります。
(めちゃくちゃ好きだから聴いてほしい→https://youtu.be/QnY0bQY5RCg)
そう、
好きにやるには覚悟がいるんですよ。
そして
やりたいことしかやりたくないんですよ。
そんな風に思ってるなら
やりたい事やるしかないじゃないですか。
やりたい事やりたいって言うしかないじゃないですか。
出来るかの覚悟じゃなくて
やる覚悟なんですよね。
ずっと、みんな、やって来た人は簡単に言いますけど
簡単じゃないから、やる人を応援したくなるしやる人が輝いて見えるんだなって。
やりたい事がある人を羨ましく思うだなんて発言を前を向いて進んでる人に投げかけたりしてましたが、やりたい事がない人間なんて本当は誰一人いないんだって思いました。
そして、やりたい事何もないよって嘆いてる自分の格好悪さを反省しました。
どうせお先真っ暗なのを、自分で真っ青にしたらきっと失敗しても面白いと思える。
でも、何もしないで真っ青になったらつまらないって感じてしまうと思う。
わたしの夢は
"死ぬ時に「あぁ〜面白かった!」って死ぬ事"です。
やりたい事をやろう。
やりたい事をやりたいって言おう。
幸せは歩いて来ないけど、呼び寄せる事は出来るかもしれない。
いっぱいやりたい事がある。
だからいっぱいやりたいって言います。
面白そうだと思ったら、ちゃちゃ入れでも何でも良いから乗っかって来てほしいです。
一緒に面白く生きて面白く死にましょう。
何も成し遂げたことのない凡人の戯言かもしれないけど、戯言で笑ってくれるならそれもそれで良い。面白いから。
でも
わたしの失敗や悲劇が誰かの嘲笑の的になるのは何も怖くないけれど、
わたしの面白いが誰かの悲劇になるのだけはとても嫌なのでその時はこっそり怒って欲しいです。
それだけ。
あとは好きにやるやつともこもだいすき!
それじゃ。みんなで夢語ろ。