めちゃくちゃ久しぶりにブログ書く…!
書くぞ!書くんだ!
別に誰に求められてるわけでもないブログなので、
書きたいときに書きたいブログを書くだけなんだけれど、
この
"誰に求められてるわけでもないけどやりたい事をやるだけ"
って感情で頭の中は
(スーパーフレア/The Mirraz)
がぐるぐるリピート再生。
でね。
今日、賛否両論で話題沸騰中(?)の
トイストーリー4を観てきたんですよ。
賛否両論だって言うから1〜3のシリーズぜんぶ大好きな私はドキドキしながら観たんだけど、大絶賛の大満足…!
映画の感想はFilmarksで書いてるので興味あればそっちを是非読んでいただきたいのだけれど
https://filmarks.com/users/otmko34
単純すぎる私は
まぁ、多大なる影響を受けまして。
冒頭の“誰にも求められてるわけでもないけどやりたい事をやるだけ”発言にも通ずるんだけど、これは私の中の正解と言うか真理だなと思ったわけです。
最近、
自分の体調不良のせいもあって
周りはみんな楽しそうに誰かと週末や毎日を謳歌してるのに、一人でいなきゃ行けない時間があまりに多すぎて、
友だちや他人といれば自分を当たり前のように奮い立たせて強がったり出来るはずなのに、一人になると芋づる式に嫌な事とかマイナスな事をどんどん思い浮かべてしまって。
こんな私でも弱気に押しつぶされそうになっていたのだけれど
私が大事にしていたいはずの
【足るを知る者は富む】
精神を忘れちゃっていた。
自分の居場所とか存在理由とか需要とか、
小難しく考えるとそんなの形のないものなので
追い求めれば追い求める程わからなくて、無いように見えちゃうんだけど
あるんだよね。絶対。どっかしら。
みんなに必ずあるんだよ!
なんて、烏滸がましいし責任持てないから言えないけど。
少なくとも私には、ある、と思ってる。
そんでもって
これは答え合わせとかする必要もなくて、
本来、あると自分が思えばあるからそれで良いものなんだと思う。
この【足るを知る者は富む】を忘れてしまう時って自分本来の在り方みたいなのに悩まなくていいのに悩んだり、考えなくていいのに考えちゃう時でもあるんだけど、
そうするといちばんしたくない"むやみに不満を持つ"に繋がっちゃうんだよね。
不満を持つことは思考を止めないって点では評価すべき感情だと思うんだけど、“むやみに”ってのが悪い。
負の連鎖だよ。
本来、いかに自分が恵まれているか理解出来ない人や、自分の持ってるものに感謝出来ない人がこの負の連鎖の餌食になると考えてるんだけど
今日トイストーリー4見て
改めて思った。
取捨選択を繰り返して大事にしたいものを大事にしていく事は誰にも咎められないし、
だからこそ大切にしてくれる人やモノをこれからもなるべく大切にしたいなぁ〜って。
取捨選択に洩れて、捨側に回ったとしても
大事にされてないから大事にしないんじゃなくて、
相手の気持ちなんて良い意味でどうでもよくて、大事にしたいから大事にするって方が私には大切だと思えた。
もちろん、自分の事を陥れたり自分を大事にしてくれない人やモノを無理矢理大切にする必要なんて毛頭ないんだけど、
って言うか私をずっと脇役のように扱う人間なんて、私にずっと優しくしてくれない人間なんて将来ハゲてしまえ〜!そのハゲて風に吹かれて飛んで行く髪の毛を指差してゲラゲラ笑ってやる〜!とも思うんだけど
でも、結局は自分がどうしたいかの方を
大事にしていれば【足るを知る者は富む】を忘れずに済むんじゃないかと思うに至った。
人もモノも音楽も、ぜんぶ。
そして、今でも好きな気持ちもかつて好きだった気持ちもぜんぶ本物なんだよね。
だから、
あの時はあぁ言ってたじゃん
あの時はこうしてくれじゃん
あの時そう出来なかったから
あの人にはそうしてあげるじゃん
みたいなつまんない事を考えて
今と昔とか
自分と他人を比べるんじゃなくて、
比べない今、自分自身への
行いでぜんぶ受け止めて
ぜんぶ自分で決めてやりたい事をやるだけ。
消費されていく人間になりたくないから
需要と供給なんて考えて自分を作ったり生きる必要ないんだよね。私。
『自撮りとリアル別人のあの娘も
アイプチしてたらクセで二重になりました
テヘペロってモデルも
戦ってるんだ 何が悪い
他人の承認欲求否定して てめえの平穏守ってんなよ
私は私が認めた私を認めさせたい 何が悪い』
ってやつだ。
(GIRL'S GIRL/大森靖子)
(※これは本筋とは関係ないけど、GIRL'S GIRLの『かわいいは正義に殴られた私が
いまにみてろと無理矢理つくった
このかわいいは剥がれない
絶対誰にも剥がせない』って歌詞が好きすぎるし、女の子を生き抜くための強さも弱さも汚さもぎゅ〜っと詰まった個人的には戦う女の子のバイブル的な曲なので是非とも聴いてほしい)
そんでもって、
トイストーリー4には
それぞれが何を大事にするかの美学みたいなのが描かれていて、
それぞれの美学がキラキラしている様に思えたんだけど
それはみんな、他人任せじゃなくて自分で決心して決断していたからなんだと思う。
例えば、何かの色を決める時
みんなが青って言ってるから
私は本当は赤だと思うけど、青にしておこうって
進んで染めちゃうと、私は卑しい人間なので失敗した時に
「ほら言ったじゃん〜でも皆が言うから〜」ってどこか他人に責任を擦り付けちゃう気がするんだよね。
あ!ほんとだ!やっぱり青の方がいいかも!って思うことや、
じゃあ混ぜて紫にしたらもっと素敵じゃん!?って思う事もあるから
みんなの意見って大事なんだけど
みんなの意見に胡座をかいて、そこに自分の意志を介入させないと自分の行動言動に責任持てないのよ。私は。
このみんなの意見とみんなからの需要って
まったくの別物なんだと気づけないと
染められ上手のただのいいやつは
"ただのどうでもいいやつ"に成り下がっちゃう
これはそう、
(a flood of circle/青く塗れ)の歌詞!笑
消費されていく、自分がいかに恵まれているか理解出来ない、自分の持ってるものに感謝出来ない、足るを知らない、どうでもいいやつになると
自分の居場所も存在理由も需要も
胸張って“ある”って言えなくなっちゃう気がする。
あるって思えばあるものなのに。
思えなくなったら、ないんだよ。
そして自分の可能性まで潰しちゃう。
トイストーリーって本来子供向けの
アニメーション作品なはずなのに
今の自分と照らし合わせると、テーマがずっしりと重く刺さってこんな風にダラダラとブログに文字を連ねるくらい考えちゃった。
トイストーリーのような
最後はハッピーエンドだなんて
私達には約束されてないけど
それでも、
最終的にどうなってもいいように歌えば、
きっと見つかる、
そこでまたきっと歌えるだろう
ってスーパーフレアでThe Mirrazが歌ってくれてたのを信じてる。
それじゃ!
無限の彼方へさぁ行こう!
(あのね、バズのこの有名な台詞、映画観たら泣いちゃうよ!笑)