久しぶりに本の紹介。

 

この9月に、『ペスト』を読んだ。

 

『ペスト』 アルベール・カミュ著

 中条省平訳 / 光文社古典新訳文庫

 

ペスト (光文社古典新訳文庫)

  ペスト (光文社古典新訳文庫)

 

以前、NHKEテレの「100分de名著」で

中条省平が解説をしていた。

その時には、まだこの中条訳の『ペスト』は

出版されていなかった。

「100分de名著」のテキストで読んだ

中条省平の訳文は大変分かりやすい文章だった。

ぜひ中条省平訳で読んでみたいものだと思っていた。

 

中条省平が『ペスト』を訳しているという話は

しばらく前から耳にしていたが、

まさに満を持して、この9月に

古典新訳文庫から出版された。

待ちに待った新訳。

さっそく購入して読んでみた。

 

読み進むにつれ思ったのは、

さすが中条さん、分かりやすい!

どの場面も、どの対話もイメージが

鮮明に描ける、明快な訳書だ。

 

 

これまでカミュ『ペスト』というと、

1969年に新潮文庫から出版された

宮崎嶺雄の訳のモノ。

これを私たちは長年読んできた。

 

ペスト(新潮文庫)

 
 

  ペスト(新潮文庫)

 

実は、昨年コロナ感染症が徐々に広がっていく中で

爆発的に読まれるようになったのは、

この宮崎嶺雄の訳だった。

 

カミュの描いたペストの拡散と

閉鎖されたオランの街、

世界から追放され、それでもペストと闘う人々の様が

まさにコロナ感染症と、

それとの闘い(特に医療従事者の方たち)に

重なり合って読まれたのだと思う。

 

私自身も昨年の3月に宮崎氏の『ペスト』を読んでいる。

コロナの拡がりという状況に迫られての読書だったが

それでも、非常に感銘を受けたし、

昔読んだときとは比べ物にならないくらいの

切迫感をもって読んだ。

 

しかし、それでもなお宮崎氏の『ペスト』は、

文章は格調高いものだが、難解だった。

コロナ感染症を先取りしたような内容は注目され、

『ペスト』は再評価されたが、

きっと読んだ人たちはその難解さに手こずったことだろう。

少なくとも私には、例えばパヌルー神父の2回の説教等は

難しく十分理解できなかった。

 

今回の中条省平の訳では、そうした点も

かなり分かりやすくなっている。

非常に明確にイメージを描くことができる。

 

さらに、私たちは1年半ぐらいにわたって

コロナ感染症と向き合ってきた。

その経験によって、この『ペスト』に書かれていることが

直接的な感覚として分かるようになっている。

医療関係者の苦闘は、ニュース等でも伝えられ

リューたち保健隊の活動と重なる。

また責任を逃れるかのような行政の対応も

これまで何度も見せつけられてきたところだ。

『ペスト』はまるでこうしたことを

見てきたように書かれている。

これが70年以上も前に書かれた小説だとは思えない、

その先見性にきっと驚くだろう。

 

もちろん『ペスト』はペストという感染症のこと

つまりコロナ感染症に関わることだけを書いているのではない。

戦争や天災や大事故等の不条理に対したときに

人は、あるいは連帯した人々は

どのようにその不条理に向き合うのかを描いている。

 

本当にこのコロナ感染症の中で

宮崎訳の『ペスト』はよく読まれた。

これから読んでみようと思っている方、

再読してみようと思っている方には、

ぜひ、この中条省平訳の『ペスト』も

手に取っていただきたいと思う。

 

 

<参考になる本>

 

 果てしなき不条理との闘い 中条省平 著 / NHKブックス

 

NHK「100分de名著」ブックス アルベール・カミュ ペスト: 果てしなき不条理との闘い

  「100分de名著」ブックス  カミュ『 ペスト』 果てしなき不条理との闘い

 

上記、NHKEテレ「100分de名著 アルベール・カミュ『ペスト』」を

ブックス化したもの。

『ペスト』についての解説書として大変優れている。

また「ブックス特別章 コロナ後の世界と『ペスト』」も

収録されており、まさに今読むべき本となっている。

 

 

 カミュ伝 中条省平 著 / 集英社インターナショナル新書 

 

カミュ伝 (インターナショナル新書)

   カミュ伝 (インターナショナル新書)

 

こちらは『ペスト』と前後して発行された

中条さんによるカミュの評伝。

まだ少年の頃から結核を患い、

死という不条理に直面しなくてはならなかった。

母は、難聴のため寡黙な人で

文字も読むことができなかった。

多くの女性に愛され、

ロマンスの話が絶えなかった。

そんなカミュ像を描いていて、

まさに「反抗」と「自由」と「情熱」という

不条理に対決していく姿勢を

地で生きていたのがカミュだったことが分かる。

『ペスト』の舞台裏が分かる本。