とある男の『卒業or退学』物語~クライマックス編~ | 長野県コネリーマンのギャンブルblog

長野県コネリーマンのギャンブルblog

半ニート生活からの脱却を目指して日々頑張って行くブログです。

ついにやってきた。




3月9日。





運命の結果発表。





そこにある文字は『卒業』かはたまた・・・





私はゆっくりマウスをクリックして、画面を見た。






そこに書かれていたのは。









2月22日。




ぞろ目の日・・・・ではなく追試の日である。




この追試が取れればほぼ卒業確定。



取れなければ、卒業は危うい。




という事は・・・





1月25日。

3つのテストがあった時である。




テストの日は、私のような普段学校に行ってない奴らがこぞって冬眠から目が覚めた虫のように出てくる。


その日も同窓会かと思うくらいのレアな面子が揃った。



しかし、どの留年仲間に聞いても私が1番卒業に厳しい条件である事は変わりなかった。





ひょっとして俺退学になること期待されてる?




友人『去年辺りから規定が変わって、3~4年の間で4年間いれるらしいぞ。』




問題児『マジで??』



友人『うん。今知り合い2年生3回目やってるし。』




なんてこった。つまり来年も4年生を出来るというのか。




退学はなくなった。卒業or留年である。



やはり気分は楽になる。後がないのとあるのとでは精神状態が大分違う。


ゲームで残機数がまだ1ある状況だ。即ゲームオーバーではない。




この気持ちの緩みが、追試頼りの状況になってしまったのだが。




2月22日。


気持ちの緩みは追試の日まで続いていたのか、追試の結果は散々だった。余りにも書く事がなかったので、競争馬ビジネスについて書いてやった。




因みに、その日の夜からスノボ旅行に行ったのだが、機会があればまた書くとしよう。




A教科(2単位)・・・○
B教科(4単位)・・・×
C教科(2単位)・・・◎
D教科(2単位)・・・◎
E教科(2単位)・・・△
F教科(2単位)・・・△
G教科(4単位)・・・×



18単位中8単位死亡。4単位が微妙。





△の2教科をどちらも取らなければ10単位に足りないという状況になってしまった。





ここまで厳しい状況になれば覚悟は決まった。と言いたいところだが、実際には全然決まっていなかった。





内定先、親になんて言おうか・・・





結果は3月9日に発表されるので、その日に言った方がいいのか、今すぐ言った方がいいのか迷っていた。




3月4日。

そんな苦悩が続く中、私は徹夜で麻雀をしており、その日は朝帰りをした。



雀荘で日曜競馬予想して、メインレースは家でゆっくり予想しようと思っていた。


先週の競馬予想を見た方は覚えているだろうか?


メイン前レースは短評付きの予想をしたのに、メイン2レースだけ本命◎にしか印を打っていない簡易予想だった事を。

そして、『急用が出来たので』と書いた事を。










あの時家族会議が行われていた。





母親が、『あんた卒業出来るの?』と聞いてきた。




私は『多分出来る』と言った。




母親『多分?????????????????????』




そりゃ反応するわな。まぁここで、親バレするのも悪くはない。結果が出てから言うよりはよっぽど楽だ。




その日、母方のばあちゃんまで来て盛大なパーティーが行われた。



3時間くらい床に座っていたかと思う。大説教だ。




揚げ句の果て、母親に『顔も見たくない』と言われて実家に帰ってしまった。



父親も母親が心配なので、母親の実家に泊まる事になった。





息子だけ自宅に残っている状況である。




こんな家庭あるだろうか?

普通、相場としては旦那の粗相で、嫁が実家に帰るものじゃないのか?




息子の顔が見たくないから、両親が自ら建てた自宅を出て、祖母の家(2世帯)に泊まるなんて聞いた事もない。




ノリスケとタイコさんがサザエさん家に泊まり、イクラちゃんがそのまま家に残っている状態である。





因みにそんな状態は、去年の夏から起こっていたのだが。



つまり、その日はたまたま両親が自宅に帰って来ている時で、私は運悪く朝帰りをしてしまった訳だ。



自宅に私しかいない状況だったので、週の半分くらいは朝帰りだったが。





内定先には結果が出てから言うという結論になり、家族会議は終わった。








もう覚悟は決まった。




もはや卒業してても留年しててもどちらでもいいやという気分になった。




留年してたら、ちょっと内定先に謝りに行かなければいけないだけで、親バレよりかはよっぽど楽であった。





後は、3月9日の結果発表までにblogを書き上げなければならないといけないので、怒涛の更新を試みた。





3月9日。午前6時。




クライマックス前最後のblogを更新した。





もうやるべき事はやった。


後は3時間後に控えた結果発表まで待つだけだ。






ちょっと寝るか。本当はもう少し前に寝る予定だったけど。





寝れる訳がない。




心臓の鼓動がバクバク言っているのがわかる。遠足で眠れなかった記憶はあるが、その比ではない。





7時。


8時。


8時10分。


8時20分。


9時までもう少しである。





8時30分。寝た。







『やべ!寝てた!今何時!』



9時30分。




もう結果は出ている。




みんな気を使っているのか電話はきていない。友人から『卒業したよ』メールはきていたが。




パソコンを起動させ、結果発表の前の画面まで行く。





後1クリックすれば、結果がわかる。





そこに書かれている文字は『卒業』か『原級』か。






私は気合いをこめずに、エロ画像をクリックするくらいの感覚(ドキドキ感は似ている)で





クリックした。



この時私の頭の中では、尾崎豊の『卒業』が流れていた。




CR尾崎豊



卒業リーチ。期待度★★★


最後の『卒業』まで流れれば大当り。







行儀よ~く真面目なんてできやしなか~った。




夜の校舎窓ガラス壊してまわ~った。


~~~~~~~~~~~~



うんざりしていた。それでも過ごした。




少しだ~けわかって~た事~~。




このし・は・い・か・ら・の
















『卒業』