【3分で読める感動実話】「お母さん、ぼくは家に帰ってきたんか」~『致知』1991年9月号より~ | 致知出版社公式アメーバブログ

 

 

 


月刊『致知』には毎号、心の琴線に触れる記事が掲載されています。過去の記事の中から、掲載当時、大きな感動を呼んだエッセイ「お母さん、ぼくは家に帰ってきたんか」をご紹介いたします。

 

 

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■目は見えず、耳は聞こえず…土井敏春中尉の帰還

 

親と子といえば、私にはどうしても忘れられない逸話があるんです。土井敏春という中尉の話です。昭和16年の安慶の攻略戦の際、土井中尉は部下5人を連れて将校斥候(せっこう)に出たのですが、敵の地雷に引っ掛かってしまった。

 

 (中略)

 

一瞬にして5人の部下が即死してしまったのだから惨いことです。助かったのは土井中尉1人。しかし、彼自身も両足と片腕を吹き飛ばされ、爆風で脳、眼、耳が完全にやられてしまった。

 

あまりの苦しさに舌を噛み切って自害するといわれますが、土井中尉は上下の歯もガタガタになってしまった。死ぬに死ねません。これほど悲惨なことはありません。どこにいて、何をしているのかもわからない。声だけは出るものですから、病院に担ぎこまれても、ただ怒鳴り散らすばかりです。

 

まだ昭和16年のころでしたし、将校ですから、病院や看護婦は至れり尽くせりの看護をしたのですが、本人にしてみれば地獄です。目は見えない、耳は聞こえない、自分で歩くことも、物に触れることもできない。

 

食事も食べさせてもらうのはいいが、しょっちゅう漏らして看護婦の世話になる。ただ、怒鳴るだけしかできず、介護に反発しますから、ついには病院中のだれにも嫌われてしまった。それで内地送還になり、最後は箱根の療養所に落ち着くのです。その連絡がお母さんのところに届きます。

 

すでに、夫を亡くしていたお母さんはその当時はみんなそうでしたが、息子のために毎日毎日、陰膳を供えて彼の無事な帰還を祈っていました。ですから、息子が帰ってきたという知らせに母は娘と夫の弟さんを連れて、取るものも取りあえず、箱根に駆けつけたんですね。

 

 

療養所では面会謝絶です。院長にお願いしても、

 

「せっかく来られたのですが、息子さんにはとてもあなた方のことはわからないでしょう。今日はお帰りください」

 

と聞き入れてもらえない。

 

 

しかし、母にとっては待ちに待った息子の帰還です。何とか一目でいいから会わせてほしいと懇願し、やっとの思いで院長の許可を取ることができました。

 

■慈母観世音菩薩さまのように映った母の顔

 

 

病院に案内されると廊下の向こうから「わぁー」という訳のわからない怒鳴り声が聞こえます。どうもその声は、自分の息子らしい。毎日陰膳を供えて息子の無事を祈っていた自分の息子の声であったのです。たまらなくなって、その怒鳴り声をたどって足早に病室に飛び込みます。

 

 

するとそのベッドの上に置かれているのは、手足を取られ、包帯の中から口だけがのぞいている“物体”。息子の影すらありません。声だけが息子です。「あぁー」と母は息子に飛び付いて、「敏春!」「敏春!」と叫ぶのですが、耳も目も聞こえない息子には通じません。

 

 

それどころか、「うるさい! 何するんだ!」といって、残された片腕で母を払いのけようともがくのです。何度呼んでも、体を揺すっても暴れるだけです。妹さんが「兄さん!兄さん!」と抱きついても、叔父さんがやっても全然、受け答えません。3人はおいおい泣き、看護婦も、たまらずもらい泣きしました。

 

 

何もわからない土井中尉はただわめき、怒鳴っているばかりです。こんな悲惨な光景はありますまい。しばらくして、面会の時間を過ぎたことだし、

「またいいことがあるでしょう。今日はもう帰りましょう」

と院長が病室を出ると、妹さんと叔父さんも泣きながら、それについて帰ります。


 

しかし、お母さんは動こうとしない。どうするのか、見ていると、彼女はそばにあった椅子を指して看護婦にこういうのです。

「すみません。この椅子を吊ってくださいませんか」

 

 

そして、それをベッドに近寄せるとお母さんはその上に乗るや、もろ肌脱いでお乳を出し、それをガバッと土井中尉の顔の包帯の裂け目から出ているその口へ、「敏春!」といって押しあてたのです。

 

 

その瞬間どうでしょう。それまで、訳のわからないことを怒鳴っていた土井中尉は、突然、ワーッと大声で泣き出してしまった。そして、その残された右腕の人差し指でしきりに母親の顔を撫で回して

「お母さん! お母さんだなあ、お母さん、ぼくは家に帰ってきたんか。家に帰ってきたんか」と、

むしゃぶりついて離さない。

 

 

母はもう口から出る言葉もありません。

時間です、母は土井中尉の腕をしっかり握って、また来るよ、また来るよといって、帰っていきました。すると、どうでしょう。母と別れた土井中尉はそれからぴたりと怒鳴ることをやめてしまいました。

 

 

その翌朝、看護婦がそばにいることがわかっていて、彼は静かにいいました。

 

 

「ぼくは勝手なことばかりいって、申し訳なかった。これからは歌を作りたい。すまないが、それを書きとどめていただけますか」

 

 

その最初の歌が、

 

 

見えざれば、母上の顔なでてみぬ頬やわらかに 笑みていませる

 

 

目が見えないので、お母さんの顔、この2本の指でさすってみた、そしたらお母さんの顔がやわらかで、笑って見えるようであった。

 

 

土井中尉の心の眼、心眼には母親の顔は豊かな、慈母観世音菩薩さまのように映ったのに違いありません。

 

 

(中略)

 

 

この話はその現場に立ち会っていた相沢京子さんという看護婦から聞いたものなのですが、その相沢さん自身も母親の姿を目の当たりにして、患者の心になり切る看護というものに目覚めたということです。

 

 

 

☆もう少し詳しく読みたい方はこちらからどうぞ。

 

 

 

(本記事は月刊『致知』1991年9月号特集「陰徳を積む」から抜粋・編集したものです)

 

 

◇上月照宗(こうづき・しょうしゅう)
大正3年三重県生まれ。昭和7年から16年まで曹洞宗管長・鈴木天山禅師に随侍。16年駒沢大學仏教科卒業。三重県鈴鹿市泰應寺住職を経て、40年から53年まで曹洞宗三重県宗務所長、東海管区長。59年曹洞宗大本山永平寺福監院を経て、監院、現在に至る。

 

 

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