節約などをやっていると「お金」って何だろうとか。「幸せ」って何だろうとか考えてしまうのは私だけですかね?

お金を貯めようという人は


「お金がなくなったらどうしよう?」とか過度に怖がる傾向にあります。

要はお金がないことの「恐怖」がお金を稼ぐという行為に向かわせているような気がします。


これは本能的なものでお金が無くなれば食料が食べられなくなるという、長い間人類が刷り込まれてきた「経験」がそう思わせているようです。

お金を稼ごうとすればする程、資産を作ろうとすればするほど、それを失った時のことを想像して「恐怖」を感じて、またお金を稼ぐ行為に向かいます。

この状態は「幸せ」なのか?

「幸せ」って「恐怖」のない状態をいうのではないか?

お金がない=餓死を連想することをやめなければ「幸せ」にはなれないことをはっきり自覚しなければこの恐怖を乗り越えられない=幸せにはなれないのだと思います。

これができなければ資本主義の奴隷なんですね

逆にお金がなくても食べていける仕組みを作れば、「幸せ」一番近づくのかなあ。


4月から縁あって地元の起業する人たちの会に入ることになりました。

お金を貯めようと、決意し節約を意識し始めたのが2年前。

「節約」→「金融への投資」→「不動産投資」と来てやっとビジネスのステージを意識することができるようになりました。

とはいえ、まだまだ当初の目標「1000万」までは至らず。

でも毎月の貯蓄できる金額は、2年前と比べて着実に上がってるので、目標の46歳までには当初の目標は達成できる予定です。

ただ次のアパートに手を出さなければですが・・・^^;

自分の言葉に縛られて資産の形成スピードを遅らせるのか、それとも目標にこだわらずに次の大きな目標に向かって一歩踏み出すのか判断に迷うところです。


いろいろな意味で40代は判断に迷います。そしてそれがのちの人生に大きく影響するのが怖いですねえ


今回起業する人たちの会に参加してみてみなさん起業の前に迷っています。
それを超越する精神力のある人(というか度胸というのでしょうか)がビジネスというステージに立てるんだなと思います。

これから自分の器量を大きくしていかなければ、一歩は踏み出せないですね。
もっともっと勉強します。

嫁と二人で近所のカフェに行ってみた。

なかなか感じのいいカフェで、駅から離れているのだが、車がたくさん止まっていて繁盛している。

こんな田舎でカフェを営業するというのはかなり危険な賭けだなと思っている。
だって田舎ですよ。

まだ汽車が走ってるところです。電車じゃないですよ^^;

つい先日も新しくできたカフェが1年くらいで潰れているこの土地でカフェを流行らせているというのは凄いことだなと。

内装は綺麗で、丸形の屋根、ひっそりとした林の中で落ち着いた雰囲気。中に入るとずいぶん人がいる。ミニコンサートや手芸教室などが開かれてるようで、カフェというよりも食べ物も食べられる公民館のような感じ。本も読めるし、手相占いのコーナーまである。

人が出会うための場所として機能しているのだ。

それでいて食べ物飲み物にこだわりがある。言ってくれればその場でお土産用のパンを焼いてくれる。

かなりの経営者だななあと驚いた。

きっかけがあって経営者さんと話ができた。
この方はもともとサラリーマンで46歳の時にがんになり、脱サラしてこのカフェを始めたらしい。自分の命に限りを感じたときに本当に自分がしたいことは何かということでの決断だったそうだ。面白い・・・

このカフェは「人が集まる人生の踊り場のような場所を作りたい」と思って作ったそうだ。

自分のやりたいテーマをもとにしてキャッシュポイントを増やしていく経営。
美大時代散々言われたことだ。美術の創作性と経営こんな共通てんがあるとは?!

オーナーさんが起業する人のための集まりを定期開催しているらしい。
面白そうなんで一度見に行ってみる。

ふと寄ってみたカフェで面白い出会いがあった。
やってみよう