大谷五花村(本名:五平)は明治24年に福島県に生まれ、家業は酒造業で、昭和14年からは貴族院議員も務めました。井上剣花坊を師として、大正4年に白河吟社を設立しました。その後東北川柳を興し、柳誌「能因」を守りつづけ、昭和33年66歳で死去しました(川柳総合大事典人物編より)。
石曽根民郎宛の年賀状ですが、互いに地方に在住しながら川柳の発展に貢献しました。
代表句
「平凡に慣れて人生苦にならず」
「盛り塩の何を待ってる夜の長さ」
「草を喰ふ馬の口にもあるリズム」
「廻る陽の無限に春を一つづつ」
「白河を名どころにして関の跡」
昭和11年 五花村から民郎宛の年賀状
(裏)
「アメリカへ續く雲間の初日の出」
日米間の摩擦がだんだん激しくなってきております
今日は市役所の場所をお借りして、千葉県川柳誌「犬吠」の発送と、うらやす川柳会の打ち合わせがあります。犬吠の発送はちょうど1年になり私たちの役目も終わり松戸川柳会へ引き継ぎます。やれやれです。

