マイコプラズマ肺炎になり入院していた

息子が無事退院。子供って病気になるのも早いが

治るも早いを痛感。


めちゃくちゃの復帰力である。すごい。

今日は自宅でごはん2杯半おかわりした。


今週は安静させ来週より通学できそうだが

もうすでにいつもの息子に戻っていた。


安心した。息子と仏壇にすぐお礼のお線香を

すます。


さて昨日、ギャグの話をしていたがある方から1枚の写真を

最近いただいた。


親戚のお知り合いの方である。


日経の記事を読んで思い出したという。


おたふくわたの写真。

これは今から75年前のものという。


九代目無駄話


滑り台の上にいらっしゃる方がご本人だとか。

ちょうど4年生ぐらいのときと書かれていた。


で・・・この方はなんと亡き父の友人だそうだ。

つまり父の同級生ということ。


嬉しい。涙が出た。社史にこの滑り台が

出ていたが写真そのものをいただいたのだ。


福岡で開催された万博の目玉遊具でそのあと

福岡東公園(動物園のところ)に移設したのだが

その公園での撮影。


しかしすごい顔である。


雨の汚れからか額からまるでアニメ「ちびまるこちゃん」

の衝撃のときのシーンのような顔である。


これこそおたふくわただ!


昨夜に続いてしまうが真剣にギャグを作った

象徴である。


もう怪しい艶めかしいおたふくわたの

口から滑らせる発想。


手前みそだが最高の企画である。


あっかんべーなのだ。


この頃、おたふくわたは工場もいくつもあり

生産量も国内最大レベルの綿量だった。


また人に聞くと福岡では当時おたふくわたに

入社が決まったら万々歳でお赤飯のころである。


そしてこの顔である。


すごいギャグだ。


そしてこの写真を頂いたHさまにすぐ僕は

お礼がてらお会いしにいくことにした。


お住まいは東京の池袋だと親戚からお聞きした。


父の友人である。


お礼状だけでは足りない。お会いしにいきたい。


心こもった丁寧なお手紙に二度の涙。

父を思ってくれていた、そして日経の記事を

読まれた感想も。


嬉しい。


やはりおたふくわたは人に支えてもらっている。


ありがとうございますなのだ。


しかし何回見ても笑える。


ちなみに時々


「おたふくわたの顔のイメージって原田家ですか」


と聞かれることがあるが


たぶん違います(笑)


父も生きていたら85歳か。