民法(債権法)改正(5)原状回復義務
通常損耗や経年劣化、借主に責任のない損傷などは、家賃をもらっている貸主が自分の費用で修復すべきであり、借主の負担とすることは出来ない。今回の民法改正で、この最高裁判例の趣旨が明文化された。
Q
賃貸物件の借り主が建物を退去する際、貸主から、①壁についた冷蔵庫の裏側の電気焼け、②たばこのヤニによる黄ばみ、③加湿器の使用による黒カビ について、原状回復にかかる費用を敷金から差し引くことを主張された。借主はどこまで応じるべき?
A
① 電気焼けは借主の負担とすることはできないので、敷金から差し引くことはできない
② のたばこのヤニは借主の負担となる。③の黒カビは、ケース・バイ・ケース。
従来の不動産実務では、賃貸物件の原状回復について、借主の建物の通常の使用・収益によって生じた損耗(通常損耗)や経年劣化、借主に責任のない損傷などは、家賃をもらっている貸主が自分の費用で修復すべきであり、借主の負担とすることは出来ない。という趣旨の最高裁判例に指示従った内容がきめられていた。今回の民法改正で、この最高裁判例の趣旨が明文化された。
この基準では、
① の電気焼けは通常損耗または経年劣化にあたるため、敷金から差し引くことはできな
② のたばこのヤニは、通常損耗や経年劣化にあたらないので(たばこを吸うことが「通常」とはいえない)、借主の負担となる。
③ の黒カビは、加湿器を普通に使用していて発生したものであれば通常損耗となるが借主が異常な使用をしていたため発生した場合(たとえば数年間にわたりほぼ毎日24時間近く使用するなど)は、通常の使用とはいえないので借主の負担になるであろう。
注意しなければならないのは、原状回復についての特約についてである。改正民法621条(*)は任意規定なので、特約があれば特約が優先する。上記の最高裁判例も「特約が明確に合意されていれば有効」(*)としている。したがって、たとえば、借主もきちんと納得した上で、「借主が壁紙の全面張替えをする」という特約をしていれば、その特約にしたがうことになる。
*【改正後民法】
(賃借人の原状回復義務)
第621条
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
*「特約が明確に合意されていれば有効」
特約が有効とされる場合には次の要件を具備していることが必要である。
① 特約の必要があり、かつ、暴利的でないことなどの客観的・合理的理由が存在すること。
② 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること。
③ 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること。
参考判例
<大津地裁平成16年2月24日>
判 断
民法の規定の在り方、建設省及び公庫の原状回復義務の取扱いからは、自然損耗(通常損耗)による原状回復費用は、本来賃料に含まれていると解するのが社会通念というべきであり、同費用の負担については、賃借人に負担させることの特約がない限りは、これを賃料とは別に賃借人に負担させることができず、賃貸人が負担すべきものと解するのが相当である。
また、原状回復にかかる費用は、入居当初には発生しないものの、いずれ賃借人が一様に負担する可能性のあるものであり、賃料、敷金などと同様に、その内容、金額等の条件によって、賃貸借契約の重要な判断材料となる可能性がある。したがって、原状回復に関する特約については、契約締結時に充分開示して賃借人において理解される必要がある。
したがって、上記特約が有効とされる場合には次の要件を具備していることが必要である。
① 特約の必要があり、かつ、暴利的でないことなどの客観的・合理的理由が存在すること。
② 賃借人が特約によって通常の原状回復義務を超えた修繕等の義務を負うことについて認識していること。
④ 賃借人が特約による義務負担の意思表示をしていること。