第1章
グルメOLからナチュラリストへ(9)

 

 

 

 

*本記事は、2002年発行『雑穀つぶつぶ食で体を変えるーおいしいから健康ー』(講談社+α新書)よりお届けします。

 

 

キャリアウーマンの変身

 

 

十数年前までの私は、

バリバリのキャリアウーマンでした。

 

 

27歳で自分の会社をもち、

 

一つの企画書が

商品として高く売れる、

 

今思えば

バブリーな仕事を

していました。

 

 

グルメを気取って

今日はフレンチ、明日はエスニックと

食べ歩きを楽しみ、

 

休暇をとっては

世界中を遊んで回ったものです。

 

 

小さいときから

宝石や高級車には

興味はありませんでしたが、

 

自由になりたい

という欲求が

何よりも強かったので、

 

どうしたら

自由に生きられるかと

常に考えていました。

 

 

それにはまず、

経済的に自立することが

最低条件と思い、

 

一生自分の仕事をもって

自立していこうと

早くから決めていました。

 

高ノウハウの職業について、

少ない時間働いて多くの収入を得、

 

残りの時間は

自由に生きようという

人生設計を立てました。

 

 

絵が好きだったことと、

珍しい学科にしようという作戦で、

 

当時日本にまだ3つしかなかった

工業デザイン学科のある大学へ行きました。

 

 

けれども、

工業デザインは男の世界。

 

同級生は

車やオーディオ大好き少年が大半で、

 

男性たちのデザインは、

女性から見るとデザイン先行で

使いにくかったり、

 

感覚的にも

なじめないものばかりでした。

 

 

いざ就職となると

求人は男性ばかり。

 

 

そうした中、

 

これからは女性の感覚が

大切だからと、

 

女性を募集した

文具会社に就職したのです。

 

20人の女性デザイナーが

採用されました。

 

 

幸運なことに、

ステーショナリーのデザインを通して、

 

企画からデザイン、

商品化して売るという

 

全プロセスを

短期間に数多く経験することができました。

 

 

私の感性が時代の要求と合っていたのか、

ヒットキャラクターを生み出し、

 

売れるデザインを

安定して供給するシステムを

2年間で育てることにも成功しました。

 

同じコストの便箋が、

デザインしだいで100倍売れるのです。

 

その会社では、

なんでも自由にさせてくれて、

たしかな手応えがありました。

 

 

反面、

 

デザインのもつ

魔力にも驚きました。

 

 

デザインを

お金にかえる仕組みも

わかったし、

 

やるだけのことは

十分にやったので、

 

これからは、

暮らしに本当に必要な商品を

女性の感覚でデザインしてみたいと

 

3年足らずで会社を辞めました。

 

 

幸運なことに、

いっしょに辞めた仲間と組んで

最初に手がけたデザインが大ヒットして、

 

3000万円がはいってきました。

 

3パーセントの

ロイヤリティー契約のデザインが、

10億円売れたのです。

 

 

そこで、

 

グラフィックデザイナー、

ランドスケープデザイナー、

イラストレーター等の女性たちに声をかけ、

 

5人で企画デザイン会社を立ち上げました。

 

無借金での出発でした。

 

 

 

つづく

 

 

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