日露戦争後、ポーツマス条約により「関東州」租借地と南満州鉄道付属地の統治機関として関東都督府(後の関東庁)が置かれ、郵便業務も行われました。郵便料金は内地と同じでしたが、切手に「支那加刷」が用いられました。既に菊切手の「支那加刷」はご紹介しましたが、田沢型大正白紙の「支那加刷」が大正2年に発行されました。

 

「支那」字入り大正白紙切手 5厘~5銭

 

10銭~1円

「支那」字入り1円はまだ未収です(かなり高価です)

 

 パソコンで箱根駅伝を聞きながらブログを書いております。浦安は寒いものの良い天気が続いております。穏やかなお正月で、富士山の白い頂が遠くに見えております。明日からまた私も普通の生活に戻り、傾聴に出かける予定にしております。

 STV(札幌)テレビのライブカメラで私の故郷「小樽」を見てみますと、どんよりとこの時期日本海側特有の厚い雲が覆っております。寒そうですね。