昨日の晩、3歳の息子が骨折しました・・・
足の中足骨です。
きっかけは・・・
みかんを食べたあとゴミ箱に捨てない息子。
怒鳴っても無視しつづけたので、力づくで捨てさせたんです・・・
その時に足をぶつけたのか・・・・定かでないのですが。
さすがに痛そうなので、わたしも
「ごめんね。ゆるしてね」と謝りました。
すると息子は
「自分でやってん。自分でぐねってん」と
本当にけなげな言葉に、思わず泣きそうになりました。
その夜、
「ありがとう。大好きだよ。」って息子を抱きしめました。
そうすると、息子は
「えっ、どうして。なにも(いいこと)やってへんで」
って返してきたんです。
ガーン
私はショックでした。
自分の育て方、メッセージの伝え方が間違っていたのかもしれないと。
いいことをする→愛される
悪いことをする→罰せられる
そんな構造で育ててきたわけでないんですが、
そのように受け止められていたと思うとショックです。
親としては無条件で愛しているんです。
でも・・・・
日頃のコミュニケーションの在り方を捉えなおすきっかけとして、
「骨折」という形で息子は教えてくれたのかもしれません。
今日、ギブスをまいてきました。
しばらく安静です・・・。
足の中足骨です。
きっかけは・・・
みかんを食べたあとゴミ箱に捨てない息子。
怒鳴っても無視しつづけたので、力づくで捨てさせたんです・・・
その時に足をぶつけたのか・・・・定かでないのですが。
さすがに痛そうなので、わたしも
「ごめんね。ゆるしてね」と謝りました。
すると息子は
「自分でやってん。自分でぐねってん」と

本当にけなげな言葉に、思わず泣きそうになりました。
その夜、
「ありがとう。大好きだよ。」って息子を抱きしめました。
そうすると、息子は
「えっ、どうして。なにも(いいこと)やってへんで」
って返してきたんです。
ガーン

私はショックでした。
自分の育て方、メッセージの伝え方が間違っていたのかもしれないと。
いいことをする→愛される
悪いことをする→罰せられる
そんな構造で育ててきたわけでないんですが、
そのように受け止められていたと思うとショックです。
親としては無条件で愛しているんです。
でも・・・・
日頃のコミュニケーションの在り方を捉えなおすきっかけとして、
「骨折」という形で息子は教えてくれたのかもしれません。
今日、ギブスをまいてきました。
しばらく安静です・・・。